ウチの三姉妹が俺の青春に介入してくるんだが

@sakura-nene

入学編

1−1 始まりの始まり

 照りつける太陽。日差しを受けて蒸し暑くなるグラウンド。飛び交う歓声。そこで白球を追う青少年たち。


 そこは県営の野球場だった。八月の上旬に行われているのは中学シニアの関東大会。その決勝戦だった。この勝者が全国大会に出場できるが、負ければそこで三年生は引退となる試合。


 スコアボードはすでに七回まで進行していた。先攻のチームが一点を追いかける形だ。勝っている方は逃げきるために声を出し、負けている方は追いつけばわからないと、声を出していた。


 二アウトながら、ランナーは得点圏である二塁に一人。そのランナーはどんな当たりであれ、バットにボールが当たれば一気にホームへ駆けるつもりだった。


 どう転ぶかわからない、緊迫した状況。誰もが声を出し、固唾を吞む中、状況は動く。バッターのバットに、ボールが当たったのだ。


 一気に歓声が起こり、そして消えていく。ボールは高く上がりながらも、二塁ランナーの一番近くで守っていた遊撃手。その人のグラブにきっちりと収まったからだ。


 ショートフライ。そして三アウト。それは試合終了を告げる結果だった。


 勝った方は全国大会へ行くことが決まり全身で喜びを示す。負けた方は後一歩のところで届かず、夢破れた。その事実を受け止められなくて、整列になってもゆっくりとしか動くことができなかった。全員が目尻に涙を浮かべ、人によっては嗚咽まで零している。


 そんな中でも、一人だけは違った。背番号一をつけた二塁ランナーだった彼だけは泣くこともなく、むしろ泣き崩れているチームメイトを起こして整列まで連れていった。


「ごめんなぁ、智紀ともき……!ヒッグ、俺らがもっと、打ててたら……」


「それ以上に俺が打たれたんだ。胸を張ろう。関東準優勝は、誇っていい結果だろ」


 整列をして、終わりの挨拶をする。あちらは威勢が良かったが、智紀たちは嗚咽混じりできちんと声が出ていなかった。引きずるような足をどうにかベンチの方まで動かして、応援に来てくれた父兄や知り合いに向かって応援ありがとうございましたというお礼を言う。それに拍手が返されるが、その最前列にいる、アイドルや女優に見紛おうばかりの美少女三人が智紀に向かって激励する。


「トモちゃん惜しかったわねえ。でも次はU-15かしら?パスポート作らなくちゃ〜」


「よっし、次は海外旅行!智紀、全国やってる間に他の連中引き離すために特訓するぞー!」


「兄さん、勉強もしっかりね?推薦もらってるからって、学校の授業に手を脱いちゃダメなんだから」


 上から長女、次女、末の妹の激励。そう、彼女たちからしたら激励なのだ。この場で言わなければ、普段の生活で言ってくれれば激励として捉えられただろう。だが、シニアの大会という一区切りがついた試合の直後にこれを言われると若干萎えるものだ。


 若干で済んでいるあたり、智紀はこの十年ほどで慣れてしまったという嫌な事実に直面するのだが、そのことから必死に目を逸らした。


「智紀の姉さんたち、相変わらずだなあ」


「俺が泣けない理由わかるだろ?あんなん続けられたら、涙も引っ込むわ」


「でもみんな綺麗だよなあ。今度デートのお誘いしてもいい?」


「皆の頭の中、完全にパスポートと俺の調整のことしかないぞ?」


 何で三人とも自分のスケジュールありきで動くのか。智紀には一切わからなかった。


 彼はそうやってずっと生きてきたために、疑問に思っても口に出さない。何を言っても、無駄だとわかっているからだ。





 宮下智紀は普通ではなかった。まずは家族構成だろう。


 父親はプロ野球選手。とはいえすでに故人。病で若くして亡くなった、将来を有望された選手だった。その父とキャッチボールをしたことは今でも智紀にとって大きな思い出になっている。


 母親は元アイドルで神宮寺紗沙じんぐうじささ。歌って踊ってバラエティに出て。今は独立して芸能事務所を立ち上げたバリバリのキャリアウーマン。しかも女手一つで四人もの子どもを育てた、いわゆるできる女だ。間も無く四十代後半に差し掛かるが、洗練された美を保つまだまだ現役の仕事人。今は専ら裏方だが、彼女がプロデュースしたアイドルは成功する場合が殆どだ。そのため芸能界ではまだ名を馳せている傑物。


 芸名は変えていないために宮下姓ではないが、戸籍では宮下紗沙である。


 長女の喜沙きさは智紀の三つ上だ。そのため小学校以外学校で一緒になったことがない。そのためか、特に智紀の所へ来たがる。弟というのが可愛かったのか、何をやるにしても褒める。何かするなら付いてくる。甘やかす。それが周りから透けて見えるのだ。その甘やかしを振りほどこうとしたこともあるのだが、振りほどいたら一日ずっと泣かれてしまったので諦めた。それ以降さらに甘くなった気もするが、諦めた。


 その喜沙は母の事務所に所属するアイドルだ。高校一年生の時にデビューして、CDを出してバラエティ番組に出て、家族への熱い愛情を公共電波に乗せて、写真集も出したれっきとしたアイドル。大学にも進学予定で、学業とアイドル、そして弟の野球観戦全てをこなしているバイタリティ溢れるお胸の大きなお姉さん。


 次女の千紗ちさは智紀の一つ上。ロングヘアーを無造作に伸ばしていて母や姉によく怒られる、活発な姉。運動神経は良いのだが小・中学校と運動部に入らず、そのくせ校内のマラソン大会や運動会では活躍する運動おばけ。だが高校に上がってからは野球部のマネージャーを勤めていて、弟の試合がない限りは真面目に練習にも試合にも来る。


 そんな問題児でもあるのだが、公式戦ともなれば流石に部活の方を優先してくれて、普段の学校生活も問題なく送っている。弟のことになると他のことを全て捨て置く問題児なだけで。ただ、それを何度もやっていると信頼を失うので、泣く泣く試合を見に行くのを諦めたこともある。


 そういう時は妹に土下座してまで弟の試合映像を撮ってもらう。母も姉の喜沙も試合を見に行けなかったら頼る先は末妹だ。去年まで部活動に入っていなかった千紗は母と姉に対して試合を見に行けていたことを自慢していたのだが、今では涙ながらに頼む立場になってしまった。去年までのツケが回ってきたと言われる始末。


 だが、部活動を優先しているのは三姉妹が画策したことだ。弟の部活動を正々堂々、正式な立場で記録するためである。千紗が通っている高校は智紀が推薦を貰っている野球強豪校。そう、未来の布石のためにこの四ヶ月を捨てているのだ。泣く泣く。U-15には堂々と参加して、夏休みを得るために、千紗は監督に頭まで下げている。


 弟のためならプライドなんてない。そういう性根だった。


 三女の美沙みさは智紀の一個下。家族の中で一番年下だった。だから家族全員から可愛がられて、実際可愛い方向性へ育った。喜沙が天然系ゆるふわお姉さん。千紗が活発系綺麗系お姉さん。美沙は小悪魔系可愛い妹だった。身長も二人の姉は百六◯を越えているが、美沙だけは百五○前半。智紀は百八○になったので、横に並ぶとかなり小さい。


 そんな美沙が小悪魔だと呼ばれるのは、三姉妹で腹黒担当だからだろう。上の姉たちがしっかりしていないからそうなってしまったという側面がある。三姉妹のお眼鏡に敵わなかった女子から智紀を遠ざけ、三姉妹による智紀を守るための作戦については美沙が作戦立案をして、実行は姉たちに手伝ってもらう。


 三姉妹の頭脳だった。


 そして仕事と部活に忙しい家族に代わって、家事全般を引き受けていた。手伝える人は手伝うのだが、最近では美沙の独壇場だ。これこそが自分のできることと割り切っていて、特に智紀には指などを傷つけて欲しくなかったので絶対にやらせない徹底っぷり。


 要するにこの三姉妹。智紀に対してかなりの過保護だった。そして愛が溢れてしまっているのである。


 だから悲しいことに、智紀には彼女ができない。三姉妹全員が別々の女性としての魅力があり、そんな三人が智紀を囲っていて、しかも邪魔をして来る。よっぽど自分の容姿か性格に自信がなければ、近寄ることすら厳しかった。唯一の救いは智紀の同学年に姉たちがいないことなのだが、それでも三姉妹のことを知っているから無謀な女子でなければ友達以上になれない。


 母親が一時代を築いたアイドルなのだから、容姿が優れているのは当然のことだった。そんな三姉妹に囲まれている智紀の目は正直肥えている。並の女子では告白も躊躇ってしまうほどに。


 智紀も例に漏れず、顔は整っている。それでシニアのチームでエースを張り、U-15にも選ばれるとなれば女子にも人気が出る。しかし告白されないものだから智紀はモテないのだと勘違いする。


 家庭環境も片親ということを除けば悪くない。裕福な家で、野球に打ち込める環境もできている。彼の周囲の環境はまさしく、誰もが羨むもの。そんな彼でも手に入れられないもの。彼女。


 そんな彼が青春を謳歌したいと願う、物語だ。

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