第206話 一部噂は事実なんじゃね?

 頭を下げるレオルドを見てクラリスは固く結んでいた口を開く。


「ジーク君。少しだけ席を外してもらってもいいかな?」


「わかった。俺は外にいるから話が終わったら声を掛けてくれ」


「うん。ごめんね、ありがと」


 ジークフリートは外へ出て行く前にレオルドへ一言残す。


「レオルド。多分、大丈夫だとは思うけど、変なことはするなよ」


「わかっている」


「ならいい」


 それだけ言うとジークフリートは部屋から出て行く。残されたのは、レオルドとクラリスの二人のみ。

 クラリスはレオルドと二人きりになって、僅かに恐怖を抱いたが、目の前で頭を下げている姿を見て心を落ち着かせる。


「レオルド様。どうか頭をお上げください」


「しかし――」


「今更、謝罪の必要などありませんから」


「……」


 その言葉にどれだけの思いが込められているのかレオルドにはわからなかったが、少なくともクラリスはレオルドのことを許す気はない。


「レオルド様。今、私がなんと呼ばれているかご存知ですか?」


「え……いや、知らないがなんと呼ばれているんだ?」


売女ばいた尻軽女ビッチ、間抜けな女。まあ、色々言われてますが、どれも悪意のあるものばかりです」


「っ……」


 絶句した。レオルドはあまりの衝撃的な事実に言葉が出てこない。まさか、クラリスが不名誉なあだ名を付けられている事など知らなかった。

 どう言えばいいかわからないレオルドは口を塞ぎ固まってしまう。


「やはり、ご存知なかったようですね。それも仕方ありませんか。レオルド様はゼアトに行かれてから変わったのですから」


 クラリスの言うとおりである。レオルドは決闘が終わった瞬間に真人と同化して生まれ変わったが、本格的に変わり始めたのはゼアトに行ってからだ。


 ゼアトでレオルドは運命に打ち勝つ為に必死に努力していたが、王都でなにが起こっているかなど眼中になかった。

 だから、クラリスがレオルドの所為で苦しめられている事など知る由もなかった。


「レオルド様がゼアトで華々しい活躍をするたびに私は多くの罵声を浴びる事になりました。根も葉もない噂まで流れる事もありましたよ。私との婚約が嫌だから、ワザと道化を演じていたと」


 そのような事は断じてないが、噂とは尾ひれがついてしまうもの。否定しようとすれば、人は余計に面白がるだろう。


「極めつけは転移魔法の復活ですね。それからは私だけでなく家族、親戚にまで被害が及びました。神童を見抜けなかった哀れな一族と馬鹿にされています」


 淡々と事実を告げるクラリスの言葉は、まるでナイフのようにレオルドの心を抉る。

 しかし、レオルドよりもクラリスのほうがよっぽど傷ついている。今、こうして言葉にするだけでも思い出して心が苦しいと叫んでいる。

 それでも、伝えなければならないからクラリスは話すのを止めない。


「どれだけ私が、どれだけ家族が傷ついたかわかりますか? わからないでしょう? だって、レオルド様は私の顔と身体にしか興味がなかったのですから」


 溢れる気持ちは怒りだ。クラリスは純粋にレオルドが憎くて堪らない。


「どうして今更変わったのですか! どうして、私がこのような思いをしなればいけないのでしょうか!  被害者は私なのに!  どうして、レオルド様だけが皆から賞賛され、私が罵声を浴びなければいけないの! どうして、こんなにも苦しまなければならないの! どうして、こんなにも傷つかなければならないの!」


 溜まりに溜まった憎しみと怒りをぶつけるクラリスは全てを曝け出す。醜いその姿は誰にも見せたくないから、ジークフリートを追い出した。


 胸のうちに秘められていたどす黒い感情は爆発する。


「答えて下さい、レオルド様。私のなにがいけなかったのでしょうか? 私のなにが不満だったのでしょうか? どうして、私と婚約破棄した途端に変わったのですか?」


 答える事が出来ないレオルドはただ黙るしかなかった。


「答えてくれないのですね。やはり、レオルド様は私がお嫌いなのでしょうね」


「ち、ちがう。そんなことはない!」


「でしたら、なぜ答えてくれないのですか!」


「それは……」


「やっぱり答えてくれないのですね……」


 真実を話すわけにはいかないレオルドは突拍子もないことを言い出す。


「俺は決闘に負けたその日にある夢をみた。それは殺される夢だった。クラリスも知っての通り俺はどうしようもない人間だったから、恨みを買って殺されるのはそう遠くない未来で起きただろう。だから、俺はその夢を見て決めたんだ。これからは立派な人間になろうと」


「そんな話を信じろというのですか?」


「信じられないかもしれないが、そうとしか言えない」


 クラリスの目を真っ直ぐ見てレオルドは答える。どう聞いても嘘くさい話にクラリスは信じることが出来ない。

 だが、変わったのは事実であり、否定することも出来ない。


 だから、クラリスは真実は分からないがレオルドのことを信じようと決めた。


「もっと早くその事に気がついてくれていたら、別の未来もあったかもしれませんね」


「……すまない」


「謝らないで下さい。今更、レオルド様が謝った所で何も戻りませんから。

 ただ、どうかお願いです。これから先、決して道を違えることなく歩み続けてください。

 私は一生許すつもりはありませんが、それでも受け入れようと思います。

 もう二度と、私のような犠牲者を出さないと誓ってください」


 許しはしない。だけど、今のレオルドを受け入れるとクラリスは言った。

 レオルドに襲われて醜聞を浴び、レオルドが活躍するたびに傷ついたクラリスが受け入れるのは相当の思いがあった。


(ああ……こんないいひとを俺は傷つけて苦しませたのか……)


 どれほど耐え難い屈辱であっただろうか。クラリスが受けた悲しみ、苦しみ、怒りは計り知れないものであったに違いない。

 それを受け入れたクラリスは、メインヒロインを張れるだけの器の持ち主であった。


 過去の自分と今の自分は違うかもしれないが、犯した罪は消えることはない。

 レオルドはそのことを胸に刻み、クラリスに二度と道を踏み外さないことを誓うのであった。

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