第13話 没頭

 当面の計画を決めたレティシアだったが、一先ずやることは変わっていない。

 即ち、図書室通い。


 読むのは専門書や論文など。

 実際に鉄道を作るのに当たって実現可能性を技術面で模索するためだ。


 ただ、一重に技術関連の書物と言ってもジャンルは多岐にわたる。

 関連がありそうなのは、金属加工、土木、機械……そして魔法。

 今ある技術も、最新のものも、研究途上のものも含めて、使えそうなものは何でも読み漁る。

 専門分野の書物ともなれば、当然まだ覚えていない単語も多く見られたが、そこは前世の経験…とりわけ理系大学で学んだことを活かして、前後の内容から理解することができた。







(…やっぱり、単純な加工技術なんかは前世と遜色ない気がする。これは魔法の存在が大きいみたいだ。その割に科学技術の発展はそれほどでもない。中世〜近世の間くらいか?)


 レティシアの目から見て、現代の地球の歴史と比べると随分歪だと言うのが率直な感想だった。



(レールや車体なんかは意外とハードルは低いのかも知れない。問題なのは…動力だ。移動手段の主流が馬車であるところからすれば、電動モーターとかエンジンなんかはもちろん、蒸気機関も無いだろうね)


 鉄道を実現するに当たっては様々な課題があるが、そもそも根本的に動力が無ければ始まらないだろう。


(馬車鉄道なんてのもあるけど。そんなの作ってもねぇ…せめて軽便鉄道くらいは実現したい。…もちろん最終的に目指したいのは標準的な規格のものだけど)


 彼女の目的はあくまでも鉄道の旅を満喫することなのだから、そのあたりは妥協したくなかった。




(動力か……地球の歴史に沿うなら、まず最初は蒸気機関なんだろうけど。蒸気機関に限らず、内燃機関は…原理は分かってても、自分で設計できる気がしないよ。そう言う意味では、まだ電動機の方が実現できそうな気がする。でも、そうすると地上設備も必要になるしなぁ……いや、内燃機関だって燃料の問題があるか…蒸気機関なら石炭と水だから、どうにでもなりそうだけど。石油ってあるのかな?)


 レティシアは思考に没頭し始める。

 前世の知識で考え得るものはどれも一長一短で、実現するに当たってはどれもハードルが高そうだった。


 蒸気機関は水を沸騰させ、蒸気の圧力を回転動力に変換するもの。

 動力源は水と石炭…に限らず、高火力で燃焼できるものであれば良い。


 ガソリンエンジンなどの内燃機関機関も原理は同じ。

 蒸気圧ではなく、燃料の爆発力を動力化するものだ。

 爆発的に燃焼する燃料が動力源として必要になるが、この世界に石油やそれに類する物があるのかが分からない。


 電動機は、レティシア的にはこれが一番設計できそうな気がしている。

 だが、動力源となる電力の供給をセットで考える必要がある。

 電動機は発電機にもなるのだが…そもそも発電するのに別のエネルギー源が必要になるし、発電所など大規模な地上設備を建設しなければならない。



 と言うように、動力一つだけをとっても実現するのためにはいくつもの課題を解決しなければならないのである。



(ん〜……アプローチを変えてみるか?折角この世界には魔法があるのだから…そっちの方面からなにか出来ないかな。確か魔法関連の研究論文もあったはず)


 そう考えたレティシアは、再び図書室から…今度は魔法関連の論文を片っ端から集めてくるのだった。



















「旦那様、少々よろしいでしょうか?」


「ん?どうしたんだい?」


 ある日、レティシア専属の世話係であるエリーシャは、雇い主である当主アンリに相談を持ちかけた。


「その、レティシアお嬢様のことなのですが…」


「…何か問題でもあったのかい?」


 彼女が部屋に閉じこもって出てこなくなったのは記憶に新しく、また何かあったのかと心配の表情を浮かべる。


「あ、いえ、問題というわけではないのですが……その、最近お嬢様が図書室に通い詰めているのはご存知ですよね?」


「ああ、それは聞いている。急に読書するようになったって、妻が心配していたよ」


「はい、最近は図書室から本を借りてきては一心不乱に読んでらっしゃいますね。気分転換に散歩されたりもするのですが、それ以外は殆ど…。それで、例えばこういう本をレティシア様はお読みになってるのですが…」


「どれどれ?……………本当にレティシアがこれを読んでるのかい?とても5歳児が読むものではないだろう……」


「はい。最初は挿絵や図柄を楽しんでるものかと思ったのですが、どうも…ちゃんと内容を『読んで』理解されているように見えるのです」


「…本当かい?これは…本当に頭を打っておかしくなったのだろうか…?」


 何気に妻と同じく失礼な感想を漏らすが、あながちそれは間違いであるとも言えないのであった…

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