第328話 もう覚悟を決めたつもりだったが甘かったようだ

 島を駆け回ること数十時間が経過して、レオルドは砂浜で朝日を眺めていた。精根尽き果て、砂浜に大の字に転がっているレオルドは、水平線から見える朝日に感動していた。


(俺、生きてる……)


 一晩中、レッドドラゴンに追い回されたレオルドは生を実感していた。生きるとは、どれだけ素晴らしい事なのかと、レオルドは感慨深く朝日を眺めている。


 その傍らには、レオルドを殺そうと追い掛け回していたレッドドラゴンの姿がある。しかし、もうレッドドラゴンには、レオルドを殺す気はない。レオルドに、充分教えたと満足しているからだ。


「理解したか?」


「ああ。どうやら、俺は甘かったようだ。これからは考えを改めよう」


「そうか。ならば、元の場所へ帰るのだな」


「……」


 レッドドラゴンの言葉にレオルドは返す言葉が出てこなかった。なにせ、自力で帰る手段がないから。


「どうした? なにをそんなに考えている?」


「いや、あー、その、なんて言ったらいいのか……」


 歯切れの悪いレオルドの反応に、レッドドラゴンは察した。しかし、間違っているかもしれないと思い、念のために訊いてみる。


「まさか、お主、帰る手段を持ち合わせていないのか?」


「…………お察しの通りです」


「呆れて物も言えんぞ……」


 ただ、レッドドラゴンには確信があった。レオルドをここまで転移させた魔女が、レオルドを放置するわけがないと。


 故にレッドドラゴンは大きな声で虚空に向かって語りかける。


「古の魔女よ! どこかで見ているのであろう! 姿を見せたらどうだ!」


 ビリビリと空気が震えるほどの声量で、思わず耳を塞いだレオルドはレッドドラゴンが見ている方向に目を向ける。


 しかし、何も現れない。レッドドラゴンの思い過ごしかと、レオルドが思ったとき、すぐ近くにシャルロットが現れた。


「流石ね~。いつから気がついていたのかしら?」


 突然、横に現れたシャルロットに、レオルドが声を掛ける暇もなくシャルロットは、レッドドラゴンに話しかけた。


「レオルドの話を聞いてからだ。まあ、どこにいるかまでは把握出来なかったがな」


「あら~、割と最初から知ってたのね。ま、それはいいわ。とりあえず、ありがとうね。これでレオルドも意識を改める事が出来たでしょうから」


「んむ、まあ、荒療治だとは思うが、認識を改めようとは思った」


「そう。それはよかった」


「ふむ、話は終わったか?」


「ええ。私達は帰るとするわ。それじゃ、いつかまた会いましょう」


 そう言ってシャルロットはレオルドを連れて転移した。最後の瞬間にレオルドは何かを言いかけて口を開いたが、シャルロットの強引な転移によって聞く事はなかったが、レッドドラゴンの耳には届いていた。


「ふっ……ありがとう、か。ふふ、また会う日が来る事を信じて待つとしよう」


 竜種の寿命は長い。それこそ、人間の数倍から数十倍はある。だからこそ、竜種は面白いものには目がない。長い生の中、レッドドラゴンは久しぶりに面白いものと出会ったと喜んだ。


 翼を大きく広げて、自身の住処へ戻るレッドドラゴンは、こちらから訪ねてみるのもいいかもしれないと考えながら、住処で眠りについたのだった。




 その一方でシャルロットによってゼアトへ戻ってきたレオルドは、すぐに行動を開始した。


(常に最悪を想定して動く。それが俺の生き残れる方法だ。この世界は運命48と同じ。だが、歴史は既に変わっている。ならば、俺の知り得る限りの情報を活用して、先手を打つ。今回の件も先んじて動いておけばどうにかなっていた。つくづく、自分が甘かったと痛感した。ここからは、運命の思い通りにはさせない!)


 まず最初に、レオルドはジェックスを呼び出して、餓狼部隊に聖教国の情報収集を頼んだ。次に、ルドルフの下へ向かい、軍用兵器の開発を進めさせた。


「よろしいので?」


「構わん。今更、王族にどう思われようとも、やるべき事を見失う訳にはいかぬ」


「そうですか。わかりました。閣下のご命令に従いましょう」


 戦争も終わり、軍用兵器の開発は凍結させていたが、レオルドは自身の運命を覆す為に手段を選ばないことにした。

 そのせいであらぬ誤解を受けようとも、レオルドは突き進む道を選んだ。


(もし、運命を覆して生き残れたとしても、碌な未来は待ってないかもしれないな)


 それでもいい。それでもいいと、レオルドは決意したのだ。最後には王国に敵対されることになるかもしれないが、運命に打ち勝つ為ならば覚悟の上だとレオルドは腹を括る。


「イザベル!」


「はい」


「悪いが、緊急招集だ。皆を呼べ」


「承知しました」


 レオルドはイザベルに命令して、全員を集める。バルバロト、ジェックス、カレン、ギルバート、そしてシャルロットがレオルドの元に集まった。


「よく来た。これから、緊急会議を始めたいと思う」


 いつものレオルドではないことにシャルロットを除く全員が息を呑む。一体、これからレオルドは何を語るのだろうかと。


「さて、急な呼び出しに戸惑っているだろう。用件は唯一つだ。これからゼアトは軍備強化をする。その為に、まずは古代の遺物を手に入れるぞ」


『なっ!?』


 戦争はすでに終わったというのに、突然の軍備強化に全員が驚く。レオルドは一体なにと戦う気でいるのかと疑問を抱いた。


「お待ちを、坊ちゃま。すでに戦争は終わっています。それに魔物の脅威もさほどありません。なにゆえに軍備強化などを行うのですか?」


「その疑問は当然だな。しかし、ギル。ここは何も聞かずに俺を信じてくれないか?」


「ですが……不必要な軍備強化は誤解を招くだけですぞ!」


「それは分かっている。だが、理由は言えんのだ」


「ならば、なにか建前だけでもいいので、私達に納得させてください」


「いずれ来たる戦いに備えてだ」


 突拍子もないことを言われても、ますます混乱を招くだけだ。しかし、今までレオルドがゼアトで行ってきた事に間違いはなかった。ならば、ここは信じるほかないだろうと考えるのを諦めた。


「ま、俺は大将のことを信じるぜ」


「うん、私もレオルド様の事信じる!」


 レオルドに救われたジェックスとカレンは、レオルドが何を言おうとも信じる事に決めた。それが、たとえどんなことであろうとも。


「私もレオルド様のことを信じますよ」


「私もです」


 そして、バルバロトとイザベルも同じ意見だった。二人は知っている。レオルドは変なことを言い出したりするが、決して間違いはない事を。


「……坊ちゃま。無茶だけは許しませんぞ」


 そして、もっとも付き合いの長いギルバートも折れた。ゼアトに来てから、変わったレオルドを間近で見続けてきたので、今更何を言われようとも関係なかったのだ。

 しかし、それでもやはり心配だったから、ギルバートはレオルドの考えに賛同できなかったのだ。


「すまんな、ギル。これが俺なんだ。そして、皆、ありがとう。俺を信じてくれて」


 頭を下げたレオルドは、すぐに顔を上げて、今後のことについて話し合うのだった。

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