第274話 劣等感とは他者が植え付けるもの
頭から尻尾まで真っ二つになったキマイラを見て、一同は安堵の息を吐いた。再生する素振りもないので、今度こそキマイラは死んだ。麻痺が解けたので、皇帝が逃げた部屋へ通じる通路を探すことになる。
しばらく壁際を歩いては壁を叩いておかしな所がないかを探した。そして、ようやく一箇所だけ違う音を鳴らす壁を見つけた。
そこを調べると、壁に小さな穴が出来ており、その穴へ指を突っ込むと壁がなくなり階段が現れた。どうやら、ここが二階へ続く入り口のようだ。
「急ごう。早く皇帝を捕まえて戦争を終わらせるんだ」
ジークフリートの言葉に一同は同意して頷いた。階段を駆け上がり、二階の部屋から逃げていった皇帝を追いかけるのであった。
その一方でレオルドとセツナはグレンを倒していた。傷だらけになったレオルドに肩を貸しながら二人が城の中を歩いていた。どこかにいるジークフリート達か皇帝を探して。
道中、兵士と遭遇したがセツナがいたので戦闘は起こらなかった。なにせ、裏切ってはいるが帝国守護神という最高戦力なのだから敵に回せばどうなるか一番分かっているからだ。
「お前といると楽だな」
「まあ、貴方一人だったら間違いなく襲われてたね」
「ああ。間違いない」
軽い談笑を交えながら二人は皇帝とジークフリート達を探す。そうして、しばらく二人が歩き回っていると曲がり角を曲がった先で皇帝を見つける。
「む?」
「あ」
「なっ!?」
不思議そうに首を傾けるレオルドと偶然とばかり驚くセツナに、戸惑いと驚愕に目を見開いて固まる皇帝アトムース。
「ほう? まさか、皇帝陛下がこのような場所に護衛も連れずに一人とは、よほど切羽詰まっているらしいな」
まるで悪者のように笑みを浮かべるレオルド。それを見た皇帝は震え上がり後ずさるが、どうしても聞きたい事がある皇帝はなんとか逃げ出さずにレオルドへ顔を向けた。
「何故、貴様らがここにいる?
グレンを心配しているわけではない。単純に皇帝はグレンが負けたことを信じられないのだ。帝国最強の男が、たかが侵入者と裏切り者のセツナに負けるとは到底思えないのだ。
だから、皇帝はレオルドに問い質す。グレンに勝ったのかどうかを。
「俺たちが五体満足でここにいるのが何よりの証拠だと思うが?」
「うっ……!」
信じがたいことだがレオルドの言うとおり二人が五体満足、とは言っても
それが分かってしまい皇帝も言葉が出ないでいた。冷や汗を流しながら、どうやってこの場から逃げようかと策を巡らせる。
「言っておくが逃がしはしない」
「なにっ!?」
逃がさないと言ったレオルドは土の壁を作り出して、皇帝の逃げ道を塞ぐ。四方八方を塞がれた皇帝が逃げるには目の前にいる二人を倒さなければいけない。だが、皇帝が勝てるはずがない。
「皇帝陛下。大人しく降伏を願えますか? もう貴方に打つ手はないでしょう? グレンもいない。セツナは裏切り、ゼファーは戦場に。もはや、貴方に勝ち目はない。もう一度だけ言います。降伏を宣言してもらえますか?」
目の前の皇帝が大人しく負けを認めれば万事解決である。その後は、国の代表である国王が事態を収めてくれるのでレオルドは領地に戻って怪我の治療に専念するだけだ。
そう考えるレオルドはさっさと諦めて欲しいと皇帝に願うが、そう簡単にはいかないのが現実である。
「ふ……ふざけるな!!! やっと、やっとここまで来たというのに何も出来ずに終われるか!」
「皇帝陛下。見苦しいだけですので無駄な抵抗は——」
「黙れ!!!」
勝てないと分かっていても皇帝はレオルドに向けて魔法を放った。
「無駄です。皇帝陛下。私は満身創痍であれど、貴方に負ける事はない」
「そんなこと私が一番わかっている! グレンを倒したお前に勝てないことなど誰よりも理解している! それでも私はやっと掴んだ皇帝の座を守らなければならんのだ!!!」
「どうしてそこまでしがみつくのです? もう貴方には勝ち目がないと言うのに。味方すらいない貴方になにが出来ると言うのです」
「どうしてだと……? そんなもの決まっている。ただの意地だ」
「意地?」
「ああ、そうだとも! 私はただ特別な存在になりたかった! 兄の劣化品ではなく、兄の代替品でもない特別な存在になりたかったのだよ!」
両手を広げて叫ぶ皇帝にレオルドは何も言えず、ただ黙って耳を傾けることしか出来ない。
「わかるか? 生まれてからずっと誰にも期待されず、兄の劣化品だと馬鹿にされた私の気持ちが! 一度でいい、一度でいいから誰かに認めてもらいたかった! だが、私がなにをしようとも認められることはなかった。上辺だけの褒め言葉なぞ、聞き飽きた。だから、私は皇帝になり誰もが出来なかった大陸統一という偉業を成し遂げようとしたのだ!」
「つまり、貴方は劣等感から戦争を起こしたと?」
「それのなにが悪い!!! 悪いのは全て、私を認めなかったこの国だ!」
憎しみに満ちた顔で皇帝はレオルドを睨みつける。
(ああ……そうか。皇帝は俺とは逆の存在だったのか。俺はみんなから期待されて、なまじ才能があったから自分が特別な人間だと思い込んで堕落したけど……。皇帝は違う。自分が特別な存在でもなく、ただ兄の代替品であったから特別になりたいと思った。だから、皇帝になって前人未到の大陸統一を成し遂げようとしたんだ。そうすれば誰からも認められる特別になれるから……)
皇帝の本心を聞いてレオルドは同情してしまう。始まりは違えど、レオルドと皇帝は似ている。期待され才能に満ち溢れていたレオルドは慢心して堕落し、期待されず優秀な兄の劣化品だと劣等感を植え付けられ暴走した皇帝。
唯一つ違うとすれば、それはレオルドが転生しているという事だ。それがなければレオルドも皇帝と同じであっただろう。
「皇帝陛下。貴方のお気持ちは良く分かった。しかし、見逃す事など出来ない。大人しく降伏してください」
「………………降伏する。好きにするがいい」
結局、皇帝はどうすることも出来ないと悟り、その場に崩れ落ちて降伏を宣言した。ようやく長そうで短かった帝国との戦争は終わりを告げたのだった。
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