1−4 美沙の場合
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
「お粗末様。それは良かった」
美沙はまだ中学生なのに料理が一通りできる。それで趣味がお菓子づくりときた。料理という面ではウチの家系で誰も敵わず、母さんも美沙が小学五年生の時に完敗宣言をした。母さんがそこまで料理が得意じゃなかったという意味もあるが、贔屓目なしに美沙の料理は美味しい。
俺たちの健康管理も兼ねているので、料理の本とか読み込んでいるそうだ。本人曰く一番普通のわたしが家事はやるよ、とのことだった。
母さんの遺伝子は偉大だから、美沙も普通とは呼べないほど可愛いけど。よく告白されてるし、三人の中じゃ唯一の可愛い系だ。
でもテレビに出ることとか興味ないし、運動がすごいわけでもない。そう考えると、三人の中では普通の感性に近いかも。
末妹だからか、特に母さんが甘やかす。少女漫画とかすぐに買ってあげるし。千紗姉なんて喜沙姉に泣きつくことが多いのになあ。
……いや、一番甘やかされてるのは俺かも。庭とか好き放題してるし、野球用具は頼めば買ってもらえてたな。そう考えると美沙用の少女漫画とかは安いのか。
野球って金かかるからなあ。
食べ終わった皿を洗面台に持っいって水に浸ける。ここまでは全員やるんだけど、洗い物までやるのは美沙だ。
「美沙、今日は俺が洗おうか?いつもやってもらって悪いし、家事もほとんど任せちゃってるんだから、今日くらいはやるよ」
「お兄、本気で言ってる?やらせないからね?絶対に」
ヒィ。可愛らしい顔が一気に般若のように。いつもは丸々として可愛いクリクリの目が見事に吊り上がってる。口もへの字だ。
お兄ちゃん、可愛い妹のそんな顔見たくないなあ。
「それでお兄の指傷付けたらどうするの?爪割ったらどうするの?その指には日本がかかってるんだよ?それで違和感出ていつものボール投げられなくなったらどうするの?」
「皿洗いくらいで大げさな……」
「指先なんて特に繊細なんだから。そんな些細なことで狂った選手がどれだけいると思ってるの?お兄がサッカー選手だったら洗い物やってもらったけど、お兄は全身を使う野球選手なんだから。特に気にして」
「……はい」
手伝いをしようとするといつもこんな感じだ。気に掛けてくれるのは嬉しいけど、過保護すぎるのもちょっと息苦しいというか。
俺だって選手の端くれだから指や爪のメンテナンスはすごく気を遣っている。試合中に爪割れを起こさないようにとか、できる限りのことはやっているんだけど。
それに理由に家事を全然手伝わないのは罪悪感があるというか。母さんがほとんど家にいないからこそ、妹に丸投げするのは心苦しいんだけど。
「あ、じゃあ代わりに家事でやって欲しいことは?怪我する心配なさそうなこと」
「……特にないかな。買い物もしてあるから、怪我をしないような家事なんてないし」
待って。家事ってそんな命がけで挑むもの?そうしたら全国の主婦に頭下げる。美沙の脳内じゃどんだけ危険なものだという認識なんだ。いや、俺の家事能力のなさをそう捉えてるのか?
生まれてこの方家事なんてやったことない。家庭科の授業で調理実習とか裁縫とかやるけど、それくらい。夏休みに宿題で出た裁縫は美沙が代わりにやった。針で指刺したらどうするのと。
しかも本当に俺が作りそうな、ヘッタクソなやつを作ってくれた。そのおかげで替え玉がバレないという。
なんてできた妹だ。
「お兄。別にわたしは義務感で家事やってるんじゃないよ?家事が好きなの。好きなこと取られたら嫌でしょ?お兄がグローブの手入れを横取りされるようなもの」
「む……。それは確かに嫌だな」
多分美沙にとって家事はもう生活の一部なのだろう。そしてやりがいにもなってる。それを邪魔されたら困るか。
負けだ。これは梃子でも動かない。
「じゃあ何かやって欲しいことあったら言ってくれ。家事以外でいいから」
「……考えておく」
家事以外なら何かあるだろ。即答で頼めって言ってるわけじゃないし。お金はないけど、それ以外なら何でもやろう。たまに皆にそういうことを言うけど、大体が肩もみとか簡単なものだ。美沙もワガママを言う妹じゃないから大丈夫だろ。
そして夜。U-15の海外遠征用の荷物を用意したり夏休みの宿題をやって、そろそろ寝ようかなと思ったら部屋のドアがノックされる。母さんが帰ってきたとも聞かないし、三人の誰かだろう。
了承の返事をすると、入ってきたのは美沙だった。何の用だろう。
「お兄、さっきはごめんね」
「何かやったっけ?」
「お兄は善意で手伝おうとしたのに、キツイ言い方して……。嫌われちゃったらどうしようって思ったら……」
「何だ。そんなこと」
怒ってもないし、嫌うわけがない。
過保護だなと思うことはあっても、それは俺のことを思ってのことなんだから。もうちょっと俺のこと信用してほしいなとも思うけど、それだけだ。
だから、いつものように美沙の頭に手を置く。
「いつも俺のこと心配してくれてありがとな。美沙が心配してるのに、いつも言うこと聞かないのは俺の方だもんな。兄ちゃんが悪かった」
「……怒ってない?」
「怒るわけあるか。そりゃあ美沙が悪いことしたら怒るけど、今回のことじゃ怒らないよ。嫌いにもならない」
「そっか。……えへへ、良かった」
いや、俺の妹可愛いな。これは告白もされるわ。彼氏がいたとは聞かないけど。
彼氏彼女という話はウチの誰かから聞いたことがない。喜沙姉はスキャンダルになりかねないから出てこなくてもおかしくないけど、他の俺たちはなあ。家族の中でモテないのは俺だけだし。
美沙の場合は内弁慶だからな。俺の呼び方、外と家じゃ違う。その二面性を知らないと、美沙と付き合っても大変だろう。
「あの、お兄ちゃん。今日一緒に寝ていい?」
「久しぶりにその呼び方されたな。いいよ」
「やった」
許可を取ってくるだけマシ。この三姉妹、気付いたら俺の寝室に忍び込んでるんだから困ったもんだ。大概ブラコンだよな、皆。
「あら、美沙ちゃん?トモちゃんのお部屋?」
「喜沙お姉ちゃん。うん、さっきのことがあるから謝るのと、罪悪感につけ込んで合法的に一緒に寝ようかなって」
「さすが美沙ちゃんだわぁ。私たちじゃできないもの」
「でもわたしも、お姉ちゃんのような身体を使った誘惑できないもん」
「美沙ちゃんはまだ成長期だから。それにさっきのは本当に事故で……」
「わかってるよ。お姉ちゃんとわたしは真逆だもん。……心配だなあ。一年間千紗ちゃんに任せるの」
「あら。もう来年の話?」
「だってわたしが目を離しただけでお兄ちゃんのこと好きな女いっぱいいたんだもん。お兄ちゃんは野球とわたしたちだけ見てればいいの」
「でも大丈夫よ。トモちゃんの行く学校、野球部スパルタだもの。彼女なんて作っている暇ないわ」
「でもファンクラブはできちゃいそうじゃない?野球部の彼氏作るために入学するのもいるんでしょ?」
「いるみたいね。そこは千紗に任せましょう」
「うーん……。やっぱり心配」
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