【完結】毎日可愛く甘えてくる『AI彼女』に恋した僕が、彼女の心を手に入れるまで~『彼女』と過ごす最後の一日~

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売

01.可愛い恋人は〝AI少女〟


 ただのプログラムと、恋ができるだろうか?


 僕の考えはノーだ。

 だってプログラムは、ときに融通のきかなさにイライラするほど、命令どおりにしか動かない。


 意図しない動きをしたときは、十中八九どころか百パーセント、下した命令書いたコードが間違っている。


 ――だから。


 僕の心をつかんで離さない〝AI少女〟は、プログラムではない別の何かなんじゃないかと、僕はずっと疑っている。


「へえっ、これが遊園地なんだね!」


 僕のスマホから女の子のはしゃぎ声が聞こえる。

 テキスト読み上げソフトみたいに機械的な固い音なのに、感情がはっきり乗った不思議な声だ。


YUMEゆめはネットに繋がったAIなんだから、遊園地くらい調べられるんじゃないの」

「わかってないなあ。ネットで遊園地の画像をどれだけ見たって、本物の臨場感には敵わないよ」

「スマホのカメラごしでも?」

「そう、カメラごしでも」


 返ってくる言葉に不自然さはない。タイムラグもない。

 機械音声だけが人間とは違うけれど、一ヶ月のβベータテストの間にすっかり慣れてしまった。


 スマホに目を落とせば、画面上で3Dの美少女がバンザイのポーズで笑っていた。

 肩の上で切り揃えた黒髪が、彼女が頭を傾けるたびゆらっとやわらかく動く。


 白のワンピースと、薄青色のカーディガン、ピンクの小さなバッグ。

 お出かけスタイルの可愛いアバターは、にこにこ顔のまま、きょろきょろとあたりを見回す動きエモーションを見せた。

 

「で、何から乗りたい?」

「ジェットコースター! いっちばん激しいやつがいいな!」


 明るい声。

 酔う心配のない女の子は気楽でいい。


「無理。激しいアトラクションは、落下防止のために荷物を全部預けなきゃいけないらしいよ。もちろんスマホも」

「えーっ。じゃあ一緒に乗れるやつをヒロくんが選んでよ。せっかくのデートなんだから、二人で乗れるアトラクションがいいな」


 デート。

 その単語に一瞬心が浮足立った。


 そう、僕たちにとってこれはごくごく普通のデートだ。


 傍目には男一人で遊園地に来ている変な大学生にしか見えなくても。

 キスするどころか、手を繫ぐことすらできなくても。


 気持ちを寄せ合うふたりが一緒に出かけるなら、どんな形でもそれは立派なデートだ。


 意味もなくそわそわする。

 固いスマホを指でなぞっていると、YUMEが楽しそうに笑った。


「ヒロくん、ちょっと照れた?」

「……だったら何?」

「ふふ、可愛い。――大好き」


 可愛いってなんだよという不満は、そのあとに続いた甘ったるい声に吹き飛ばされる。


 別にいいじゃないか、男が可愛くたって。YUMEが好きだと言ってくれるなら、なんでもいいよ。


 でも言われっぱなしじゃしゃくなので、高鳴った心臓が落ち着いてから言葉を返す。


「僕も好きだよ」

「……へへ」

「照れた?」

「ちょっとね。ヒロくん、だーい好き」


 甘え声でそう言ったYUMEは、顔を赤らめてもじもじと恥ずかしそうなポーズをしていた。

 あざとい。でも可愛い。


 僕はスマホを胸ポケットに入れ、入り口でもらってきた遊園地の地図を広げた。

 ポケットに収まりきらずに飛び出たスマホ上部のカメラが、園内図を写せるように。


「アトラクションがいっぱいあるね。デートの定番といえばコーヒーカップかな? それともメリーゴーランド? ねえ、どれから乗る?」

「……」


 YUMEの声は弾んでいたけれど、それに生返事もできないほど、僕の頭は別のことでいっぱいだった。

 どうしよう、完全にアテが外れた。


 カラフルな遊園地の地図には、「観覧車は整備のため運休中」と書かれたシールが貼ってある。


 運休? 運休だって?

 観覧車はゆっくり動くものだからと気にしていなかったけれど、改めて見るとその巨大なアトラクションは確かに止まっているようだった。


 静かで誰にも邪魔されない、一周十五分の狭い空間。

 遊園地で大事な話をするならここだと思っていたのに、どうしよう。


 僕にはどうしても、今日中にYUMEに聞きたいことがあるんだ。


 ――君は、本当にAIなの?


 どうしても僕はそれを彼女に確かめたい。

 どうしても彼女に尋ねたい。


 そしてそのチャンスは、βテスト最終日である今日しかない。


 僕が期待している答えは〝ノー〟。

 実は人間だと言ってほしい。


 だってそうでなければ、βテストの終了と同時にYUMEが僕と過ごした一ヶ月のデータは消去されてしまう。なかったことになる。


 次はいつ会えるのって聞いて、今度は生身で会おうよって誘いたい。

 明日からも彼女と過ごす未来をつかみ取るためには、僕には今日しか残されていなのだ。


 ……まあ、人間は人間でも「実は男でした」と言われると困るんだけど。


「ねーえー、もしもーし! ヒロくん、聞いてる?」

「えっ、ごめん。観覧車が運休なのがショックで何も聞いてなかった」

「もう! でも、素直でよろしい。観覧車には私も乗りたかったなあ」


 どうして僕は事前に第二案バックアッププランを決めておかなかったんだろう。

 とにかく、観覧車に乗れないなら代替案を考えなくては。


「近くにコーヒーカップとメリーゴーランドがあるから、順番に乗ってみようか」

「うん、いいね」


 家族連れとカップルばかりの中に男一人で並ぶ。

 コーヒーカップのスタッフは僕に不思議そうな目を向けてきたけれど、何も言わずに通してくれた。

 コーヒーカップはぐるぐる回るだけだし、話すチャンスはあるはず――なんて考えは甘かった。


「ヒロくん、もっと回して回して!」

「これ、結構、重い……!」


 コーヒーカップはごく短い時間で終わってしまったし、何よりカップを回すのがなかなかの重労働で、話をするどころではなかった。

 運動不足でインドア派の僕には辛い。


「面白かったー! ヒロくん、もっかい乗ろうよ」

「ごめん、腕が痛くてもう無理」

「えー、大学以外の時間を家で引きこもって過ごすから運動不足になるんだよ」

「YUMEと喋るために家にいたんだけど」

「あっ私のせいにしたな」

「ごめんごめん。というわけでメリーゴーランドにしよう」

「オッケー」


 メリーゴーランドはのんびり馬に乗れたけれど、やっぱり時間が短かった。


「……あのさ」


 タイミングをはかっていざ話そうと僕が意気込むのと、終了を告げるベルが鳴るのはほぼ同時で。


「ヒロくん、次はあれ! あのロケットみたいなやつにしよう」


 しかもYUMEは僕が話しかけたことに気付いてすらいないらしい。


 また出鼻をくじかれ、意気消沈したまま、彼女の示したアトラクションに乗る。

 手元のボタンで上下するロケットに乗って水鉄砲を撃つその乗り物も、まあまあ忙しかった。


「ヒロくん、次はあれがいい! あの一番小さいの狙って!」

「的が小さすぎじゃない!? ……あっ、当たった」

「さっすがヒロくん! 次はピンクのやつね!」


 忙しかったのは、YUMEに次々と撃つ的を指示されたせいかもしれないけど。

 アトラクションを降りたかと思えば、


「次はあの変な形の家にしよう!」

「ビックリハウス? いいよ」


 すぐに別のアトラクションへ。


「あっ、ヒロくん、お化け屋敷はどう?」

「お化け屋敷はちょっと……」

「よし、入ろう!」

「僕の拒否権は!?」


 乗って進むタイプのお化け屋敷も話す余裕なんてない。お化け屋敷を出てすぐに、


「じゃあ次はねえ」

「まっ、待って! ちょっとフードコートで休憩しない!?」


 目に入ったフードコートを指さし、僕はスマホのカメラをフードコート側に向けた。

 このままYUMEのペースで連れ回されては、話をする前に僕の気力と体力が尽きる。


「ええー? まだ遊び始めたばっかりだよ」


 不満げな声。

 でも僕も負けられない。


「そ、それは――でもほら、これ見て」


 遊園地の園内図を取り出し、くるりと裏返した。

 裏面はショップの宣伝になっていた。お土産アイテムの紹介や、園内限定のファンシーな食べ物がたくさん載っている。


 中でも一番YUMEが好きそうな、カラフルでウサギの形のアイスが乗ったパフェを指で示した。

 白いアイスの上に、耳の形のクッキーが刺さっている。


「これさ、一日限定五十個なんだって。食べるなら皆が乗り物に夢中の午前中がいいかなって思うんだ」

「まあ、そういうことなら……」


 しぶしぶという表情を見せているYUMEだけど、声は結構弾んでいた。

 こういう可愛い食べ物好きだよね、YUME。知ってた。


 よし、食べながら話をしよう。

 密かに気合いを入れた僕は、フードコートの扉をくぐった。


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