2−3 登板した場合
高宮が帰っていくのを見送ってから後ろを向く。この回からいきなり守備をやるんだから表情が硬くても仕方がないか。同点で相手は四番の三間なんだから。
だから、右腕を上げて人差し指を天に掲げる。
「まず一つ。しっかり行こう。三振は取れないだろうから必ずどっかに飛ぶ。守ってくれ。アウトを九個取るだけだ。その内の何個かはこっちで取るからあとはよろしく」
三間を三振に切って取るのは難しい。ただのパワー型じゃなくてミートも上手い。アウト取れるかもわかんない強打者だ。高宮理論なら打ち取れるらしいけど。
ぶっちゃけたのが良かったのか、少しは表情が緩んだ。そしてすぐ勇ましくなる。
「よっしゃあ!こっち打たせてこいや!」
「謙虚に行かずに三振奪ってけ!」
「いけるいける!」
「もっと熱くなれよ!」
なんか励まし方がある人を思い浮かばせるけど、まあいいか。そうやって声出してくれよ。虚勢だろうが盛り上がってたほうが身体動くんだから。ガチガチに緊張してたら動けるもんも動けなくなる。盛り上がってる方が高校野球っぽいじゃん。
それに声援もらった方が燃える。褒められたら嬉しいじゃん?それと一緒で、こういう時は騒がしい時の方がやる気出る。
「やっぱお前、そこにいるのが一番性に合ってんな」
「そりゃどうも」
三間に褒められてもなあ。マウンドに立ってるのが似合うっていうのは嬉しいけど、こんなガチムチの男に褒められるより女の子に褒められる方が嬉しい。
そりゃそうだろ?男なら、尊敬する人に褒められるっていう例外を除いて男に褒められるより女の子に褒められる方が嬉しいに決まってる。まあ、子どもに褒められるのもいいけど。
主審からプレイの宣言がかかる。高宮のサインを見て、思わず笑ってしまったが、高宮ってアホなんじゃないかと思う。
バカ度胸というか、強気のレベルを超えてる。こういうスラッガーって絶対それ得意なのに。
振りかぶってその第一球を投げる。腕の角度は綺麗に四十五度。何度も反復して身体に馴染ませた投げ方。最高の形を定めてトレースする。イメージ通りに身体を動かして、全てを一致させる。
リリースの瞬間も、後ろ足でマウンドを蹴り飛ばす時も、そのイメージをこびり付かせて。
ボールは綺麗なバックスピンを保ったまま、一本の糸で繋がったかのように高宮のミットへ飛び込んだ。その間を三間のバットが邪魔しようとしたが、バットは空を切る。
インハイストレート。ノミの心臓だったら投げるのも躊躇うぞ。三間相手に易々要求するコースじゃない。
「ナイスボール!」
ナイスボールじゃない。笑って返球するな。今のは打たれたらお前に全責任あったぞ。三間もタイミング合ってたし。
バットとボールが衝突しなくて良かった。あと調子が良くて。悪かったら持って行かれてたと思う。
「球走ってるよ!」
「押せ押せ!」
「遊び球いらねえぞ!」
後ろは元気でよろしい。そのままでいてくれ。
次のサインを確認する。……は?やっぱり高宮ってアホだわ。こいつとバッテリー組むの、不安になってきたんだけど。
というわけで首を横に振る。サインがもう一度出されて……うん。コースの問題じゃないんだわ。球種。球種が気に入らなくて首振ってんの。だからもう一回首を横に振る。首傾げんなよ。察しろ。
……うん、球種変わってないな。一回プレートを外す。そんでグラブも外して帽子を直す。これはあらかじめ決めておいた、最初のサインでいいという根負けの証拠。まだ最初の方がマシだわ。
で、プレートに足をかけてからもう一度サインを見る。うん、それで良いよ。
長いサイン交換の果てに、二球目。それはアウトローいっぱいへのストレート。三間は見逃したが、主審の先輩は腕を上げてくれる。ストライクだ。
そう、またストレート。そりゃあ投球の七割はストレートというのが標準。だけど、変化球投げられるのにこうもストレートを要求してくるとか、怖いもの知らずというより、やっぱりアホだわ。
なんとなく観念して三球目のサインも確認すると、やっぱりストレート。まあ、良いだろう。そういう傾向、さっきまでの前半戦でも結構あったからな。
遊び球もなし。要求してくるコースはセオリー通りではない場所だけど、高宮なりに勝算があるらしい。
三間にはそのリード、効いてないんだけど。あんだけ周りを扇動したんだから点を取ってくれる自信があるんだろう。そんで俺が失点しないという憶測も。なら、乗せられてみますか。
三球目。セオリーなら真ん中高めのストレート。いわゆる吊り球という奴だが、俺が投げたのは違う。真ん中低め。そこへ全力のストレートなんて難しい要求しやがって。そこに全力は誰だって難しいんだよ!
注文通りに投げたんだから、文句言うなよ!
キーン!
今度こそ捉えられた。確実にフェアゾーン。
「センター!」
打球を目で追うと、センターの足は止まっていた。定位置より少し奥。そこで手を上げて待っていた。
「オーライ!」
その言葉通り、ボールはグラブに収まる。角度的には良い感じだったから焦った。頭越えなくて良かった。
「一アウト!」
「一アウトー!」
「三間抑えた!すげえ!」
「何せアメリカ屠った大エース様だからな!」
まじでその称号やめろ。シニアの奴らにもクラスメイトにも、U-15の面々にもそんな呼ばれ方しなかったのに。
あと、三間もこっち睨むな。マスク被ったまま笑顔の性悪男を恨め。
続く五番を空振り三振。六番をショートゴロで切ってみせた。同じ球種を続けるのは強打者だけなのか、三間対策なのか。他の打者には割と球種はばらけて投げさせてもらえた。五・六番相手には首を振るようなリードをされなかったから、文句もないけど。
ベンチに帰ろうとしたら、どこか耳馴染みのある甲高い声が聞こえた。
「きゃー!トモちゃんカッコイイー!」
「さすが兄さん。でもそれくらいはやってくれないと」
声が聞こえた方へ首ごとグルンと向けると、一塁ベンチとバックネット裏の小屋の間に喜沙姉と美沙が。
……おい、部外者ども。ちゃっかり日差し対策で麦わら帽子被ってるんじゃねえよ。こんなところで白いワンピースのお揃いで来ないでください、汚れます。確かその服高かった気がしますから、マジ帰って。
「……エッ⁉︎宮下喜沙⁉︎本物⁉︎」
「実物すっげえ美人じゃん!」
「な、なんでここに!」
騒ぎになってる。あの天然姉は自分の知名度をもう少し鑑みてくれ。写真集どれだけ売れた?この前出したシングルはオリコンチャート何位だった?五位だろ。
あと。しっかり者の妹。止めてくれ、頼むから。
俺はすぐバックネットに行って、小屋の中にいる監督に頭を下げる。
「東條監督、申し訳ありません。身内が勝手に敷地に入ってきたようで……。すぐに帰しますので」
「ん?ああ、父兄にも見学は許可しているが、あそこは流石に近いな。宮下千紗、姉妹だろう?いつもの場所へ連れて行ってくれ」
「はい。ごめんなさい」
おい千紗姉。今目逸らしただろ。あちゃあーみたいなこと思っただろ。
家に帰ったら覚えておけよ。
ベンチに下がると、全員がこっちに詰め寄ってくる。シニアの時もこうなったなあ。喜沙姉が売れたら。
「おい、宮下!なんでアイドルの宮下喜沙がお前に手を振ってるんだよ!」
「知り合いなのか⁉︎」
「気付けよ。同じ宮下。姉だ」
「……姉ぇ⁉︎」
「似てねえ⁉︎」
そりゃあ俺は父親似ですから。喜沙姉だけではなくウチの三姉妹は全員見事に母さんの血を色濃く反映してるからな。若干父さんの血も頑張ったんだろうから、姉妹でも細部は違う。
それでも全員美形なんだよなあ。俺にも少しは母親の血が反映してほしかったもんだ。
質問には答えたのに、まだチームメイトは解放してくれない。
「ってことはあのアイドルと同じ家に住んでるのか⁉︎」
「さすがにお姉さんは一人暮らししてるんだろ!」
「いや、家にいるけど」
「同じ屋根の下ぁ⁉︎」
うるさいなあ。姉弟なんだからそんなの当たり前だろ。大学だって割と近場だから、喜沙姉が一人暮らしをしたがらなければ出て行く理由がない。大学生活とアイドル活動が忙しいのに家事なんてやってる暇はないし、そもそも家事ができない喜沙姉に一人暮らしは無理だ。
家に居て当たり前の条件が揃ってるな、これ。
「隣にいたのは誰⁉︎アイドルの友達⁉︎」
「お姉さんの知り合いなら紹介してもらえるように交渉を!」
「あっちは俺の妹だよ!試合中なんだから集中しろ!っていうかまずどけ!次俺が打席なんだよ!」
もうどこからも目線が飛んでくる。先輩たちまで俺のこと見てるじゃん。こうなりたくなかったから隠しておいたのに。
千紗姉はこうなるってわかってただろ!中学から成長してねえな!
無理矢理どかしてヘルメットを被ってバットを持って、打席に向かう。水分補給もできなかったじゃないか!
このやるせなさ、打席にぶつけてやる。
相手投手は投手希望で唯一の左投げ、平。球速はそこそこだけど、大きく割れるカーブ……自己申告ではカーブだったけど、ドロップな気がする。そのドロップが厄介だ。
平にめっちゃ睨まれてる。お前も喜沙姉ファンだったか。ファンが多いことは喜ばしいが、針のむしろになっている今の状況は気分的に最悪だ。ウチの三姉妹は俺の高校生活をズタボロにするつもり?
投げられた初球は警戒していたドロップ。真ん中に落ちてきたので思いっきり強振。三塁線をライナーで突き破っていき、悠々と二塁へ。大口叩いていた高宮。さっさと俺をベンチに戻してくれ。腰つけて水分補給したい。
「トモちゃん打った!美沙ちゃん見てた?」
「見てたよ。兄さんはすごいんだから、これくらい当たり前」
「トモちゃんのこと一番ちゃんと見てるの、美沙ちゃんだもんねぇ」
……父兄観覧席が案外近い。一塁ベンチの奥じゃん。他の父兄の方々と楽しそうに話しながらこっち見んな。
恥ずかしい。
高宮に目線を送る。さっさと俺をベンチに。奥に入って、あの二人の視線に入らないようにしたい。一秒でも早く。
その高宮はなぜかファールを連続で打つ。……まさか左投手苦手とかだろうか。それともカーブが苦手とか。
どっちでもいいけど、さっさと俺を返せ。
結局引っ掛けてセカンドゴロ。その間に進塁。んで、犠牲フライを打ってくれたのでそのまま帰還した。
ベンチに戻ったら水分補給をしながらタオルで汗を拭う。
肩の用意?それよりも休憩だ。落ち着きたい。流石に試合が動いている時に喜沙姉のことを聞いてくる奴はいなかった。
六番打者が凡退して、チェンジ。さっさとマウンドに行き、マウンドの土を均して準備をする。
相手は七番から。七番はファーストフライに切ってとった。だが八番の時に状況が動く。
当たりこそは平凡なサードゴロだったのだが、それをトンネル。エラーで出塁を許してしまった。すぐに高宮が内野陣をマウンドに呼び寄せる。
「悪い、宮下!やっちまった……」
「エラーなんてプロでもやるんだから、次から気を付ければいいって。ゲッツーとるとか、ヒット打つとかで挽回してくれ」
「切り替えろ。次は十中八九送りバントだろ。打順は九番なら、二アウトでも得点圏にランナーを進めて上位打線に回したいだろ。大エース様から点を取るなら、それしかない」
「確実にアウト一つもらおう。落ち着いて処理な。サードはブーストかけてくれよ」
「おう!」
良い返事。解散してからとった守備シフトは当然バントシフト。相手も送りバントの構えだ。
そして初球。投げるのと同時にサードが猛ダッシュしたが、バッターはバットを引く。そしてコツンと当てただけだったが、それは前に来ていたサードの頭を越した。
「バスターエンドランかよ!」
「よっしゃあ!これで俺に確実に回る!」
チャンス広がった、じゃなくてそっちかよ。どんだけ打ちたいんだ、三間。
これでランナー一・二塁。もうこうなったらバッター勝負で、内野は近いところだ。ゲッツーも無理に狙わなくていい。
一番をサードゴロにして、二塁ランナーフォースアウト。ボロボロ崩れなくて良かった。
二番をスライダーで三振に切ってとってチェンジ。同点にならなくて良かったけど、これで最終回に三間まで回ってしまう。
ウチの攻撃は四人で終わってしまう。ランナーが出ても返せなかった。できたらもう一点欲しかったけど、入らなかったものはしょうがない。
一点差のまま最終回。相手はクリーンナップから。一点しかないのは本当に心許ない。
三番は六球ほど粘られたが、最後はセカンドフライで仕留めた。問題は次。三間だ。
「まーたどデカイの打ってやる。覚悟しろや」
さてこの三間対策ですが。先ほどの打席が布石になっていると高宮の野郎は言っておりました。
曰くこいつには変化球を一切見せていないと。だから変化球を混ぜれば調理は簡単だと。
……それで全国でも有名になれるだろうか。あと、変化球は厳密には見せている。アメリカ戦の中継と、さっきの投球試験。他の人には変化球を投げているし、打席では見たことがないだけ。
それで百%打ち取れたら苦労しないような。
初球。意表つくにはいいんだろうけど、これ賭けだよな。初っ端から綱渡りしたくない。まあでも、確かにこれは意外かもしれないからサインには頷く。
投げたのはチェンジアップ。ストレートの後なら効果的なボールを、まさかの初球に。
三間もピクリと反応したが、足を上げることもなく、バットを振るうこともなく。ストライクを一つ貰えた。
二球目はアウトコースへ外れるストレート。これにも反応を示す。
高宮の推測だと、三間の一番恐ろしいところは身体の完成度でもなく、パワーでもなく反射神経、反応速度なのだとか。変化球などに身体がついていけるから、スイングもブレずにヒットを打てると。
元から良かったその対応力に身体が追いついて来たからスラッガーとして成長したのだろうって言ってた。
俺打撃は勘というか、出たとこ勝負だからそこまで気にしたことがない。打てる時は打てる、打てない時は打てない。
三球目はスライダーをインローに。これにも反応してバットを振ったが、当たらずに空振り。確かに反応してスイングを調整している。そんなのよく間に合うな。それこそスイングが変になりかねないのに。
とりあえず追い込めたのは大きい。二ボールということはまだ遊べるし。
四球目もスライダーを。これは低すぎてミットに収まる前にワンバンした。すかさず高宮がボールを取り替えてくれる。
五球目のアウトハイストレートはカットされた。バックネットにボールが突き刺さる。
三間に残り投げていないのはシンカーだけど。ぶっちゃけそんなに変化しないから、合わせられて打たれそうだ。
これは俺の持論なんだけど。ウイニングショットと呼ばれる変化球で、空振りを取れるというのは大きな武器だろう。だけど、真のウイニングショットって変化球じゃないと思うんだよな。
変化球って元々、ストレートを活かすための小細工だったらしい。今の配球割合を見ても、一番頼りにしないといけないのはストレートだ。スラッガー相手に全部変化球を投げるなんて、それで打ち取れるほど野球は甘くない。
数々の変化球が生み出されて、魔球と呼ばれるものさえあっても。それを投げていれば空振りを取れるわけじゃない。
観客を魅了するのも、憧れを抱くのも、大エースと呼ばれる人たちの主役は、いつだってストレートだ。ストレートがなくちゃ、始まらない。
だから、高宮の出すサインに大きく頷いて振りかぶる。
どうせあと二人だ。全力投球をしても問題ないだろう。力を込めるわけではなく、全身のエネルギーを絞るように。足もいつもよりも上げて歩幅を広く。
身体を思いっきり沈めて、腕を振り抜く。左脇腹を叩くように鋭く。右足も蹴り上げて。
ズパァン!という音が聞こえるのと同時くらいにブンという音が耳に届く。
中腰になった高宮のミットにボールは収まっていて。三間はバットが空を切った勢いで膝をついている。
俺も勢いが良すぎたのか、帽子が落ちていた。主審の宣言を聞きつつ、帽子を拾って砂を落として被る。高宮からボールを受け取って後ろへ向かってピースを。
「二アウ──」
「きゃあああ!美沙ちゃん、写真撮った⁉︎トモちゃんが投げて帽子落としたことなんて初めてじゃない?」
「大丈夫。撮ってるよ。ピースサインもしっかり収めてるから」
……締まらないなあ。妹よ、多才になるのは良いが、そんなバカ長いカメラどこに持っていた?いつからそんな趣味に走った。
ピースで二アウト示すんじゃなくて、人差し指と小指でやれば良かった。
このことに動揺したのか、五番にライト前ヒットを打たれてしまったが、次の六番をしっかり抑えて試合終了。
どっと疲れた、紅白戦だった。
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