第130話 おろろ~ん、おろろ~ん
目が覚めたレオルドは目だけを動かして周囲を確認する。どうやら、自分は意識を失って屋敷へと運び込まれたのだと理解する。
見慣れた天井を見上げて、ボーッとしていたが部屋へと誰かが入ってくる。視線だけを動かして確認すると、シャルロットであった。
「あら、起きてたの?」
「ああ。ついさっきな。俺はどれくらい寝てた?」
「一日って所ね。あれだけナイフが刺さって血を流してたのに、よく生きてたわね〜」
「ふっ、鍛え方が違うからな」
「まあ、それもあるでしょうね」
「どういう意味だ?」
「私が回復魔法を使ってあげたのよ。感謝してもいいんだからね〜」
「そうか……助かった。ところでおまえはどこまで知っている?」
「教えて欲しいの〜?」
「……いや、いい。自分で考えるべきだろう。俺は少し甘く考え過ぎていた。ゲームじゃ分からなかったが、現実ではどれだけの影響が起こっていたのかを。今回の事件は恐らく帝国か聖教国、もしくは自国の俺に恨みを持つ貴族あたりの仕業だろう」
「そう……分かってるのならいいわ。貴方がこれからどうするか私は見てるだけだから」
「手伝っては……くれないのだろうな。お前はそういう奴だから」
「ええ。ゲームで私の事を知ってるんでしょ? 私は国家に関わるのはゴメンよ。だから、レオルド。もしも、嫌になったら言って。私と二人で遠くへ逃げましょ」
その誘いにレオルドは目を見開く。とても甘美な響きだとレオルドは思う。
「悪いな。それは出来ない。もう決めたんだ。必ず運命に打ち勝つと」
「ふふっ、なら頑張らなくちゃね」
「ああ。いつかはお前も超えてみせるさ」
笑い合う二人は確かに繋がっていた。友情とでも呼ぶべきものが二人の間に生まれたのである。
「レグルスとレイラはどうしている?」
「今は自室にいると思うわ〜。用があるなら呼んでくるけど?」
「そうだな。二人とは一度話しておくべきだろう。罵詈雑言の嵐かもしれないが、俺は二人の事をもっと気に掛けるべきだった。本当に今更だがな……」
自嘲するレオルドにシャルロットは何も言わない。ただ、黙って話を聞いているだけであった。恐らく今のレオルドを救えるのは、きっと双子の弟と妹だけだろう。
席を立つシャルロットにレオルドは声を掛ける。
「どこへ行くんだ?」
「そろそろお邪魔だと思うから〜」
首を傾げるレオルドであったが、部屋の扉がノックされて開かれた事でシャルロットの行動を理解した。どうやら、二人が来たようだ。
起きたと言うことは知らないはず。ならば、二人は定期的に来てくれていたのだろう。レオルドはそれが分かると少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
シャルロットと入れ違うように二人が入ってくる。二人は、レオルドが起きている事に気が付いたが、まだどのような顔をして挨拶をすればいいか分からないでいた。
同じようにレオルドも分からないでいる。長いあいだ、嫌われていた二人にどのように声を掛ければいいのかと困っている。
しばらく沈黙が続いていたが、意を決したかのようにレグルスが口を開いた。
「兄さん。この度は僕達を救って頂きありがとうございました」
「気にするな。元はと言えば俺のせいなんだ。俺の方こそすまなかった。今回だけじゃない。ずっとお前達を苦しませていたことに俺は気が付いていなかった。本当にすまなかった」
「……その事なんですけど、一度話をしようと思っていたんです。ただ、恨んでばかりでずっと悪態をついてばかりでしたけど……僕達は面と向かって話す事が必要だと思うんです」
「レグルス……ああ、そうだな。聞かせてくれ、お前達の話を」
語り、言葉を紡ぐ。レグルスとレイラは過去の日々を。決して色鮮やかではなかった悲壮な昔話。それは、愛する兄が落ちぶれて双子の弟と妹が兄を恨むまでの物語である。
かつてのレオルドは良い子と呼べるようなものではなかった。勿論、悪い子とも言えない。至って普通な子供であった。
だから、二人は忙しい両親に代わって遊んでくれる兄が大好きであった。
変わってしまったのは武術大会少年の部で最年少優勝者になってしまった日から。そこから、レオルドは変わり始めた。
双子の弟と妹は強い兄に憧れを抱き、いつか兄のように強くなるのだと誓った。
しかし、レオルドが自分は強いのだと、特別な存在なのだと勘違いをし始める。それは、子供ならば誰でも考える事だろう。だが、大半は現実を直視して改めるはずであるが、レオルドは本当に強く現実を知る事がなかった。
ギルバートやベルーガが増長させないように押さえ付けた事もあるが、レオルドは相手が大人だからと言い訳をしていた。いつか、自分が大人になれば負ける事はないと信じていたのだ。
そんなレオルドを見ても二人はかっこいいと思ってしまったのだ。
だから、増長は止まらなかった。
それからのレオルドは酷いものであった。慕っていた双子の弟と妹を蔑ろにして、叱る父親を無視して、困っている母を見ないようになった。
鍛錬を怠るようになりブクブクと太り始めて、行動は悪くなるばかりであった。その時期から、双子の弟と妹は周囲から馬鹿にされるようになった。
言い返しても惨めになるばかりで、いつかは元に戻ってくれると信じていた兄は、いつしか金色の豚と呼ばれるようになり手遅れとなってしまった。
愛する母は兄の事でいつも涙を流していた、それでも兄を愛して信じる姿が痛々しくて許せなかった。そんな母を泣かす兄が。
兄のせいで馬鹿にされるのが嫌だったが、兄のせいで家族が悲しむのはもっと嫌だったのだ。
もはや、自分達の知っている兄はいない。あれは憎き豚だと二人は思い始める。
そうして、今に至るまで二人はレオルドを恨み続けていたのだ。
しかし、一年前からレオルドは変わり、昔よりも立派な人間に成長した。それが嬉しかった。でも、素直に喜べなかった。どうして、もっと早く変われなかったのだと。
そうであったなら、自分達は、家族は苦しむ事がなかったはずだと。怒りが沸いた。だから、祝福など出来るはずがなかった。
今の今まで裏切り続けていたくせに、今更変わったなんて信じられるものかと。二人の心が拒み続けていたのだ。
だけど、それでも兄が目まぐるしい成果を上げて、賞賛されるのは決して悪くは無い気分ではあった。許したいという気持ちもあった。でも、許せないという気持ちも強かった。
もう恨み続けるのは疲れた。でも、素直に喜ぶには時間が掛かりすぎてしまった。だから、どのようにするのが正しいのか分からなくなっていたのだ。
そうこうしてる内に溝は深まるばかりであった。だけど、そろそろ埋める時だろう。時間は掛かりすぎてしまったが、また昔のようになれる。
心情の全てを吐き出したレグルスとレイラは静かに泣いていた。
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