第二十三話 これくらいと信頼度

 ▽


 「それじゃあ、私帰るから」


 毒キノコと愛ならぬ悪意入りのカレーを作り終えた琴乃は少し三人で話した後、帰りの支度をし始めた。 時刻は午後五時半ごろ。 日も傾いてきたころだ。


 「あれ、カレー召し上がっていかれないんですか? 」


 すごくおいしそうなのに……とラタス。


 「うん、せっかくだけれどいいわ。 弟も帰ってくるころだしね」


 「ありがとう、琴乃。 お、おいしくいただくよ……」


 「言葉と表情が一致していないわ。 そんな苦虫を嚙みつぶしたような顔しなくてもいいじゃない。 せっかくの私の手料理なのに」


 あなたも言葉と表情が一致していませんが……。 完全に確信犯の顔だ。

 それはさておき、と琴乃。


 「こちらこそありがとね、いつも」


 さっきとは違い、改まって言われる感謝。 実は今日に限ったことではなく、いつもそう言って帰っていくのだ。 僕としては小学生からの仲なのだ。 別にいいのにと思っているが、まあ、感謝を言われて悪い気は起きない。 親しき中にも礼儀あり、か。


 「いいよ、僕にはこれくらいしかできないから。 またいつでもきて」


 「……」


 ……本当に僕にはこれくらいしかできない。 ラタスは僕らの会話をただじっと見ていただけだった。 雰囲気的にあまり触れない方がいいと悟ったのだろう。 ありがたい配慮だ。


 「じゃあね、2人とも。 福ちゃんとおばさんにもよろしく」


 「おう」 「また会いましょう」


 ばたん、と扉が閉まる。 

沈黙。


 「詳しくは聞きません。 先ほど琴乃さんと2人で話したときにも聞かないでくれって言われましたから。 ボクにも話せないこと、ありますしね」


 悪魔のこととか、と割り切るラタス。 


 「そうだな、バレるわけにもいかないし」


 「お互い様ということです。 信頼度をもっと深めたらいつか話してくれますかね」


 「ギャルゲーかよ」


 どっからの知識だよそれ。 そっちの世界でもあるのか?


 「それはそうと、2人とも仲良くなったんだな。 琴乃なんてラタスのこと呼び捨てだったし。 信頼度、あながち低くはないんじゃないか? 」


 「ふふふ、そうですよ、なんたってボクと琴乃さんはライバルですからね! 」


 「ライバルってなんのだよ? 」


 「もちろん秘密です」


 またはぐらかした。 というか、ライバルって仲がいいものなのか? ……まあ、好敵手って書くし、ある一定の信頼度はあるってことなのか。 あって間もない相手に、しかも琴乃にそこまで思わせるほどの話術。 悪魔、恐るべし。


 ▽


 「ただいまー」


 僕の部屋の玄関の扉が開かれると、福が入ってきた。 時刻は午後六時過ぎ。 門限は6時なので問題はない。


 「おかえりなさいませ、福ちゃーん!! 」


 と、飛び出していったのはラタスだった。 


 「キャーッ!! 」


 と、扉を閉じて即席のバリケードにする福。 うまくいったのかゴツッとぶつかるラタス。


 「どうしてですか、福ちゃん! ボクと福ちゃんの間に壁ができているのですがぁ」


 と、扉じゃなくて、先にいるはずの福に泣きすがるラタス。 みっともなすぎてこいつが悪魔だってことを忘れてしまうぜ。 


 ピンポーン


 と呼び鈴がなったかと思いきや、


 「お、お兄ちゃん! 取り敢えず、私リビングの部屋にいるから! 」


 と福からの言伝が来た。 了解という旨の返事をしたのはいいが……。

 これからこの悪魔、こんな調子でここに住んでいけるのだろうか。


 ▽


 「やったぁー! 今日は琴乃姉ちゃんの手作りカレーなのね! 」


 ラタスの気を静め、琴乃の作ってくれたカレーを持って福の待つリビングへと向かった。

 琴乃の作る料理は僕の家族にはとても評判がいい。 特に福は料理をたまに教えてもらっているそうだ。 琴乃お姉ちゃんと慕っているくらいなので、すっごくうれしそう。


 「でもあれ、なんかキノコ類多くない? ……お兄ちゃん、まさか琴乃姉ちゃんに何かしたの? 」


 「ヒドイ誤解だ! 僕は断じて何もしていない! それなのに琴乃が僕の嫌いなものばかりを入れてきたんだ」


 「フーン……でもあれだからね、琴乃姉ちゃんにもし何かあった時には第1453条、姫の友達の敵は処刑に基づいてフラワー殴りをお見舞いしてあげるんだから」


 「極刑しかないのか、その国の憲法には!? 」


 「その罰、ぜひボクにも……ぐふふ」


 「きゃー! お兄ちゃん助けてぇ」


 毎度のごとく、自身の性癖を包み隠さないラタス。 少しは自制をしろ。


 ▽


 カレーを食卓に並べて昼の時と一緒の並び方でいただく。


 「しかし、本当においしいですね」


 「でしょ! 流石琴乃姉ちゃん」


 自分が慕っている人を褒められてうれしいのか、すごく誇らしげだった。 うむ、しかし本当においしい。 ……キノコ以外。


 「ええ、本当に……福ちゃんがいるからなおさらそうかんじますぅ……」


 はぁはぁ、と福のご尊顔をおかずにしているようだ、ラタスは。 はたから見るとただの変質者なんだよな。


 「お、お兄ちゃん……」


 助けを求めるようにこちらを見る福。 仕方ない。


 「やめてやってくれ、ラタス。 その下心しかない視線を福に向けないことだ」


 「失礼な、尊敬の眼差しですよ」


 「それで浮足立って上がった心になってもダメだ。 ちゃんと地についていろ」


 「もちろん地につけますよ、頭」


 「足をだ! 変なことを教えるなということを言ってんだよ」


 はーい、おいしーです! と聞いているのかどうかわからない反応をするラタス。 いや、こいつは聞いてないな、確定で。


 「というかお兄ちゃん、普通にラタスさんここにいるけれどどういうことなの? 」


 当然の疑問が飛んできた。 今まで聞かれなかったことが不思議なくらいだ。 どうせ今日母さんに確認することだし、まあ言ってもいいか。


 「ああ、母さんの許可が下りればこの家に上げることになる」


 よろしくお願いしますね、おいしーです! と、反応するラタス。


 「うそでしょ!? これからこの変態さんと一緒に住めってことになるの!? 」


 変態さんって……おいしーです……と、反応するラタス。


 「ま、まあ、お母さんが認めるとは思えないけれどね」

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