第三章 志村沙輝編 絵には毒舌 心に花マルを
3-1 元気娘と毒舌先生、時々空気少年と真面目っ子
一日の始まりというのはなんかこう、意味はないけどわくわくする。何か良い事が起こるかもとか思ったり、何もなくてもそれはそれで楽しいし。
ということを人に話すと、大体の人は「あんたは気楽でいいね」と返してくる。
気楽の何が悪いのかはよくわからないけど、少なくとも悩んでいる自分に酔いしれてウダウダするよりかは全然マシだと思う。
だって悩んでいる間は結局何もしないのと同然なんだから時間の無駄じゃん? どうせならそんなつまらない時間を過ごすより、楽しい時間を作った方がいいに決まっている。
「んー」
さあ、今日も快晴! 気分も好調! そんな感じの朝だ。伸びをしながら朝の校門をくぐる。
そしてちょっとダッシュしようとして、足をぴたりと止める。
おや? 脇にある自転車置き場から出てくるのって、同じ部活のナリ君じゃん。
「ナリ君、おっはよー!」
わたしは彼の背中に向かってダッシュして、その勢いのまま背中を押そうとする。
当たる寸前でナリ君がそれを回避し、わたしはそのままバランスを崩して転びそうになるのをぐっとこらえた。
「あ、おはよう」
ナリ君こと
「うん、ナリ君今日も見事な回避っぷりだね」
「そりゃ、大声な上にあんなに足音立てて来たら避けるのは簡単だし」
「えー、だってそのまま押してナリ君倒れたら可哀想じゃん」
「ならなんで押そうとすんの」
そういってナリ君は小さくため息を聞いた。
まあ、わたしとしても理由きかれたらコミュニケーション的なノリ以外何もないし。
というより、ナリ君はこっちが話しかけない限り自分から口を開くことがほとんどないのだ。だから適度につついてやらないとすぐに空気化してしまう。
「そいやナリ君は文化祭、部活で出す作品決めた?」
「一応一枚は」
「あー、私もそんな感じ。あとは今まで描いたやつの中から先生と相談して決めるつもりー」
そして沈黙。
「
「うん」
また沈黙。
「ねえ、ナリ君」
「?」
「たまにはナリ君からも話題振ってよ。わたしが一方的に喋ってるだけじゃん」
するとナリ君は少し困った顔で小首をかしげてから言った。
「……今日は午後から曇りだって」
「うん。……で?」
「おわり」
一日の授業をすっ飛ばして、部活の時間。
「とりあえず文化祭の絵を見る前に、この間描いたデッサンを返すぞー」
美術部の一年生組(と言ってもわたし含め三人しかいないけど)を集め、顧問の
やっぱり基礎はどんな時でも大事だと主張する国木田先生の方針により、この部では定期的に鉛筆デッサンなどの課題が与えられる。
今回描いたデッサンは机の上に置いた数個のリンゴ。ちなみにそのリンゴは課題終了後にみんなで美味しくいただいた。
「まず町成のからな」
そう言って先生はナリ君の描いたデッサンをみんなに見せる。
「色合いは悪くない。悪くないんだけど、リンゴが丸いという先入観に囚われ過ぎて、不自然に丸い。もうちょっと形をじっくり見るのが町成の課題かな。多分これヘタの部分を取り換えたらトマトと大差ないように見える」
ナリ君は先生から自分の絵を返してもらうと、それをじっと見てからクルクルと丸めた。
「次は
横を見ると藍こと、市原 藍が緊張した面持ちで自分の絵を見ている。
「なんかでかいスポットライトを当てたような色合いになってるが、この部屋の蛍光灯はそんなに眩しくないだろ。光が当たっているからと言って安直に白くすればいいというもじゃない。一応光が当たっていてもリンゴは赤いからな。あと、影の部分も黒くすればいいってもんじゃない。同じ影でも明るい影と暗い影があるはずだ。もっと表現の幅を増やそうな」
そう言いながら先生は藍に課題の絵を返す。
「最後に
そして先生は小さくため息をつく。
「ちょ、先生、なんか失礼じゃない?」
「いやいや、そんなつもりはないぞ。まあ、一番突っ込みたかったのは事実だが」
「それって普通に一番下手だって言ってるだけじゃん!」
「下手とは言ってない。断じて」
「それ絶対語尾に(笑)とか草とか生やしてそうな言い方だよね?」
まあ、自分が人より下手なのは自覚してるけど! 元々美術の成績だってあんまりよくないし! ついでにそう言われるのも慣れてるし!
「で、これが志村画伯の絵だ」
わたしの描いた絵が皆の前に出される。二人とも、言葉を失っていた。
てか、何その反応。
「輪郭線太すぎ。特にここの部分、5ミリは越えているだろ」
「えー、それは先生がしっかり形を取れって言うから」
「志村。絵を描こうとするときに大体の人は忘れがちだが、現実世界には輪郭線と言う物は存在しない。形を取る=輪郭線をしっかり描けという話ではないし、ぶっちゃけ輪郭線そのものは描く必要もない。仮に形を取るためだとしてもなんでこんなに太いんだ。どう見てもリンゴ本体より目立ち過ぎている」
「いや、気が付いたら太くなっちゃっただけで」
「ならちゃんと消しゴム使ってくれ。てか、輪郭線の中も鉛筆で塗りつぶしただけで全然立体感がないのだが。」
うーん、でも輪郭線描かずに絵を描くってどうやればいいんだろ? 前に先生が実演形式で説明したけど、真似しても全然描けないんだよね。
そんなわけで、先生の中でわたしはきっと部内一絵が下手な子として認識されている。
でもまあ、くじけないけどね。部活動やってる間に上達する予定だし、先輩たちも「初めはみんなそういうもの」って言ってくれるし。
国木田先生は基本的に褒めない。どうしようもなく詰んだ時以外絵に手を加えることもない。むしろこっちの自信作だろうと何だろうと毒舌トークでけなしてくるなど日常茶飯事だ。遠慮がないというか、とにかくそういう人。苦手な人は苦手だと思う。
ただまあ言っていることは正しいし、本気で凹むほどきつい事を言わないあたりはさすが教師なんだろうなとはちょっとは思う。ちゃんと質問には答えてくれるし、時々有名な芸術家の裏話みたいな面白い話とかしてくれるし。
そんなわけで、わたしにとって国木田先生は倒すべき師匠みたいなポジションに収まっている。
いつか絶対すごいって見返してやるような。そんなオッサン先生がうちの顧問である。
「さて、文化祭に出す方の絵だが」
ここからが本題だった。今までわたしが部活で描いた絵を台の上に全て並べ、国木田先生がそれを一枚一枚チェックしている。
「この中ならこれがいいかな」
先生が指差したのは、水彩絵の具で描いた風景画。
「あ、私もそう思う」
藍がそれに同意する。
「基調になっている青と緑の組み合わせがきれいだよね」
「うん、まあ、構図とかバランスとかその他ツッコミどころはたくさんあるが、これが一番風景画っぽく見える」
「ぽく、って何さ!? 先生何気にひどっ!」
そして予想通りの物言いだった。
が、先生はわたしの抗議を無視して続ける。
「で、こいつのタイトルどうする? 無題って言うのも味気ないだろう」
「え? やっぱり学校の中庭だからやっぱりそれっぽい名前がいいかも」
「「は?」」
先生と藍の声がハモった。二人とも目を丸くしてこっちを見ている。
「志村。今何て?」
「へ? だから学校の中庭って」
「え!?」
先生は顔を引きつらせながら、私と私の絵を交互に見比べた。
「……すまん、志村」
「え? ちょ、何? 何なの?」
「俺はてっきりこの絵、ナウシカの腐海っぽい何かだと思っていた」
「ちょ、まじでひどっ!!」
ちらりと藍の方を見ると、どうやら先生と同意見だったらしく、申し訳なさそうに目を逸らした。
「だって色がそれっぽいし、これ。ほら、この緑のうねって伸びているやつとか」
「先生、これ街灯なんだけど!」
「街灯? 巨大化したシダ植物か何かじゃないのか!?」
「巨大化したシダ植物って何!? こっちが聞きたいんだけど!」
さすがにそのリアクションは予想すらしてなかったんですけど!
「まあ、ポジティブに考えるなら今後の課題とか見えてよかったじゃないか。これはこれで味のある絵だと俺は思うぞ」
「全然フォローになってなーい!」
次は絶対に先生をぎゃふんと言わす。多分言ってくれないけど!
「で、次は市原の分か」
先生は藍の描いた絵の方に目を向けた。
藍は昔から漫画描くのが好きだと言ってるだけあって、やっぱり上手い。
普通なら見落としてしまいそうな細かい部分もきっちり描き込んである。
だけど、先生に言わせればそうすれば良いという訳でもないようで。
「細かく丁寧なのは持ち味でもあるんだが、市原の場合はやりすぎ感があるんだよなぁ。見たままを描きすぎて、絵というより写真を模写しているのに近いというか」
「え? よく見て描いたつもりなんですけど」
「あ、あー。うん、よく見て描くのは悪くないのだが」
先生はどういったもんかとパーマ頭をガシガシ掻いた。
「たとえばこの絵の真ん中にある電柱。これ、この絵の主役か?」
「い、いえ。この絵は学校周辺の景色を描いたつもりで、特別電柱が描きたかったわけじゃないです」
「うん、じゃあなんで電柱描いたって話になるよな。実際この電柱のせいで画面が左右にぶった切られている。つまり一枚の絵として見たときに邪魔になってるんだよ」
先生が絵の電柱を隠しながら説明する。
「ほら、無い方がすっきりするだろ?」
「ほんとだ! こっちの方がいいかも!」
「まあ、要はモチーフを一番美しい形として絵にすることを意識しろって話だ。よく見て描くのは大事だが、市原の場合はそればっかりにとらわれ過ぎだ。もっと描きたいもの・魅せたいものを意識していくのが課題だな」
そう言って、先生は藍に絵を返す。
藍は少し戸惑ってから絵を手にすると、先生の方を見た。
「それって、元のモデルを好き勝手してもいいってことですか?」
あれ、なんか声のトーンが低い。
「ちゃんとした景色や物があっても、描き手の都合で、自己満足でめちゃくちゃにして、そんなのってモチーフに対して失礼じゃないですか?」
「い、いや、そうじゃなくてな」
予想外の反撃に、先生がたじろいだ。
「それに描き手の歪んだ物の見方で周りが不快になるような作品になっちゃう場合だってあるんだし。例えば」
そこまで言って、藍は口をつぐんだ。
「す、すみません。なんか言いすぎました」
「え!? 急にしょんぼりしてどうしちゃったの!?」
「い、いえ、本当にいいんです! 忘れて下さい!」
そして藍は逃げるように場を去ろうとして後ろを向いた途端、嫌な音と同時にうずくまった。
「あ、藍! てか何やってんの!」
「つ、机の角がみぞおちに」
「本当、何やってんのあんたはー!」
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