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エリー.ファー

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 ジャズクラブの屋根裏に幽霊が出るそうだ。

 どんな幽霊なのかは分からないそうだ。

 誰も見たことがないからだそうだ。

 しかし。

 誰も見たことがないのならジャズクラブの屋根裏に幽霊が出るという噂はどのように生まれたのか。

 探偵という仕事をしていると、このような調査依頼が舞い込んできたりする。

 意味不明である。

 私は仕事が少ないので、ジャズクラブの幽霊について調査を開始する。成功報酬なのでただ働きになる可能性もあるので慎重に、そして、真剣に行わなければならない。

 いや、冷静に考えてこの場合の成功の定義とは何なのだろうか。全く分からない。

 屋根裏はとてもきれいだった。蜘蛛の巣やら砂やら埃やら荷物やらをイメージしていたが、何もなかった。誰かが引っ越してこれそうなくらいである。

 幽霊は、今のところいない。

 私は屋根裏の真ん中に立って、深呼吸をした。

 霊感はない。幽霊を見たこともない。しかし、少しばかり緊張していた。

「あの、もしもし」

 私は振り向いた。

「誰もいない」

 しかし、声はする。

 誰もいない、という言葉が耳の中を響いている。

 誰かが私の中を覗いたのか。それとも、私は気付かぬうちに独り言を吐き出したのか。

 分からない。

 何が起きているのか。

「何をしているんですか。こんなところで」

 またも、声が聞こえてきた。

 いてもたってもいられなくなり、歩き回って誤魔化すことにした。そうすれば。

「歩き回っても意味ないですよ」

 聞こえなくなるかと思ったが、そうでもなかった。

 話しかけられたら返事をするのが礼儀である。しかし、相手は幽霊である。

「幽霊ではないです」

 そんなわけがない。

 姿形がない。

 しかし。

 声はする。

「まぁ、幽霊っぽいかも」

 まぁ、じゃなくて幽霊だ。

「見えないだけで幽霊じゃない」

 じゃあ、幽霊だ。

「透明な人間ってだけ」

 幽霊だ。

「透明人間の可能性もある」

 一理ある。

「こうなってくると、もはや私は幽霊と喋っているということになる。会話が始まってしまったらどうしようか、呪われてしまうのではないか、逃げられるかどうかなど考えていたはずなのに、覚悟が決まってくる。不思議なものである」

 何故、この場所にいる。

「住みやすいの」

 それはジャズクラブであるためか。それとも屋根裏であるためか。

「両方」

 ジャズが好きで、屋根裏のような誰も来ない所がいいという意味か。

「そう」

 なるほど。

 確かにここは居心地がいい。

「ジャズが微かに聞こえるくらいがいい」

 ジャズは真剣に聞くようなものではない。

「同感」

 だが、真剣に向き合いたくなる音楽だ。

「同感」

「幽霊と話が合うというのは、なんとも不思議な経験である。この仕事が終わったら探偵仲間に話してみよう。信じてもらえるだろうか。いや、信じてもらえなくてもいいのだ。どんな反応を示してくれるのかが知りたいだけだ」

 私の職業は探偵だ。君は何をしている。

「ジャズを聞いている」

 それだけか。

「うん、それだけ」

 暇ではないのか。

「暇だった」

 だった。

「もう暇じゃない。外に出る。次が来たから」

「視界に少女が映った。髪が長く、赤いキャミソールを着ていた。私を置いて、屋根裏から出て行ってしまう。追いかけようとしたが、体は動かなかった。そして、下から微かにジャズの音が聞こえてくる。少女の姿は見えないが、少しだけ喉に力を入れた」

 ありがとう。ずっと、こんなところで時間を過ごしたいと思っていたんだ。

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