第59話 中途半端は生殺しだろう!?

 諦める事をしないレオルドは、最後の力を振り絞る。

 武器は弾き飛ばされ、残ったものは己の身体のみである。しかし悲嘆にくれる事はない。醜く太った身体ではあるが、日々ギルバートと組み手を行っている身体だ。


 大地を踏みしめ、レオルドは迫り来るベイナードへ体当たりをぶちかます。レオルドの突拍子もない行動にベイナードは一瞬判断が遅れてしまい、巨体に吹き飛ばされる。

 対するレオルドも、ベイナードへ無茶な体当たりをしたおかげで、ベイナードの木剣が直撃していた。


(ぐうっ! 真剣だったら死んでたけど、これはあくまでも模擬戦! 多少の痛みは耐えればいい!)


 グッと歯を食いしばり痛みを我慢するレオルドは、吹き飛ばしたベイナードへ視線を向ける。

 吹き飛ばされたベイナードに大したダメージはなかったが、レオルドに吹き飛ばされたという事実に固まっている。


「……これはどう見る、審判?」


「……難しいところですね。先程の体当たりは一撃と判断してもよさそうなものですが……」


 最初取り決めたルールに則るならば、レオルドがベイナードに一撃を入れると勝利となる。ただ、体当たりを一撃と認めるか否か。

 ベイナードはその事に戸惑い、固まっていた。審判であるギルバートにベイナードは問いかけたが、ギルバートも難しい顔をしている。


「無効に決まっている。せめて一太刀入れるか、魔法の一発でも当てられなければ全て無効だ」


「ほう……?」


 レオルドの物言いに興味を惹かれ、ベイナードは片方の眉が上がる。


「いいのか? 体当たりも一撃と認めれば勝利だというのに」


「確かにその通りなのだが……俺が納得出来ない」


 先程の体当たりはラッキーパンチに過ぎない。しかも、向こうの攻撃も受ける事を想定してのことだ。模擬戦だから出来た行為で、本当の戦いならば死んでいてもおかしくはない。

 だから、レオルドは納得が出来なかった。


「ぶっ! はっははははははは! そうか、そうか! 納得出来ないか! はははははははは! いい心掛けだ、レオルド。お前の全てを俺にぶつけて見ろ!」


 ひとしきり笑い終わったベイナードの雰囲気がガラリと変わる。レオルドはあまりの変わりようにゴクリと喉を鳴らした。


「来るがいい。レオルド・ハーヴェスト」


 ブワリと鳥肌が立つレオルド。今のベイナードからは、先程まで感じられていたお遊びのような空気から、本気で相手をするという空気が感じられるようになり、レオルドは自然と震えが止まらなくなる。


 これが武者震いなのかと、レオルドは震える己の手を見詰めてグッと握り拳を作る。相手は剣でこちらは素手。

 恐らく、徒手空拳も相手が上なのだろう。だけど、知ったことではない。

 今はただ、己の全てを出し切ればいいのだから。


 レオルドはダンッと地面を蹴ってベイナードへと距離を詰める。懐に侵入したレオルドはそのままの勢いでベイナードの腹部に拳を叩き込もうとする。


 だが、ベイナードは当然それを許さず、レオルドの腕を片手で弾くと、もう片方の手に握っていた剣でレオルドを突く。

 レオルドは身を捻ってそれを避けようとするが、無駄についた贅肉が邪魔をする。


「づぅ!」


 ベイナードの突きは贅肉を抉りとるのではと思うほどの威力であった。だが、手加減をしてくれていたのだろう。レオルドの贅肉が抉り取られる事はなかった。


 思っていたよりも動けているが、想像以上に脂肪が邪魔をする。憎たらしい身体ではあるが、今はどうすることも出来ない。


「ふっ、無駄に身体が大きいと苦労するな」


「本当に、なっ!!!」


 その場で回転して回し蹴りを放つが、これもベイナードに受け止められる。そのまま軸足を蹴られて転倒するレオルドに、ベイナードは剣を叩き付けてくる。

 レオルドは転がるように剣を避けて立ち上がるが、ベイナードはそれに素早く対応してレオルドの喉を突いた。


「こっ……かぁ……!?」


 喉を抑えて後ずさるレオルドに、ベイナードは容赦なく蹴りを放つ。苦しそうに悶えていた所に蹴りを浴びたレオルドは、溜まらず後ろへと転がって逃げる。


 泥だらけになっているレオルドを見下ろすベイナードは、確実にレオルドを戦闘不能にするため、剣を振り上げた。


 だが、レオルドもまだ負けたわけではない。苦しさを我慢しながらもベイナードの足場を土魔法で崩す。

 しかし、何度も同じ手は通用しない。ベイナードは崩された足場から瞬時に移動して避けたのだ。


「それではダメだ。もっと、考えろ」


 分かっている。言われなくとも分かっているんだ、とレオルドは目で応える。振り下ろされる剣にレオルドは、無詠唱で土魔法を使い、自身を土で覆って防ぐと同時に、土中に潜って逃げ出す。


 土竜のように土の中を移動してベイナードから離れた所で顔を出したら、そこには既にベイナードが待ち構えていた。


「昔、お前と同じように逃げた魔法使いがいてな。その時も先回りして頭を叩きわってやった」


 その言葉を聞いたレオルドは真っ青に顔を染めると、再び土の中を移動し始める。ただし今度は、逃げるのではなく攻勢へと転ずる為だ。


 ベイナードは土中を移動するレオルドの気配から出口を先読みして待ち構えている。ならばレオルドは、土魔法で自分を勢い良く押し出して人間砲弾となってやろうと、それを実行に移した。


「うおおおおおおお!」


「ぬおっ!? は、ははははははは!! まさか、そのような手を使ってくるとはな!」


 突然土の中から猛スピードで飛び出してくるレオルドにベイナードも驚いてしまい、飛び退いて避けた。


 勢い良く飛び出したレオルドは上空へと舞い上がる。そして重力に引かれて落下を始める。レオルドは空中で身を翻して、ベイナードへアクアスピアを撃つ。


 しかし、どれだけ撃ってもレオルドの魔法は当たらない。だけど、それでいい。これで準備は整ったとレオルドは笑う。


 レオルドが笑っている事に気がついたベイナードは怪訝そうな顔を見せる。そしてすぐにレオルドが笑った理由を理解する。


「ん? 水溜り……!? まさか!」


 レオルドは放つ。練りに練った作戦通りに。


「ショックウェイブ!」


 ベイナードが飛んで避けようとも、高速移動して避けようとも、地面に出来た水溜りがそれを許さない。

 レオルドが放ったショックウェイブは水を通し、ベイナートへと直撃する。


「ぐわあああっ!」


 しばらく、麻痺で動けないベイナードにレオルドは決着の一撃を決めようとしたが――


「見事なり……! だが、見誤ったな」


 確実にショックウェイブが決まった事で、ベイナードは麻痺して動けないはずだった。だが、ベイナードは動いており、着地したレオルドの背後へと回り込むと首筋に剣を叩き込んだ。


「がっ……あ……な……んで……?」


 そこでレオルドの意識は暗闇に落ちる。

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