第119話 だからアタクシ言ったじゃな~い

 ゼアトに春が到来したならば、王都にも春は到来している。それは、当然のことであり、ごく自然のこと。


 そして、物語が進行している証でもあった。


 運命48ゲームの主人公であるジークフリートを取り巻く環境は変わりつつあった。ハーレムに拍車が掛かり、十人以上のヒロインから好意を寄せられている。


 ただ、少しばかりゲームとは異なる展開も見せつつあった。


 学園では本来ないはずの話題で盛り上がっている。それは、ゲームの舞台から姿を消したかませ犬のレオルド・ハーヴェストについてであった。


 これがゲームであったならば、既に忘れ去られた存在とされており、話題に上がる事はまずない。上がったとしても、それは死亡した時のみだ。


 つまり、この世界はゲームとは異なる展開へと向かいつつある。


「気に食わないわね」


「何がだ?」


「あのぶ……レオルドのことよ!」


「ああ。でも、凄いとしか言えないけどな。だって、大昔にあったって言われる伝説の転移魔法を現代に復活させたんだからさ」


「だからって、ジーク! 貴方は悔しくないの!?」


 エリナが怒っているのは、レオルドの事もなのだが手の平を返している周囲の人間にもだ。一年前はレオルドに勝利したジークを褒め称えていたくせに、今では無能呼ばわりである。


 ジークは決闘で勝った際にレオルドへ突き付けた条件は、元婚約者クラリスに関わらないこと。それから、ジーク達の前から消える事。


 これら二つは守られて、レオルドは学園を去り、クラリスとの婚約を破棄。以降は関わる事が無いようにゼアトへと閉じ込められた。


 しかし、レオルドはモンスターパニックを終息させた立役者の一人として王都へと舞い戻り、褒美を得ることになった。

 そして、極めつけは失われた伝説の転移魔法を復活させるという歴史的偉業である。これにより、レオルドは一躍時の人となり、王都を騒がせた。


 だが、同時にジーク、クラリスへの評価が下がる事態が発生した。

 男爵家と伯爵家の両名は今や非難の的である。無知で無能と称されているのだ。


 レオルドの真価を見抜けなかった愚か者扱いだ。


「まあ、別にレオルドと会わないって約束してるからパーティに行けなくなったくらいだし、そこまで気にする事でもないかな」


「貴方はそうでしょうね。でも、クラリスはどうするの? あの子は貴方ほど強くないのよ。今も傷付いているわ」


「でも、しばらくすれば――」


「私達が側にいる時は何も言われないけど、あの子は罵声を浴びているのよ」


「なっ……!? ふざけるな! 誰がクラリスを傷付けてるんだ!」


「他の女子達よ。間抜けだとか馬鹿とか愚か者ってね……」


「くそっ! 許さねえ!」


「落ち着きなさいよ。クラリスに悪口を言った子達は私が既に制裁したから大丈夫よ」


「そうなのか? でも、なんでクラリスが悪く言われなきゃいけないんだ!」


「全部レオルドのせいよ。だって、そうでしょ? あいつが、最初から何もしなければ誰も傷付くことは無かったのに、あいつはクラリスが大人しいからって無理矢理!」


「どうして、アイツは! くそっ……なんで、今更……」


 どこに怒りをぶつければいいか分からないジークは頭を抱える。レオルドがどうしようもない悪であったならば恨めただろう。

 だが、今では不可能だ。レオルドは変わってしまった。しかも、良い方向にだ。ジーク達にとっては悪い方向であるが。


「そうよ。今更なのよ。アイツが今更変わるはずないわ。きっと、本性を隠してるはずよ」


「……俺はそうは思えない」


「えっ!? どうして!? ジーク、アイツが今まで何をしてきたかは知ってるでしょ! 権力を笠にして暴虐な振る舞いをしたり、クラリスを傷付けて! そんな男が今更変われるはずないわ!」


「そうかもしれない……でも、俺の所にレオルドの所から新しくやって来たシェリアって子がいるんだ。その子からレオルドの事を色々と聞いたんだよ。そしたら、昔は本当に手の施しようがない屑だったってのは確かだって言ってた。でも、今は違うって。今は本当に変わっているって……」


「騙されてるのよ! きっと、その子はレオルドが送ってきたスパイに違いないわ!」


「……エリナ。シェリアは違う。父さん達がずっとシェリアを監視してたらしいんだけど、既にスパイの疑いは晴れている。あの子は……その……なんて言うか…………俺の事が好きだって」


「はあ? ジーク。騙されないで。女って言うのは嘘が得意なの。その子はボロを出さないようにしてるだけよ」


「なあ、エリナ。どうしてそんなにレオルドの事を敵視するんだ? アイツは確かに色んな悪さばかりしてたけど、エリナには被害が出てないはずだろ? なのに、どうしてそこまでアイツを嫌ってるんだ?」


「それは……アイツは公爵家に相応しくなくて……私が憧れているオリビア様をいつも泣かして悲しませてるから……」


「でも、それって家族の問題だろ?

 なんで、エリナがそこまで怒るんだ?」


「だから、アイツが……」


「なあ、エリナ。落ち着いて考えて欲しい。エリナは今視野が狭くなってるんだ。だから、エリナ。もう少しだけ俺と一緒に考えてみようぜ」


「……う……あ……私……わたしはどうしたらいいの」


「それを一緒に考えていこう」


 視野が狭まり、レオルドがとにかく悪いと思っていたエリナは訳が分からなくなる。最早、自分が何をするべきなのかを見失っている。


 ジークは優しくエリナを諭す。ここが分岐点であろう。ジークは見事エリナを変えることが出来るのか、どうか。


 それは、まだ分からない。だが、ここが主人公としての力を発揮する場面である事は確かであった。

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