第360話 案山子か、テメエは!
爆炎が晴れる。そこから出てきたのは半裸の教皇。枯れ木の様に細い腕、浮き出たあばら骨、見るからにひ弱そうな見た目をしているが中身は邪神。侮ることが出来ない相手だ。
「嘘でしょ……。傷一つないなんて……」
無傷の教皇を見てエリナが動揺して一歩後ろへ下がった。本当にアレは人が倒せるものだろうかとエリナが恐怖に吞まれそうになった時、レオルドが彼女に軽口を叩いた。
「なんだ? 今更怖気ついたか? 怖いのなら引っ込んでいてもいいぞ」
「なッ! だ、誰が!」
「ふッ。足が震えているぞ。ジークの所へ行って慰めてもらったらどうだ?」
「こ、こんな時に何言ってんのよ! バカなの!?」
「そんなに顔を真っ赤にして何を想像してるんだ?」
「ぐ! うるさいわよ! 黙ってなさい!」
「なんだ? 夫婦喧嘩か?」
口論をしていると教皇が何を勘違いしたのか、とんでもないことを言いだす。レオルドと夫婦に間違えられたエリナは怒髪天を衝く。
「誰がこんな奴と!!! 冗談でも言っていい事と悪い事はあるでしょ!」
怒号と共に彼女は魔法を教皇に向けて放った。先程まで動揺していたがエリナはいつも通りに戻っている。レオルドの思惑は見事にはまったようだ。
「そうだ! それでいい! お前はくそ生意気に文句を垂れながら魔法を撃て!」
「あのクソジジイと一緒にアンタも燃やしてやるわよ!」
「ハハハハッ! 言ったはずだ! お前の魔法など当たりはせん!」
その言葉と同時にレオルドは一歩、二歩、と踏み出して三歩目で掻き消える。目のも止まらぬ速度で教皇の懐へ侵入したレオルドは先程と同様に雷魔法を纏わせた拳を教皇へ叩きつける。
「くたばれッ!!!」
「それは、もう見切った」
「ぬ!」
パシッと渇いた音が響く。レオルドの放った拳は教皇に止められていた。すぐに腕を引き抜こうとしたレオルドに教皇がお返しとばかりに拳を放った。
「舐めるなッ!」
地力はレオルド方が上である。邪神がいくら強かろうが教皇の肉体は育ちざかり真っ最中のレオルドに比べたら貧相そのもの。レオルドが全力で身体強化をすれば勝つのは当然であろう。レオルドは腕を引き抜き、教皇の放った拳を受け流した。
「む……」
教皇が放った拳は空を切り、レオルドは既に手の届かぬ場所まで逃げていた。距離を詰めようとした瞬間、教皇の目の前は紅蓮に染まる。
「今度こそ弾けろッ!」
レオルドと教皇が肉薄している時、彼女はすでに魔法を放っていたのだ。なるべき気が付かれないように静かに、そしてゆっくりと。わき目に確認していたレオルドは着弾地点と時間を計測して教皇から距離を取っていた。
エリナもそれに気が付いており、認めたくはないが、やはりレオルドは天才だと認めざるを得なかった。
爆発音が教会に鳴り渡り、振動で揺れていた。爆炎を見詰めるレオルドとエリナ。今度こそ掠り傷の一つでもできただろうかと見守る中、爆炎の中から飛び出す影が一つ。
「ちぃッ!!!」
すかさず、レオルドはエリナの前に躍り出る。突然、レオルドが目の前に現れて目を丸くするエリナは視界を塞いだことに文句を言おうとしたが、教皇に殴られて吹き飛ぶ彼を見て驚愕する。
「な、なんで!?」
「余所見をしている余裕はあるのか?」
「あ……」
盾であるレオルドがいなくなれば当然、次はエリナの番であった。彼女はレオルドの様に強くない。勿論、弱い事はないが打たれ強さにおいては下から数える方が早い。
そして、無情にも振り下ろされる教皇の手刀。間抜けな声を出しているエリナはただ見ているだけだった。
「このボケが!
「レオルドッ!?」
殴り飛ばされたはずのレオルドがエリナの前に現れて教皇の手刀を防いだ。しかし、無茶な体勢だったために満足に防ぐことが出来ずにレオルドは崩れ落ちてしまう。
「ぐぅッ!」
「ほう。先の一撃を受けて即座に動いたか。実に見事なものだ。しかし、残念なものよな。仲間がこうも足手まといとは……」
「はッ! その意見については同意見だ! ピーチクーパーチク文句だけは一丁前なんだがな! どうやら、俺の見当違いだったらしい!」
「それなら、何故守った? その女がいなければお前ももう少し戦えただろう?」
「こんな女でもいないよりはマシなんだよ!」
「理解できんな」
「神と人間じゃ価値観が違うのは当然だろうが!」
体勢を崩していたレオルドは教皇に足払いを仕掛ける。流石にそのような粗末な攻撃が通じるはずもなく、レオルドの足払いは軽々と受け止められてしまった。
「そのような攻撃が今更通じるとでも――」
「私を忘れるんじゃないわよ!!!」
教皇の顔面目掛けてエリナが爆炎魔法を撃ち放つ。二人にボロクソなことを言われていた彼女はその怒りをぶつける。
まともに爆炎魔法を受けてしまった教皇の顔からは黒い煙が上がる。レオルドはその隙にエリナを連れて距離を取った。
「ちょ、ちょっと離しなさいよ!」
「言われなくても」
「キャッ!」
米俵の様にエリナを担いでいたレオルドは無造作に彼女を投げた。上手く受け身を取れなかったエリナは強くお尻を打ち付けて痛そうに悶えていた。
「くッ……絶対後でコロス!」
床に打ち付けたお尻を擦りながら立ち上がるエリナはレオルドをキッと睨みつける。
「来るぞ。構えろ!」
エリナの脅迫など痛くもかゆくもないレオルドは少し焼け焦げた教皇に目を向ける。
「ふむ……。少し火傷をしてしまったか」
「アレを受けて火傷程度なんて……!」
「本当に規格外な野郎だ! 少しくらいは痛がっている素振りくらい見せたらどうだ!」
「だから、火傷を負っているだろう? これでも少しは痛いんだぞ」
「だったら、苦悶の表情でも浮かべたらどうだ! さっきから能面みたいに無表情をしやがって!」
「ならば、もう少し楽しませてくれ」
と、同時に教皇の顔がレオルドの眼前に現れた。目を見開くレオルドの鳩尾に容赦のない一撃が襲う。
「ぐふッ……!」
「闘争はこれからだぞ……」
そう言って教皇は口の端を釣り上げて嗤うのだった。
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