第316話 王女、だいたい庶民の食べ物に憧れがち
お説教が終わったのでシルヴィアは早速レオルドを連れて街へ出かける。ちなみにシャルロットはお留守番である。流石に二人きりの時間を邪魔するようなことはしないらしい。
「殿下。護衛はいいんですか?」
「レオルド様がいますから平気ですわ」
確かにレオルドがいれば護衛は必要ないかもしれないが、全てから守れることは難しいだろう。だから、シルヴィアは知らないがこっそり護衛のレベッカと侍女のリンスがついて来ている。
勿論、レオルドはその事に気がついているが教えるのは野暮なので黙っている。実際、レオルド一人でもシャルロットやギルバート位の強者が来なければ対処できるので問題はない。
街へデートに来た二人はまずショッピングを楽しむ事にした。シルヴィアがレオルドの腕を引っ張り、洋服店に入る。
店内にある服を見て回るシルヴィアとレオルド。時折、シルヴィアが洋服を手に取りレオルドに意見を求める。
「レオルド様。こちらのデザインとこちらのデザインはどちらがいいでしょうか?」
赤系のデザインをしたものと黒系のデザインをしたものを提示してくるシルヴィアにレオルドは悩む。無難に答えようものなら痛い目を見るとレオルドは妹のレイラから学んでいるのだ。
女性が複数のものを提示してきたら必ずどちらかは決めねばならない。聞いているのに曖昧な答えは最もやってはいけないと教わったレオルドはしっかりと答えてみせ。
「こちらの黒系がお似合いかと思います!」
「それはどうしてですか?」
しかし、理由など全く考えていなかったレオルドは言葉に詰まってしまう。
「そ、それはやはり殿下の白い肌に煌く金髪をより一層際立たせると思ってのことです」
「そうですか……」
薄い反応にレオルドはやはり理由が弱かったかと目を瞑ってしまう。しかし、そのレオルドの予想に反してシルヴィアはレオルドが選んだデザインの服を購入する。
「では、こちらを買いましょうか」
思わず戸惑いの声を上げそうになったが、寸前で耐えた。下手に声を出していたら一体どうなっていたか。想像するだけでも恐ろしいとレオルドは震えた。
その後もシルヴィアは執拗にレオルドへ意見を求めた。その度にレオルドは神経をすり減らしながらシルヴィアが満足するように答えた。
上機嫌になるシルヴィアに少々やつれたように見えるレオルド。そのレオルドに近付く影が一つ。レオルドは敵かと身構えたが、近づいてきたのはリンスであった。
「君は確か殿下の侍女リンスか」
「はい。ハーヴェスト辺境伯。先程の対応は及第点です」
なぜか採点されていたレオルドは首を傾げる。
「ハーヴェスト辺境伯。戦はお手の物ですが女性の扱いに関してはまだまだですね」
「どうして侍女にそのようなことを言われなければならんのだ」
「どうしてもこうしても事実だからです。いいですか? 殿下が求めているのはハーヴェスト辺境伯の好みです」
「え……?」
「殿方に意見を求めるのは何を好きか嫌いかを判断したい時なのです。似合う似合わないもあるかもしれませんが殿下は遠からずハーヴェスト辺境伯の好みを知りたかったのですよ」
「そ、そうなのか……」
言われてみれば最後辺りにはレオルドの好む色をシルヴィアは選んでいた。あれは無意識ではなく自分を意識しての事だったのかと理解するレオルド。
「ですから、今後も意見を求められたら渋ることなく教えて上げてください。そうすれば殿下は喜びになりますから」
「わかった。ところで、お前らはずっと俺達のやり取りを見ていたのか?」
「……」
聞かれたくないことだったようでリンスはすうっとレオルドの前から姿を消した。レオルドは声を出して追いかけようとしたが、シルヴィアに気付かれてしまうので思いとどまった。
「ったく。まあいい。貴重なアドバイスを貰ったんだ。ありがたく思うとしよう」
護衛ついでに観察していたことをレオルドは咎めない事に決めた。それに貴重なアドバイスも貰ったので責めようにも責める事が出来なかった。
それからもショッピングは続き、レオルドとシルヴィアはデートを楽しんだ。しばらくして、昼時となり二人は昼食をとることにした。
「レオルド様。私、その……ああいうお店に入ってみたいのです」
シルヴィアが恥ずかしそうにしながら指を差した店は貴族が行くような店ではなかった。所謂、大衆食堂と呼ばれるような店であった。
「構いませんが、なぜあちらの店を?」
「……今までも何度か行きたかったのですが周りが許してくれなかったもので」
「あー、まあ確かに言われてみれば殿下には相応しくないと言われるでしょうね」
「はい……ですから、その一度でいいから行ってみたいと思いまして……ダメでしょうか?」
「いえ、行きましょうか」
「ありがとうございます、レオルド様!」
という訳で二人が入った店は多くのお客が訪れており、大変賑わっていた。友達同士から家族、カップルと多くの客で賑わっている。貴族ご用達の静かな店とは大違いである。
「これが……」
初めて見る光景にシルヴィアは感動している。今まで何度も訪れようとしたが入ることのなかった場所にシルヴィアはついに入ることが出来たのだから当然とも言える反応であった。
「殿下。席は空いてるそうなので行きましょう」
「あっ、はい!」
シルヴィアが感動に店内を見回している間にレオルドが店員と話して空いてることを確認していた。テーブルが空いているのでレオルドはシルヴィアを連れて行き、テーブル席に着いた。
「それじゃ、メニューを見て決めましょうか」
レオルドがメニューを広げてシルヴィアに見せる。シルヴィアは豊富なメニューに目を輝かせて子供のように楽しそうにしている。
「レオルド様、こちらはどんな料理なのですか?」
シルヴィアが指し示したのはハンバーガーであった。どのように説明すればいいか迷ったレオルドは丁度近くの子供が食べているのを見つけてシルヴィアに教えた。
「殿下。あちらに見える子が食べているものがハンバーガーです」
パンに挟まれたハンバーグと野菜を豪快に口を開けて食べているの見たシルヴィアは驚きを隠せない。王女であるシルヴィアからすればとても人様の前で食べれそうにないものであった。しかし、美味しそうに食べる子供から不思議と目が離せないシルヴィアは決めた。
「レオルド様。私、あれにしますわ」
「わかりました。では、私も同じのにしますね」
先程のシルヴィアの反応を見ていたレオルドはシルヴィアが葛藤していたのだろうと見抜いて、同じようにハンバーガーを頼むのであった。
(まあ、一緒に食べれば多少は恥ずかしさも軽減するだろう)
妙な所で勘が鋭いレオルドである。もっと別の場面に発揮すればいいものを。
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