第292話 焦りすぎ

 本当にタイミングよく現れたシャルロットはレオルドとシルヴィアに気がついて二人に近付いた。


「あら、二人してこんなところでなにしてるの〜?」


 なにも知らないシャルロットが気軽に話しかけるが、二人は顔を見合わせてどう切り出したものかと悩んでしまう。しかし、ずっと喋らないのも変なので仕方なくレオルドが適当に話題を振った。


「まあ、色々あってな。帰ろうとしたときに殿下とたまたま出くわして、少しお茶でもと誘ったんだ」


「ほんとに? 嘘でしょ? だって、レオルドがそんな風にシルヴィアを誘うなんて想像出来ないわ」


「ぐ……そのとおりなんだが今回はな。勇気を出したんだよ」


「へえ〜……。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」


 完全に嘘だとばれているようでレオルドは何とも言えない表情になった。その横でレオルドの拙い嘘に苦笑いを浮かべているシルヴィアはシャルロットへ目を向ける。


「シャルロット様。実はとても大切なお話があって今日はお邪魔させていただきました」


「で、殿下!?」


 折角、誤魔化そうとレオルドが嘘をついたのにシルヴィアは台無しにしてしまう。だが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。ここでシャルロットにシルヴィアはレオルドと結婚する意志があるかどうかを確認しようと言うのだ。


「そう。じゃあ、悪いんだけどレオルドはちょっとどこかに行っててもらおうかしら」


「は?」


 呆けた声を出すレオルドは瞬きする間にシャルロットの転移魔法によってどこかへ飛ばされてしまう。レオルドがいなくなり、二人きりとなってしまったシルヴィアはシャルロットへレオルドをどこに飛ばしたのかを訊いた。


「あのレオルド様はどこへ?」


「心配しないでいいわ。レオルドならいつも私達が訓練で使ってる無人島に送っただけだから」


「それは本当に大丈夫なのでしょうか?」


「平気、平気。島には食べ物も飲み物もあるし、それに何日もかかるわけでもないでしょう?」


 シャルロットがなにを言いたいのかを理解したシルヴィアは一息吐いて返答する。


「ふう。そうですわね。確かに何日も時間はかかることはありませんから」


「それじゃあ、私の部屋に行きましょうか」


 そう言ってシャルロットはシルヴィアの手を掴むと転移魔法を発動させる。瞬く間にシャルロットの部屋に移動したシルヴィアは驚いてしまうが、これがシャルロットなのだと理解する。


「防音結界も張ったし、ドアにも鍵を掛けているから誰も入って来れないわ。さあ、話してもらおうかしら。シルヴィア」


 シャルロットは部屋の中にある椅子へ優雅に腰掛けるとシルヴィアに微笑んだ。シルヴィアは数々の貴族と話し合いをしてきたが、人生で最も緊張する瞬間が幕を開けたことに息を呑む。


「では、早速本題に移らせていただきます。本日、私、シルヴィア・アルガベインはレオルド様と婚約することになりました」


「へえ〜。良かったじゃない。レオルドのこと好きだったんだから念願叶って嬉しいんじゃない? なのに、どうしてそんなに真剣な目で私を見るのかしら?」


「シャルロット様の仰るとおり、今日は人生で一番嬉しい日だと思っております。しかし、婚約したからと言って終わりではありません。むしろ、これからが始まりだといっても過言ではないでしょう」


「まあ、そうね。これから色々と大変そうよね」


「はい。私も王族として教育は受けておりますから」


「それで? なにが言いたいの?」


「……レオルド様と婚約していただけないでしょうか?」


 しばらく静寂の時が訪れる。シルヴィアの言葉にシャルロットは沈黙するが目はシルヴィアから離さない。対してシルヴィアも冷たい目を向けるシャルロットから目を背けない。そうして、少しの間見詰め合っていたシャルロットが溜息を吐いてシルヴィアに問い掛ける。


「ねえ、シルヴィア。貴方、なにを焦っているの?」


「焦ってなどいませんわ。私は——」


「今は正直になってもいいのよ。私しかいないんだから」


「なにを仰っているのか私には見当が——」


「シルヴィア。落ち着きなさい」


 言われてから自分が酷く動揺して震えていることに気がついてシルヴィアはゆっくりと息を吐く。


「落ち着いたかしら?」


「……はい」


「じゃあ、もう一度聞くけどなにをそんなに焦っているの?」


 焦っていると言われると確かにシルヴィアは焦っているように見える。なにせ、一度は諦めた恋が実ってレオルドと婚約したのにシルヴィアは既に将来のことを見据えてシャルロットを側室にしようとしている。シルヴィアは嫉妬深いため、普通ならば独占欲にかられてレオルドを独り占めにするはずだ。


 しかし、そのようなことをしないというのはシャルロットの目から見ればおかしいと感じてもおかしくはない。それこそなにかに焦っているかのように見えても不思議なことではない。


「私は焦っているのでしょうか……?」


「ええ。私から見れば物凄くね」


「そうでしょうか……。いえ、そうなんでしょうね」


「ほら、遠慮しないで、吐き出しなさい。貴方の胸の内にある思いを」


 まるで母親のように優しく導いてくれるシャルロットを見てシルヴィアはポツリポツリと胸の内に隠されていた思いを口にしていく。

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