【Web版】エロゲ転生~運命に抗う金豚貴族の奮闘記~

名無しの権兵衛

第1話 転生は突然に

「ぶひぃっ!!!」


 強烈な痛みが頬に走る。殴られた衝撃でその場に倒れ込む。


(え? なに、何が起きたの? 何で俺は殴られてんの!?)


 自分が何故殴られたのか、さっぱり理解できない男は周囲を見回して状況を整理しようとする。

 その時、今も混乱している男に一人の男が近付く。殴られて混乱している男が近付いて来る男に気がついて顔を上げる。

 すると、そこには真っ赤な髪につんつん頭の男が憤怒の表情を浮かべて、殴られた男を見下ろしていた。


(だ、誰? もしかして俺を殴ったのはこいつか!?)


 殴った相手はわかったが殴られた原因がわからない上に、どうやら話は終わってないらしい。何故ならば、彼はまだ怒っているのだから。


「よく聞け! 二度とクラリスに関わるな! そして、俺たちの前から消えろ!」


「は、はひぃ……」


 あまりの剣幕に殴られて地べたに座り込んでいる男は情けない声を上げる。


(なんで、俺こんなに怒られてんの……)


「ふん!」


 怒り狂っていた赤髪の男は座り込んでいる男の返事を聞いて、怒りを収めると鼻を鳴らして男の前から立ち去る。

 これで、やっと自分の置かれた状況が確認できると座り込んでいる男は立ち上がる。改めて周囲を見回すと、見たこともない服装に身を包んだ少年少女達が自分を囲んでいた。


(なんぞ、これ……)


 しかも、よく見てみるとライブ会場のようになっていて観客席に沢山の人がいる。冷静に見ても異質な光景である。

 ますます混乱してしまう男は一旦、冷静になろうと深呼吸する。


(落ち着け、落ち着け俺。まず、なんでこんなことになってるかだ。今日あったことを思い出してみよう)


 状況を整理する為に、一日の記憶を呼び覚ます。

 まず、男は殴られる直前まで何をしていたかを思い出した。


(うーん、確か俺はエロゲ超大作と呼ばれている運命48ディスティニー・フォーティーエイトをプレイしていたはずだ)


 男が言う運命48とは老舗エロゲ会社が歴史に名を刻むほどの傑作を作りたいと言った結果生まれた十八禁ゲームである。

 驚くべきなのは四十八人のシナリオライターに四十八人のイラストレーターを起用して作られたことだ。莫大な制作費に消費者達も驚愕に言葉が出なかったほどである。

 さらに言うと、有料DLCで追加シナリオに攻略ヒロイン増加という事まで行い、最終的には六十四人ものヒロインを攻略出来た。


(発表された時は驚いたよな。有名なシナリオライターに神絵師で当時は大盛り上がりだった。でも、俺は学生だったから買うことが出来なかったな……。でも、社会人になって初任給で買った時は嬉しかった)


 物思いに耽る男だが、今は関係ないと切り替える。


(そうだ。俺は運命48を長期休暇を利用して徹夜でプレイしてたんだ。有料DLCも購入して六十四人もの物語をクリアしたところで、眠ったんだっけ……)


 ようやく回想が終わる。男は一つの答えに辿り着いた。


(これ夢だ!)


 そうだと分かれば話は早い。目を覚ませばいいだけの事だ。

 早速、男は頬を抓るが目を覚まさない。そもそも、殴られた時点で気付くべきだ。ここが現実なのだと。


「レオルド・ハーヴェスト!」


 唐突に大声が響く。ビクリと男が肩を震わせる。それは何度も聞いたことのある名前だからだ。

 だって、その名前は――


「俺がレオルド・ハーヴェスト……!」


 ――運命48に出てくる、かませ犬キャラなのだから。


 よもや、Web小説でよく読んでいた異世界転生に自分がなるとは思いもしなかったことであろう。


(待て待て!! レオルドは序盤で主人公のジークフリートに決闘を挑んで負けた挙句、学園退学並びに辺境へ追放される! しかも、攻略ヒロインによってはラスボスになるけど、全ルートで死亡が確定しているんだぞ! し、死にたくねえ!!!)


 心の中でどれだけ叫ぼうと現実は非情である。動かないレオルドに怒鳴り声が響く。


「何をしている! レオルド・ハーヴェスト! 決闘に負けたのだから、速やかに自室へと戻りなさい!」


「は、はい……」


 抗う気力はない。今はこの現状をどうするべきかと考えるだけだ。異世界転生するなら、赤ん坊の頃からしたかったとレオルドに転生した仙道真人せんどうまことは肩を落としながら会場を後にした。


(どうしたものか……)


 自室へと戻った仙道真人ことレオルドはベッドに寝転びながら考える。

 真人の時に運命48を完全クリアしているから全てのシナリオは頭に入っている。だからこそ、死亡が確定しているレオルドになった真人は頭を悩ませるのだ。


 この先、どうやって生きていけばいいのか全くわからないのだ。どうせ死ぬのだから、好き勝手生きたいという気持ちもあるが、レオルドは一つ不安な要素がある。


「世界の強制力があるのかな……」


 Web小説で何度も見かけた言葉、世界の強制力。死ぬはずだった運命に抗おうとしたら、世界が死なせようとしてくるのだ。

 自分も例外ではないとレオルドは思っている。だから、余計に悩んでしまう。


「いっその事、今死ぬか? はっ、無理だな。そんな度胸はない」


 自暴自棄なことを呟くものの実行する勇気はレオルドにはない。ゴロゴロとベッドの上を転がり、何も考えが浮かばないで時だけが過ぎていく。

 そして、どれだけの時間が過ぎたかは分からないがレオルドはベッドから降りる。

 自室に備えられた姿見で真人はレオルドの身体を見た。


「イラスト通りの身体だな。贅肉だらけで顎がなくなってる。金の豚とはよく言ったものだ」


 レオルドになった真人は知っている。レオルドは公爵家という身分の高い人間であると同時に自尊心が強く傲慢な性格をしている。

 そのおかげで傍若無人の限りを尽くして生きてきたから、ぶくぶくと太ってしまい、陰で金髪だから金の豚と呼ばれているのだ。


「はあ……」


 溜息を吐き、椅子に腰掛ける。天井を見詰めながら、レオルドは自身の性能について思い出す。


「決めた……決めたぞ! 俺はなんとしてでも生き延びてやる! 世界の強制力がなんぼのもんじゃい! こっちはラスボスになれる力を秘めてるんだぞ!!!」


 手を上に突き出して虚空を掴む。レオルドは知っていた。自身に秘められた可能性を。それらを駆使して生き延びる事を決意したのだった。

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