第383話 そこまでの話

 何も知らないレオルドは二人の内緒話が終わるまでポカンとした顔で空を見上げていた。


「(シルヴィアの言うとおり、この平穏な時間がずっと続いてくれればいいのに。そしたら、俺も少しは楽になれるんだかな~)」


 今のレオルドも平穏な時間を送っているが一時のものに過ぎない。

 これから訪れるであろう魔王の襲来。

 レオルドにとって最大最悪の死亡フラグ。

 かつてない脅威と今まで以上の強大な敵。

 魔王襲来に備えてレオルドは着々と準備は進めているものの、不安は拭いきれない。


「(シャルロットでも見つけられない魔王か~)」


 聖教国へ旅立つ前にレオルドは不安の種を早々に取り除くべく、シャルロットに魔王の捜索を頼んでおいたのだが、未だに魔王は見つかっていない。


「(ヤダな~……。きっと原作以上に凶悪なんだろうな~)」


 既にゲームではないと割り切り、魔王を早々に始末しようとレオルドは動いているのだが、シャルロットでさえも見つけられない以上、魔王の襲来はほぼ確実だろう。


「(せめて魔王がどこで生まれたとか原作にもあれば良かったんだけど、無いものねだりだよな。今ある知恵、知識、人脈、資金、あらゆるものを使うしかないか……)」


 そもそも運命48ゲームにも魔王がいつ、どこで、どのようにして生まれたかは明記されていない。

 ゲームでは突然、魔王襲来のイベントが始まるのだ。

 正確に言えば、まずはモンスターパレードが発生し、王都の襲撃イベントが発生する。


 当然、主人公プレイヤーはモンスターパレードの鎮圧に向かうのだが、王都には魔に関するものに対して無敵の守りを誇るシルヴィアが鎮座しているので脅威にすらならない。

 そこで初めて主人公はシルヴィアの反則性能チートを目の当たりにし、衝撃を受けるのだ。


 しかし、そのあまりの反則性能の為に魔王襲来イベントで死ぬ運命さだめとなっている。

 魔王の姑息な罠に嵌められ、シルヴィアは無残にも殺されてしまう。


 ビジュアル、能力、共に人気が高く、ヒロイン人気投票でも攻略不可のサブヒロインながら一位を取っているシルヴィアが殺された暁には涙を流した者も多くいるだろう。


 とはいえ、ゲームならハーレムルート以外では死なない。

 国内の有力貴族と結婚して、平穏に暮らしているのが確認されている。


「(さて、どうしたもんか……)」


 どれだけ頭を悩ませても解決する事はない。

 シャルロットが魔王を見つけない限りは打てる手がないのだから。

 今は魔王襲来に備えるだけで精一杯だろう。


「ちょっと、レオルド~。何ぼーっとしてるのよ」

「ん? ああ、話は終わったのか?」

「もうとっくに終わってたわよ~」

「そうか。全然気がつかなかった」

「あの、レオルド様。何か考え事でも?」

「魔王についてちょっとな。どうしたものかと」

「それは考えても仕方がないでしょ。私が探しても見つからないんだから~」

「気が付いたら魔王が襲撃に来ましたじゃ遅いんだがな……」

「そうですわね。出来れば魔王がまだ力を付ける前に叩いておきたいですね」

「その通りだ。魔王がまだ誕生していないのか、それともすでに生まれて力を蓄えているのかは分からないが、出来る事なら誰にも知られずひっそりと処理しておきたい」


 魔王襲来が起きてからでは遅い。

 知らない間に全てが終わっているのが理想である。

 レオルドが魔王の襲来に備えて準備しているものが無駄になるだろうが、魔王が来ない方が遥かにマシである。


「それが一番だけど、今は無理ね~。私が使い魔を大陸中に放って探してるけど見つからないもの。もしかしたら、魔王なんていないのかもしれないわね~」

「それならそれでいいんだがな……」

「取り越し苦労になりますね。でも、それが一番平和だと思いますわ」


 あれこれと考えて、心配ばかりして、結局何事もないのが一番だ。

 後々、酒のツマミになるくらいが丁度いいのだ。

 あの時はバカな事をしたと笑って過ごせる未来が訪れる事を願うばかりであった。


 それからしばらく歩き続けて、レオルド達はようやく目的地に辿り着いた。

 まだ未開拓なので雑木林だが程よい広大な平原が目の前に広がっている。

 ここを開拓してお披露目会で使うコース会場を作ればいいだけなのだが、レオルドは少し不満そうにしていた。


「平坦だな」

「それのどこが悪いの? 貴方が描いたコースを見たけど、別に平坦でも良くないかしら?」

「地形を利用し、もっと複雑で大胆なものがいいんだよ。そっちの方が見応えあるし、何よりも自動車の性能を存分にアピール出来るからな」

「でも、レオルド様。今現在、開発中の自動車はそこまでの性能があるのですか?」

「…………しっかりと舗装された道、または現在利用している馬車の道を使用する事を踏まえた構造になってるから、未舗装された凸凹道は想定していないものになってる」

「それじゃ、さっき言ってた複雑で大胆なコースは無理ね~」

「レオルド様。まずは根幹となる自動車をしっかりとお作りになって、それから趣味、嗜好、娯楽方面に考えましょう」


 厳しい意見ではあるがシルヴィアの言うとおりである。

 まずは自動車がどういったものかを知って貰わなければならない。

 いきなり、妙なものを作って疑心暗鬼の目を持たれても困るのだ。

 レオルド自身に信頼と実績があっても、マルコ達が作った自動車には何の信頼も実績もないのだ。

 ならば、まずは安心して乗る事が出来、尚且つ安定した供給を目指すのが優先だろう。


「問題は供給か~……」

「そうですね。ミスリルを安定的に仕入れないといけないみたいですから、自動車を普及させるのは骨が折れそうですわ」

「私も一台欲しいわ~。レオルド、ドライバーは任せたわね!」

「自分で覚えろ。もしくはゴーレムにでも運転させろ」


 場違いなシャルロットの発言にレオルドは手厳しい言葉を放つ。


「そういえば、今更ですが土魔法で地形などは変えられないのでしょうか? 態々、現場に行って確認しなくても適当な土地を使ってコースを作り、都度土魔法で変えてみてはどうでしょうか?」

「そうか。その手があったかー……」


 魔法と言う物理法則を無視した力があるのだから、現代日本のように重機を使って年単位で開拓をしていく必要がない事をレオルドはシルヴィアの一言によって思い出す。

 そもそも土魔法でゼアトを開拓していたのだから、それくらいの事には気が付いてもおかしくはなかったが、変な所で現代日本の記憶がレオルドの認識をおかしくしている。

 便利な面もあるのだが不便に思ってしまう時もあるので良いとも悪いとも言えない。


「そうね~。今更よね。これだけ広大な土地ならレオルドが考えてたコースは一通り作れるんじゃない?」

「そうだな。大体は出来るだろう。工事の日程も立てておくか」

「では、土魔法使いの皆様に声を掛けておきますね」

「ああ。頼む」


 こうしてお披露目会で使うコース会場の工事が淡々と決まっていく。

 やっと最近道路の舗装工事が終わり、ゆっくり休んでいた土魔法使い達は再び酷使される事になる事が決まった。

 鬼畜領主、外道領主、法外領主などとレオルドは言われているが、きちんと土魔法使い達には対価を支払っており、一番先頭で働いている。

 ただ求める結果があまりにも理不尽だから土魔法使い達からは畏怖と尊敬の意味を込めて、おかしな二つ名で呼ばれているのだ。

 勿論、本人の耳に入っているが特に気にしていない。

 真面目に働いてくれさえいれば、多少の文句は聞き流している。


「ところでフリューゲル公爵から返事は来たのか?」

「いえ、まだ届いておりませんわ」

「何故だ? 転移魔法で昨日の内に手紙は届いてるはずだが?」

「届いているとは思いますが、フリューゲル公爵はどのように返事をすればいいか悩んでいるのでしょう」

「ふむ……。悩む必要はあるか? フリューゲル公爵にとっても悪い話ではないと思うのだが……」

「悪い話ではありませんが、フリューゲル公爵の頭の中で色々な憶測が飛び回っているのだと思いますわ」

「そんなに難しい話じゃないと思うんだがな~」

「私達にとってはそうでもフリューゲル公爵にとっては一大事だと思いますわ。恐らく、大騒ぎをしているのではないでしょうか?」

「そこまでか……」

「レオルド~。貴方、自分がどれだけ周りに影響を与えているか、一度考えた方がいいわよ~」

「シャルお姉様の言う通りですわ。レオルド様はご自身の影響力がどれほどのものなのかを今一度考えるべきです」


 シルヴィアに詰め寄られてレオルドはたじろぎながらも言葉の意味を理解し、コクコクと首を縦に振るのであった。

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