第117話 ちょれ~~~!

 視察は終わりを告げようとしていた。そもそも、視察と言ってもゼアトは大きな町ではない。一日もあれば見て回る事ができるのだ。

 残ったのは砦くらいしかないので、レオルドはシルヴィアに帰ろうと提案する。


「殿下。これ以上は見るものもありませんので屋敷へ戻りましょう」


 幸せな時間というのはどうしてこうも早く過ぎてしまうのだろうかとシルヴィアは落ち込んでいる。もう少しだけ、もう少しだけで良いからレオルドと二人でいたいと思うシルヴィアは我儘を言うことにした。


「もう少しだけ町を見て回りませんか?」


「もう見る場所がありませんよ?」


「でしたら、砦はどうでしょうか? 私、実は一度もゼアト砦の中は見た事ありませんの」


「そういう事でしたら、分かりました」


 少しだけシルヴィアは罪悪感に包まれる。もしかしたら、レオルドは迷惑に思っているのではないのかと。自分が王族だから、渋々従ってくれているのだと。そう考えると、やっぱり悲しくなる。


「あの……やはり、お戻りになりませんか。これ以上は他の方にもご迷惑かもしれませんので」


(突然どうしたんだ? なんかさっきより顔が暗いな。もしかして、砦に登りたいのか? うーん、わからん。でも、さっきまで行きたそうにしてたから連れて行くか。断られたら帰ればいいし)


 内心でいろいろと考えたレオルドは砦の中も案内しておこうとシルヴィアを連れて行く事にした。


「まだ、時間もありますのでもう少しだけご案内しますよ。さあ、行きましょう」


「えっ……でも、ご迷惑ではありませんか?」


「迷惑なわけないですよ。こうして殿下と二人で一緒に町を見て回るのは楽しかったですから。どうせなら、最後まで行きましょう」


 本音であった。嘘偽りのないレオルドの心からの言葉である。シルヴィアと視察している時に色々と質問攻めにされたが悪くない時間でもあった。

 質問に答える度にシルヴィアは驚き、時には笑い、楽しそうにしていた。レオルドも新鮮な時間であったのは間違いない。

 良くも悪くもレオルドは家臣達から信頼を得ており、何かをしても質問される事は少なかった。質問されて、答えたとしても大した反応もない事も多くなっていた。


 だからこそ、シルヴィアの反応は見ていて楽しかったのだ。ただ、今だけかもしれないがこの聡明で美しい少女との一時ひとときは決して悪くないものであった。


「レオルド様がよろしければ……是非!」


「ふふっ。では、行きましょうか。砦の上から見る景色は見物ですから」


「それは楽しみですわ!」


 まさか、レオルドから誘われるとは思ってもいなかった。しかも、こんな絶好の機会二度と来ないかもしれない。シルヴィアは断る事など頭にはなかった。


 二人は砦の中へと入る。中にいる騎士達は敬礼して、二人を歓迎する。二人は、騎士達の邪魔にならないように移動して砦の上へと階段を登っていく。


 砦の頂上までかなり階段があり、一日歩き回っていたシルヴィアにはキツかった。シルヴィアの体力が底を尽いているのに見かねて休憩を挟もうとしたレオルドだが、シルヴィアは頑なに拒否をする。


「殿下。あまり無理をなさらずにここは一度休憩をしてからでも」


「いいえ。そういう訳にはいきませんわ。ここで休むと騎士に迷惑を掛けてしまうかもしれません」


(どうしたもんか。俺が担いで登った方が早いけど、流石にそれはな……)


 しかし、これでは埒が明かない。どう見てもシルヴィアは砦の頂上まで登れる気配はない。無理に手を引っ張った所で、シルヴィアを無闇に傷付けてしまうかもしれない。

 ならば、いっその事担いだ方が良いのではと思案するが許されるか分からない。だが、いつまでもここで立ち止まる訳にもいかないので、レオルドは意を決してシルヴィアに尋ねた。


「殿下、御無礼を承知でお聞きします。お身体に触れる事を許して頂けるのなら、私が殿下をお運びします」


 シルヴィアからレオルドに触れるのは問題ないとは言えないが、レオルドからシルヴィアに触れるのは問題がある。なので、レオルドは尋ねることにしたのだ。


「えっえっ……?」


「殿下?」


「えっ、あっ、えっと、それはそのどのようにして私をお運びいただけるのですか?」


 肩に担ぐ、脇に抱える、この二つは流石に無い。ただでさえ、未婚の王族である女性シルヴィアを運ぶのだ。それ相応の運び方はあるだろう。


「所謂、お姫様抱っこと言うものですが……」


(お、お姫様抱っこ!!! なんと言う甘美な響きでしょう! 是非とも、是非ともお願いしたいですわ!)


 物語にも良くあるお姫様抱っこだ。勇者が囚われた姫君を助ける際に、姫君の身体を抱えるのだが大抵はお姫様抱っこである。

 女性にとっては一種の夢であるお姫様抱っこ。しかも、それが想い人であるレオルドの手によって叶えてもらえるのだ。シルヴィアの脳内はピンク色に染まる。


「きょ、きょ許可します」


 緊張に震えて上手く言葉が出なかったシルヴィアは恥ずかしさに顔が真っ赤に染まる。しかし、これからもっと凄いことになるのだ。この程度で顔を真っ赤にしているようでは心臓が持たないだろう。


「では、失礼しますね」


 キョドっているシルヴィアに少し首を傾げたレオルドだが、すぐに近付きシルヴィアを素早く抱き抱えてお姫様抱っこの体勢になる。


(はわっ! はわわわ! どうしましょう、お母様……私、大人の階段を登ってしまいます……)


 砦の階段は登っている。しかし、心臓がバクバクと音を立てており、シルヴィアは自分がドキドキしていることがバレていないかとレオルドに目を向ける。

 すると、涼しい顔でシルヴィアを抱えて階段を登るレオルドを見て高鳴りは止まらなくなる。


(か、カッコイイ……レオルド様好き……)


 語彙力の崩壊である。シルヴィアは無口になり、レオルドの顔を見詰めるばかりであった。

 しかし、その視線に気が付いたレオルドが首を傾けてシルヴィアに問い掛ける。


「どうかされましたか? もしや、痛い所でも?」


「いえ、いえいえ! なんでもありませんわ。ただ、少しここまで男性と密着したのが初めてでしたので……少々緊張してしまい……」


「ああ、それは申し訳ありません。速く登りたいのですが、そうすれば殿下に負担がかかってしまいますので」


(好き……私の事を心配して下さるレオルド様……好きです)


 この時間が永遠に続けばいいのにとシルヴィアは心の底から願った。大好きな人の胸の中にいることがどれほど幸せなことなのかと思い知るシルヴィアは気付かれないようにレオルドの胸へと顔を寄せた。

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