第170話 どけ、俺が相手だ!

 目を開いたレオルドはジェックスに問いかける。


「……条件がある。それに従うなら今回の件は見逃そう」


 神妙な面持ちでレオルドはジェックスにとある条件を突きつける。


「ジェックス。俺の配下になれ。そうすれば今回の件は見逃そう」


 その条件にジェックスだけでなく、カレンにバルバロトと子供達が大きく目を開いて驚いていた。そして、レオルドから条件を突きつけられたジェックスは困惑しながらも、レオルドに本気なのかと確かめる。


「冗談……で言ってるわけじゃなさそうだな」


「ああ。俺は本気だ。それで、返事を聞こうか?」


「一つ聞きてえ。もし、断ったら?」


「問答無用でお前の身柄を拘束する。だが、子供たちは見逃そう」


 今回、レオルドは子供達に対して盗んだ作物さえ返せば許すと言っているので、子供達が盗んだ作物を返せば許す気でいた。

 しかし、ジェックスの場合は違う。ジェックスは餓狼の牙という盗賊団であり団長とも言える存在だ。多くの貴族から恨みを買い、国から賞金を懸けられた犯罪者だ。


 つまり、見逃すと言った選択肢はない。


「さあ、どうする?」


「けっ……結局てめえも他の貴族と同じかよ」


 悪態をつくジェックスは腰に差していた剣を鞘から抜いた。ジェックスが剣を抜いた瞬間に、バルバロトがレオルドの前に飛び出す。


「レオルド様、お下がりを!」


「どけ、バルバロト。こいつの相手は俺がする」


 前にいるバルバロトをどかしてレオルドはジェックスの前に立つ。


(ちっ……まだ、あっちの騎士となら勝ち目があったのに……! 後ろの女とこの貴族はやべえ。俺の本能が叫んでやがる。戦っちゃいけない相手だってな。だが、俺はまだやらなきゃならねえことがあるんだ。ここで大人しく捕まってられるかよ!)


 意気込んだジェックスは腰を深く落として強く柄を握りしめる。レオルドはジェックスが臨戦態勢に入ったことを確認する。もう言葉での説得は不可能だ。レオルドは自身も腰に差していた剣を抜き放つ。


「ジェックス。俺に剣を向けることがどういう意味かわかってるんだろうな?」


「わかってるに決まってるだろうが!!!」


 怒号と共にジェックスが一歩踏み込んでレオルドへと迫る。力強く剣を振り下ろしてレオルドを斬ろうとするが、受け止められてしまう。

 それでも、負けじと押し返そうとするジェックスは踏み込んだ。


(クソが! やっぱりこいつはそこら辺にいる貴族とは違う!)


 鍔迫り合いになっているジェックスは内心で焦っていた。必死に押し返しているはずなのに、レオルドが微動だにしない。まるで、大人と子供が戦っているかのようだ。


「ジェックス。お前は強いんだろう。だが、はっきり言おう。お前は俺には勝てん」


 言われなくてもジェックスにはわかっていた。自分がレオルドに勝てないことくらい。だとしても引くわけにはいかないとジェックスは剣に力を込める。


 しかし、無情にもレオルドの方が強い。


 ジェックスが歯を食いしばりながら、剣を握っているのに対してレオルドは顔色一つ変えることなくジェックスを押し返す。


「負けられるかよおおおおおおお!!!」


(ああ、分かってる。お前がここで魔剣の力に頼ることも、諦めないことも。でも、それでも俺には届かない!)


 一年以上にも及ぶ、ギルバートとバルバロトとの鍛錬がレオルドをジェックスの手が届かない領域にまで昇華させていた。実戦経験こそ少ないが、それを補うほどの才能がある。だから、レオルドが負ける要素はない。


「風よ! 吹き荒れろっ!!!」


 ジェックスの咆哮に答える魔剣の刀身が淡い緑色の光を放つ。そして、次の瞬間荒れ狂う暴風がレオルドを襲う。


「なるほど。こういう風になっているのか」


「な、なんで吹き飛ばねえ!?」


 本来ならば、暴風によりレオルドは吹き飛ぶはずであった。


 しかし、レオルドは運命48ゲームで知っている。ジェックスが持つ魔剣の能力を。そして、対処方法を。ならば、レオルドが無傷なのは当然のことであった。


「いったい、どうやって……?」


「障壁を張っただけに過ぎない。ただ、少し形を変えたがな」


 レオルドは暴風が放たれる前に障壁を自身の前に張り巡らせた。ただ、形を丸くして風を受け流すようにだ。運命48ゲームでも同じ方法で主人公ジークフリートがジェックスの魔剣による風を防いでいた。


(簡単にやってるけど、あの土壇場でできる人間がどれだけいるかわかってるのかしら?)


 二人の戦いを見守っていたシャルロットはレオルドが咄嗟に張り巡らせた障壁を称賛していた。レオルドが簡単にやってみせたが、本当はとてつもなく難しい。


 そもそも、障壁を丸くするという発想は普通なら出てこない。障壁とは壁であるため、四角という認識だからだ。

 もし、普通の障壁を張っていたなら吹き飛ばされていただろう。


「馬鹿な……そんなことで風を防いだっていうのかよ……!」


 動揺を隠せないジェックスは震える声を出しながら、レオルドを睨みつける。しかし、それがいけなかった。動揺して固まっているジェックスは格好の的である。レオルドは目にも止まらぬ速さでジェックスに近づき剣を弾き飛ばした。


「はあっ!? な、なにが……?」


「さて、どうする? ジェックス、続けるか?」


 もう何がなんだかわからないジェックスはただレオルドを見ることしか出来なかった。

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