第258話 閃きました!

 地下牢を脱出したレオルドは一心不乱に走る。チラリと一瞬だけ背後を覗くと、そこには何の感情も見えないグレンが追いかけてきている。どうやら、グレンはレオルドが塞いだ地下牢から抜け出せたようだ。

 しかし、追いかけてくるグレンは怖い。鬼気迫るといった表情も恐怖心を煽るが、無表情というのも不気味さを際立たせて恐ろしいものがある。


 お互いの速度はほとんど一緒なのだがグレンは城内だろうとお構いなく魔法を放った。火の玉が何度もレオルドに飛来し、その度にレオルドは飛んだり跳ねたりして避けている。障壁を張ればいいのだが、無駄に魔力を消費できないのでレオルドは物理的に避けるしかないのだ。


(んひいいいいっ! ちくしょう! 城の中だっていうのに容赦なしかよ!)


 レオルドは心の中で叫び声を上げた。それでも懸命に足を動かし、必死に脳を回転させて考える。


(考えろ、考えろ、考えろ。グレンはどういう命令を受けている? 今も俺を追いかけてきているってことは、恐らく侵入者の排除。それは、つまり俺達のことがバレていたということ。一体、いつから? 最初からなら地下水路の所にグレンを配置していたはず。だから、地下を抜けたタイミングだ。だとしたら、やはりアークライトが裏切っていた可能性がある。その可能性が一番高い。アークライトは助けたい人がいると言っていた。その人と俺達を天秤にかけて、俺達を売った。これが一番納得できる!)


 やはりアークライトは裏切っていたのだと結論付けたレオルドは彼に対して怒りを燃やす。


 しかし、残念ながらそれは違う。アークライトは本当にレオルド達を助けようとしていたのだ。


 時は少し遡り、レオルドがグレンと戦っていた頃、地下牢から脱出したジークフリート達は兵士達に見つかって追われていた。


「くそ! ここは俺が!」


「余計な体力を使わないで下さい! ここは敵地。いくらでも増援が来ます! だから、今は逃げる以外の選択肢はありません!」


 ジークフリートが追いかけてくる兵士達を相手にしようと立ち止まったが、モニカに咎められる。


「でも、このままじゃキリがないぞ!」


「ローゼリンデ殿下! どこかに隠れる場所はございませんか!?」


 悔しいがジークフリートの言い分も正しい。このまま逃げ続けても埒が明かない。なので、この城に詳しいローゼリンデにどこか身を潜める場所が無いかをモニカは訊いた。


「あるわ! 多分、あそこなら隠れられる!」


「では、そこへ!」


「わかったわ! 付いてきて!」


 思い当たる場所があるローゼリンデはジークフリート達を引き連れて走る。最後尾を走っているカレンは時折近付いて来る兵士を気絶させる。

 しかし、中にはカレンの一撃を受けても倒れないタフな兵士もいた。流石にカレンも全員倒す事は不可能だと判断して走る速度を上げた。


(レオルド様、大丈夫かな?)


 走りながらカレンはレオルドの心配をする。本来であればカレンが守らなければいけないレオルドを一人残してしまった事が心配で堪らなかった。

 だが、カレンが残っても大した足止めにはならなかっただろう。相手は帝国最強の炎帝。いくら鍛錬を積み強くなったカレンと言えど一分も持たない。

 それならば、帝都潜入作戦のメンバーの中で一番強いレオルドが残るのが最適だ。


(もっと強くならなきゃ……!)


 いつまでも守られてばかりではいけないとカレンはギュッと拳を握り締めた。


 ようやく兵士を撒いた一行はローゼリンデの案内の元、とある部屋に身を潜める。薄暗い部屋で不気味な所だが、目が慣れてきた一行が目にした光景は大量の本がある書庫であった。


「ここは普段あまり使われてない書庫なの。だから、ここにある本は貴重という訳ではないの。まあ、私達が子供の頃に読み書きしたものが多いわね」


 ローゼリンデの説明を聞きながら一行は書庫の中を歩く。


「ローゼリンデ殿下。今はこの部屋の事よりもこの城のどこかに囚われているセツナについて考えましょう」


「そうね。その通りね」


 モニカに言われてローゼリンデは考え始める。ローゼリンデは何か物事を考える時、歩く癖でもあるのか書庫を歩き回りながら考えていた。


(どうしてセツナは地下牢にいなかったのかしら? アークライト兄様が私達を騙した? いいえ、そんなことはないはず。きっとアトムース兄様が何かしたに違いないわ。人を出し抜くことについては兄弟の中で一番だったもの。だから、皇帝になれたんだからね。でも、そう考えるとアトムース兄様がやりそうな事を思い浮かべればいいだけ。人の嫌がることを平気で行う人だから……恐らく、セツナを秘密裏に別の場所へ移動させたんだわ! だとしたら、どこへ?)


 コツコツとローゼリンデの足音だけが書庫に響き渡る。アトムースの考えを導き出そうとローゼリンデは目を瞑り集中して考える。


「あ、そっか。きっと、そうだわ!」


 パッと目を開き、何か分かった様子のローゼリンデ。それを見た残りのメンバーはローゼリンデの次の言葉を待つ。


「セツナは恐らく皇帝の下にいるわ。きっと、今頃私たちの事を笑っているはずよ」


「よし! なら、皇帝の所へ行こうぜ! どっちみち、皇帝を取り押さえるのが俺達の役目なんだからな!」


「ええ!」


 やる気十分といった感じにジークフリートが拳を手の平にぶつけてパンと音を鳴らせる。それに呼応するようにローゼリンデが頷いた。


「待ってください。ローゼリンデ殿下、確証はあるのですか?」


 流石にただの推測で敵陣の中枢である皇帝の下に飛び込むわけにはいかないとモニカがローゼリンデに詰め寄る。


「確証はないわ。でも、皇帝が考えそうな事なの」


「それだけでは流石に危険すぎます。既に我々の侵入は知られていますので皇帝は警備をさらに増やしているでしょうから、このまま突撃すれば返り討ちにあってしまいます」


「それもそうだけど、だからといってこのままここに隠れ続けるわけにはいかないでしょう?」


「それはそうなのですが……」


 言っている事は正しいのだが、確証もないのに突撃するのはいくらなんでも無謀である。

 それにもしもセツナが皇帝の下にいなかったらどうするか。下手をしたらセツナまで敵に回っていたら何も出来ずに全滅の未来しかない。


 それだけはなんとしてでも避けたい所だが、ローゼリンデの言うとおり、いつまでもここに隠れているわけにはいかない。既に侵入している事がバレているので見つかるのも時間の問題だ。


「あの、それなら私が見てきましょうか?」


 モニカがどうやって二人を止めようかと考えていた時、カレンが手を挙げて発言した。

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