第二話 何気ない


 ▽




 スーツ姿のサラリーマン。 座って本を読んでいるお姉さん。 ヘッドホンをつけて食いつくようにスマホの画面を見ているお兄さん。 ぼーっと窓の外を眺めているおばあちゃん。


 


 いつもと変わらない風景。 いつもと変わらない電車の揺れ。 いつもと変わらないアナウンス。




 そのはずなのになぜか違って見えるのは気のせいだろうか。




 はい、気のせいです。 例えば、朝から変な美少年に声をかけられたからと言って何か変わるように期待をしている、なんてのはするだけ無駄なのだ。 大抵のことは大体関係なくなってしまう。 今、どこかの誰かが、ポイ捨てしようと、トイレをしようと、くしゃみをしようと、宇宙へ行こうと、関係のないことだ。




 ……しかし、期待、か。 自然と出てきた言葉だが、僕は期待をしていたのか。 なにに? 非日常に? あの謎の美少年の登場に?




 確かに、記憶に強烈に残る出来事ではあった。 そう考えるお年頃なのだからな。 僕は。 だが、ここで無駄なエネルギーを使ってはならない。 そう。 ここから僕は敵地へと赴くのだから。 と意気込んだのもつかの間、電車のブレーキによる慣性にあっけなくやられた僕。 慌てて手すりを掴んでどうにかしりもちをつくことは避けることができた。




 ドアがひらきます、というアナウンスの後、入ってきたのは




 「ああ、キヤベ、おはよー」




 少し眠そうな声であいさつをしてきたのは己々共 琴乃(ここども ことの)だった。




 「おおーおはよう」




 後ろの人の波に押されるように琴乃は僕の隣に立った。 これもいつもの光景だ。 なにも変わらない。




 「いやー、今日からまた学校だね。 新しいクラス、どうなるかな」




 他愛のない話。 それも日常だ。 琴乃は厚い生地の制服が暑いのか、襟元を掴んでパタパタと風を送っていた。

 それにしても琴乃は未来に希望を抱いているような、いい笑顔をして話すんだよなぁ。 お人好しな琴乃には楽しみなことでいっぱいなようだ。 が。




 「なんでそんなに楽しそうなんだよー……。 はぁ、僕は今にも死んでしまいそうなのに」




 対照的に僕はガクッと肩を落とす。 そのまんま重力に負けないようにするのも一苦労だ……。




 「んー? ああ、また田舎者ってバカにされるのを怖がっているの? 大丈夫でしょー。 実際、一年のころにそんなこと言われたことあった? 」




 いつの間にかスマホを取り出していた琴乃は、画面を操作しながら話をつづけた。




 「確かに、なかったけれど……でも可能性はゼロではないでしょ? ああ、都会怖い」




 そう。 以外にもそんな風に言ってくる人はいなかったのだ。 確かに僕が得た情報には田舎者は馬鹿にされるっていうものがあったはずなのだが……。 いや、安心してはだめだ。 気を抜いているとすぐ足をすくわれちゃうからな。 そんな僕を救ってくれるような人はいないことは無いけれど。




 「一年のころにできた友達も一緒になるかもでしょ? クラス。 ……またヤベと一緒になれるかな」




 そうそう。 一年のころ、同じクラスだった人とかは僕のことを知っているわけだから、今回もまた一緒になるということは敵がその分、減るということだ。 彼らは救ってくれる。




 「ああー……ほんと、それだったらうれしいんだけれどなー」




 「え!? 一緒だと……うれしい? 」




 何気ない質問に対して何気ない回答をしたつもりだったけれど、何故か琴乃は手を止め、顔をあげて僕に聞いてきた。 ……なんでうれしそうで恥ずかしそうなんだ?




 「んん? そりゃそうだよー。 敵がその分消えるわけだからね」




 そういうと、琴乃はガクッと肩と顔を落とし、




 「はぁ、……まあ、分かってたけれど、分かってないなー」




 と、さっきとは打って変わって落胆していた。 




 「あれ、なんでため息? 」




 手はスマホの画面に戻る……わけではなく、背中に背負っている通学用リュックへと伸ばされた。 あ、まずい。




 「う、る、さ、い、えい」




 気づいた時には遅かった……。 琴乃はいつものように30センチほどの棒を取り出すと……




 「イッタ!! 今日も持っていたのかよ! ……僕、なんか気分を害するようなこと言った? 」




 僕の頭にコツッと当ててきた。 琴乃は気に入らないことがあればいつもそれを取り出してたたいてくるのだ。 ……今回はいつもより弱かったな。 普段は本当に痛い一撃がおみまいされるのだけれど。




 「さあて、どうでしょうねー。 というか、そんな痛くしてないでしょう? 」




 「いや、なんで攻撃を喰らったのかが分からないという心の痛みが……」




 「はいはい」




 以前に聞いたことがあるのだが、琴乃の持っている棒。 これは竹刀が割れた後の残りものらしい。


 というのも、琴乃は小さい頃から剣道をしているのだ。 


 一回、大会を見たことがるのだが、それはもうすごいものだった……。 あのカチカチ……と相手の出方を見て竹刀のぶつかり合う音のみが聞こえてくる戦況。 一変して踏み込む足の音、気迫のかかった声、衝突する竹刀の爆音、それぞれが砲撃のような音となって響き渡る。 ルールなど、よくわからない僕でも圧倒された。 


 普段優しい琴乃だから余計に衝撃を受けたな……。




 そんな彼女は棒をいつの間にかしまってまたスマホの画面を見ていた。


 最初よりかは混雑になってきた車内。 流れるようにすぎてゆく窓の風景。 そんな何気ないものを僕はまたぼーっと見ていた。

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