第349話 お主も悪よのう!

 教皇との面会を終えてレオルドは泊まっている宿へ帰っていた。馬車の中で神妙な顔をして静かに腕を組んでいる。一緒に馬車の中にいたシルヴィアは、レオルドが何を考えているのだろうかと尋ねた。


「レオルド様。先程から気難しいお顔をされていますが、何か気になることでも?」


「……宿に戻ってから話しましょうか」


 そう言うレオルドは馬車の外へ視線を移した。シルヴィアはレオルドの視線の先を追って外を眺める。レオルドが見ているのは護衛としてついて来ている聖騎士達。シルヴィアはレオルドが聖騎士達を見ていることに気がついて、恐らく聖教国側の人間に聞かれたくないことだと察した。


「そうですね。宿に帰ってから沢山話しましょう」


 レオルドの意図に気がついたシルヴィアはニッコリと微笑んだ。レオルドもシルヴィアが自身の意図に気がついてくれたことに気がつき、同じように微笑んで返事をした。


「ええ。沢山お話しましょう」


 そう言って笑い合った二人は、宿へ帰るまでの間、静かに外の景色を眺めるのであった。



 レオルド達を見送った教皇は、窓の外を眺めていた。一見穏やかに見える教皇だが、内心は非常に怒っている。一緒の部屋にいる神官達は、教皇が怒っている事を理解しており怯えていた。


「何故、奴らは平然としておるのだ?」


 静かに怒りの声を上げる教皇に、神官達は震えるだけで何も答えない。何も答えられない。


「諸君。私が尋ねているのに、何ゆえ答えない?」


 ビクリと震えるだけで神官達は俯いてしまう。誰も教皇の問いに答えようとせず、静寂がその場を支配する。その静寂も長続きせず、教皇が痺れを切らしたように口を開いた。


「はあ……。やれやれ、困った者達だ。もう一度だけ聞くぞ。何故、レオルド・ハーヴェストとシルヴィア・アルガベインは?」


 教皇の冷たい言葉が神官達に降り注ぐ。神官達は怯えながらも言い訳を述べようと口を開くが、言葉が出てこない。恐怖により上手く舌が回らないのだ。だから、誰も喋らない。


「では、質問を変えよう。確かに呪いは掛けたのだな?」


 一度思考を切り替えて教皇は落ち着き、神官達に別の質問をする。神官達はその質問ならば答えられると、必死に己の身を案ずるように喋った。


「はい! それは勿論です。猊下に指示されたとおり、衰弱死する呪いを付与しました!」


「そうか。それはご苦労。では、どうしてレオルド・ハーヴェストは平然としておるのだ? 衰弱死の呪いを掛けられれば体調に変化が生じるはずだ。しかし、そのような素振りは一切なかった。理由を教えてもらえるかね?」


「そ、それは……」


 途端に口を塞ぐ神官達は、教皇から視線を逸らす。先程は己の身を案じてぺらぺらと舌が回っていたのに、今は言葉が見つからず、視線を彷徨わせるだけ。


「もういい。お前たちに聞いても無駄だという事が分かった」


 呆れたように溜息を吐く教皇を見て、神官達はホっと胸を撫で下ろした。


「レオルド・ハーヴェスト。厄介な男だよ、全く。恐らく、私の企みまでは看破できていないだろうが、何かを知り得ているだろう。今回の面会で分かったが、腹芸はあまり得意ではないようだが、シルヴィア・アルガベインが邪魔か」


 教皇は今回の面会でレオルドとシルヴィアを観察した結果、レオルドがあまり政略など得意ではないことを知った。レオルド一人が相手だったならば、何の問題もなかったがシルヴィアがレオルドの足りない部分を補っている事を知り、忌々しそうに彼女の名前を呟いた。


 とは言っても、レオルド個人もそうだが、レオルドの持つ知識と仲間が非常に強力だ。帝国軍相手に無双した未知の魔法と兵器を有しており、尚且つシャルロットがいる。

 是非とも手中に収めたいところだが、レオルドを取り込むことは難しい。既にシルヴィアと婚姻を結んでおり、王国との繋がりが一層強化されている。その上、帝国守護神のセツナとも仲が良いと噂があるので、教皇は手が出せない。


 取り込むことが出来ないならば始末するしかないと踏んだのだが、それも失敗に終わった。二人の婚姻を祝福している最中に呪いを掛けて、レオルドを殺す算段であったが、何故か呪いは効かなかった。


「ふむ……。そうか、なるほど。呪いを防ぐ魔道具を持っていたのだろうな。誰も知り得ないことを知っているのだ。それくらいは持っていてもおかしくはあるまい」


 レオルドがどういった人物かを思い出した教皇は、一人納得したようにポンと手を叩いた。


「しかし、どうするか。呪いが効かないとなると、直接的な手段を取るしかないか?」


 思案する教皇だが、レオルドには護衛がついている上に、レオルド個人も強い。故に迂闊には手を出せない。だからこそ、呪いという姑息な方法を取ったのだ。もっとも失敗に終わってしまったが。


「仕方がない。不安ではあるが、このまま計画を実行に移すとしよう。ふふふ、我が主が降臨なされればレオルドとて相手ではない。それこそ、あのシャルロット・グリンデもだ。ふふふ、ハハハハハハハハ!」


 高笑いする教皇の瞳は狂気に染まっていた。もう誰にも教皇の企みを止めることは出来ない。


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