第94話 しゅ、主人公だ! 逃げなきゃ!

 さて、何の因果かレオルドは運命48の主人公であるジークフリートがいる店へとやって来ていた。現在は母親と共に服を選ぶのに夢中であるが、いつ二人が再会してもおかしくはない。


 二人が狭い店内でまだ出会っていないのは、ある意味奇跡と言ってもいい。普通なら、先程のシェリアとレオルドのように出会っているはずだ。

 だが、上手い具合に二人はお互いを避けている。勿論、意図してやっている訳では無い。全くの偶然である。まさに奇跡と言えよう。


 しかし、ここでオリビアがレオルドに試着するように促す。レオルドは素直に従い、試着室へと入っていく。オリビアが持ってきた服を試着するレオルドは試着室のカーテンを開けた瞬間に、ジークの姿を視界に捉えた。


 ヒロインに囲まれているジークがレオルドの視界の先にいる。


「ッッッ!?」


 叫ばなかったのは我ながら上出来であると己を称えたレオルドはカーテンを勢い良く閉じた。そんなレオルドが気になったオリビアがレオルドへと声を掛ける。


「どうしたの、レオルド? 何かあったの?」


「い、いえ。そういう訳ではありません。母上、私はこの服を気に入りました。今すぐ会計をして帰りましょう」


「ええ? もう少し、楽しみましょうよ」


 レオルドは母親の願いを叶えてあげたいが、事は急を要する。今すぐにこの場から離れなければ、因縁の原作主人公ジークフリートどころかヒロイン達にまで鉢合わせしてしまう。


 出来れば、それは避けたい。確かに今回レオルドは歴史的偉業を成したが、決闘の件は無くなった訳ではない。

 ジーク達の前から消えること、元婚約者クラリスに二度と関わらないこと。これら二つは守らなければならない。

 勿論、レオルドが意図して破ったわけではない。今回は国王がレオルドを呼び寄せて王都に帰って来たのだから、偶然にも会ってしまう可能性は十分にある。


 だが、それは望ましくない。きっと会ってしまえば、お互いに何を言うかは分からない。ましてや、ジーク側には全ての切っ掛けとなったクラリスがいる。

 もしも、顔を合わせてしまえばどのような結末が待っているかなど容易に想像出来てしまう。


 恐らく、クラリスは過去の事を思い出してしまい、震えて怯えるだろう。それを見たジークが激昂してレオルドを責める事は間違いない。


 レオルド一人だったならば、罵詈雑言など甘んじて受け入れていただろうが、今はすぐ傍にオリビアがいる。レオルドはオリビアにまで迷惑を掛けてはいけないと、どうにかこの場から離れようと知恵を絞る。


「母上、私は靴を、靴を見に行きたいです! この服に合った靴を見に行きましょう!」


 咄嗟に思い付いたがナイスアイデアだと自分を褒める。


「そう言うのであれば、そうしましょうか。では、靴屋に向かいましょう」


「はい!」


 上手くオリビアを誘導する事に成功したレオルドは内心大喜びである。


(やった! 上手く行った! これで、ジーク達に会わなくて済む。後は店から出る時に気を付ければいいだけだ)


 レオルドは念には念をとギルバートに指示を出して、オリビアをジーク達から遠ざけるように会計へと向かわせた。唯一の懸念はギルバートが孫馬鹿にならない事だ。

 もしも、孫馬鹿を発揮したら全てが水の泡と化す。そうなったら、レオルドは今度こそギルバートを首にして新しい執事を雇う事を決めた。


 そして、見事レオルドはジーク達から気付かれずに逃げるというミッションを果たした。一安心したレオルドは満足気に微笑む母親を見て汗を拭った。

 嫌な汗をかいてしまったが、母親に気付かれなくて良かったと人心地ついた。


 馬車に乗り込み、靴屋へと移動する。靴屋へと辿り着き、オリビアがレオルドを先導して中へと入って行く。


 先程の時もそうだったが、靴選びも難航した。オリビアがレオルドにどれが似合うかと楽しそうに頭を悩ませている。


 自分から言い出した事だがレオルドは正直靴はどうでも良かった。履き心地が良ければ、どんなデザインでもいいと思っている。


 しかし、そんなレオルドの考えは見透かされていたのかオリビアは奇抜なデザインの靴をワザとレオルドに持ってきた。


「どうかしら、これなんて」


「は、母上。流石にこのデザインは……」


 履き心地さえ良ければどれでもいいと思ったが、流石に人目を浴びそうな無駄に派手な装飾が施されている靴は嫌だったレオルドはオリビアが持ってきた靴を見て躊躇う。


「あら〜、どうして? 履き心地さえ良ければどんなデザインだろうと構わないという顔をしていたのに」


「……はて?」


「誤魔化してもダメよ! もう! どうしてそういう所は父親ベルーガに似ちゃったのかしら! まあ、でも、そこも可愛いらしいところだけど。だからって疎かにしてはいけませんよ!」


「は、はい……」


 心を読まれて冷や汗をかくレオルドに力強くダメ出しするオリビア。レオルドは内心で自分は本当に父親そっくりなんだと笑っていた。


(おお、父上。どうやら、貴方と俺は美的センスは似たようです。そして、母上には逆らえそうにありません。はははっ)


 しかし、どこか嬉しそうなレオルドであった。今度、この事をベルーガと語ってみようかと思うのであった。

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