第358話 すまん、久しぶり過ぎて名前出て来んかった

 邪神に乗っ取られた教皇と向かい合うレオルドは拳を構える。生憎、レオルドにはジークフリートのような聖剣はない。一応、名工と呼ばれる鍛冶屋に依頼して剣は作ってもらってはいるが、今回の戦いで役に立つことはないだろう。なにせ、腐っていても相手は神なのだから。


 大理石の床を蹴ってレオルドは教皇へ突っ込む。教皇は突っ込んでくるレオルドに対して何もしない。ただ黙って見ているだけ。それが不気味であるがレオルドは教皇の懐に侵入して床を踏み砕いて拳を打ち込んだ。


 大聖堂が揺れるほどレオルドの踏み込みは凄まじかった。しかし、レオルドが放った拳は教皇に当たることはなかった。教皇の腹部に直撃する寸前で受け止められていたのだ。


「ッ……!」


 その手からは想像できないほどの力が感じられる。レオルドは一度距離を空けようと腕を引くが手が動かない。教皇によって止められているせいだ。ビクともしない教皇にレオルドは目を見開く。


「くッ!」


「中々いい拳だ。だが、まだ足りんな。私に届かせたいのなら、もう少し強くしないとな」


「黙れッ!!!」


 余裕綽々な教皇に手を掴まれているレオルドは雷撃を放ち、強引に自身から手を離させようとしたが教皇は抵抗レジストする。バチッと一瞬だけ電気が走っただけでレオルドの攻撃は終わった。


「それは効かんよ」


「チッ……!」


 忌々しいと舌打ちをするレオルドに教皇は拳を放つ。ゴウッと風を切る音が鳴り響き、レオルドは驚愕に目を見開いた。

 これを受ければ無事では済まないと咄嗟に障壁を張って防いだが、教皇の拳は障壁を突き破ってレオルドの腹部を打ち抜いた。


「ガッ!?」


 腹部を打ち抜かれたが貫通することはなく、レオルドの体は僅かに浮いただけ。

 すかさず、教皇は浮いたレオルドの頭髪を掴み、地面へと叩き付けた。


 ドガンッと轟音が鳴り渡り、レオルドが打ち付けられている地面は粉々に砕けていた。


「ふむ、死んだか?」


 大理石の床に顔面から叩きつけられたレオルドはピクリとも動かない。それを見た教皇はレオルドが死んだかと思った。

 しかし、レオルドは死んではいない。水魔法をクッションにして頭部を守ったのだ。ただ、教皇の力が想像以上に強く完全に威力を殺しきることは出来なかったが、それでも即死を免れただけ十分であろう。


 額が割れて血を流すレオルドは即座に跳ねるように立ち上がって、隙だらけの教皇へ拳を放つ。


「ほう? 頑丈だな」


「くたばれッ!!!」


 止められた拳からレオルドは電撃を放ち、教皇へ攻撃するが通じない。間違いなく電撃は教皇の体を貫いたというのに、彼は平然としていた。

 無傷ノーダメージの教皇を見て唖然とするレオルド。そこへ教皇がお返しとばかりにレオルドの右肩を蹴った。


「ぐっ!?」


 咄嗟に障壁を張って防いだが、教皇の蹴りは凄まじい威力でレオルドの障壁を突き破った。

 障壁を砕かれてしまい、右肩に教皇の蹴りを受けたレオルドは吹き飛んでいく。空中で身を翻して着地したレオルドは教皇へ顔を向けると、既に姿はなかった。


 どこへ行ったのかとレオルドが視線を動かしていたら、背後に気配を感じて振り向きざまに水魔法アクアスピアを放つ。

 しかし、背後にいたのは教皇の残像。つまり、レオルドは騙されてしまったのだ。


 まんまと敵の罠に引っかかってしまったレオルド。その背後には拳を握り締める教皇の姿があった。


「これは耐えられるか?」


 そのセリフと同時に教皇はレオルドへ向けて強化した拳を叩きつける。少しでも衝撃を減らそうとレオルドは背中を集中的に強化を施したが、無意味に終わる。教皇の拳はレオルドの背骨を叩き折った。


「かッ……はッ……!」


 殴られたレオルドは大聖堂の壁に激突する。ガラガラと壁が崩れて、瓦礫の下敷きになるレオルドは虫の息だ。まさか、ここまで強かったとは想定していなかったレオルドは心の中で悪態を吐く。


(くそったれめ……! 強いとは思っていたけど、まさかここまでとは……! いや、今はそんな事よりも回復しないと。完全に背骨が折れてやがる……! 手足が動かんッ)


 大ピンチである。脊髄を損傷してしまったレオルドは意識こそ保っていたが動けなくなっていた。手足が麻痺してしまい、瓦礫の中から這い出る事さえ叶わない。


「ふむ……。今度こそ死んだか?」


 瓦礫の下敷きになったレオルドが全く動かないのを見た教皇はついに死んだかと首を傾げる。確かな手応えは感じたが、それでも死にはしていないはずだと気になった教皇は瓦礫の下に埋もれているレオルドの元へと近寄った。


(万事休すか……!)


 絶体絶命だと思われた時、まさかの助っ人が現れる。聖女アナスタシアがレオルドを庇うように教皇の前に立ち塞がったのだ。


「させません」


「ほう? 聖女か。我が前に立つとは中々に勇気がある。しかし、お前では一秒と持たんぞ?」


「私一人ではありません」


「アナの言うとおりよッ!!!」


「ぬッ?」


 レオルドを庇っているアナスタシアへ教皇が手を伸ばした時、横から灼熱の炎が教皇を襲う。炎に包み込まれる教皇だったが、軽く腕を払うだけで炎は消し飛んだ。


「ふむ。まだ邪魔者がいたか」


(エ、エリナッ!? うっそだろ! まさか、戦う気か?)


 これまた予想外の事態である。アナスタシアとレオルドを助けたのはエリナであった。彼女はレオルドの事を嫌っているはずなのに、彼を助けたのだ。もっとも、レオルドは恐らくついでだろう。友人であるアナスタシアを助けたに過ぎない。

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