きぎ打ち

エリー.ファー

きぎ打ち

 たぶん、私は人より器用だ。

 というか、才能がある。

 残念なことに性格も悪い。

 だから、だろう。

 一番有名になった。

 何かを極めることができた。

 打ち込むこと一つにしても、癖をもって、かつ、直すこともせずここまでこれた。

 芸名は、きぎ、という。

 由来は、苗字が林なので、木木で、きぎ、と読むことにしただけである。駄洒落に近いと思う。

 私が作り出したアートへのアプローチの仕方はきぎ打ちとされた。

 精神の作り方と言えば、非常にうさん臭く感じられるかもしれないが、ビジネス論にも近いところがある。必要な情報を、感情を排して集めて、それらから分かることを積み上げる。つまるところ、何かの論理を作り出すための論理とも言える。非常に使いやすいことは間違いない。

 本にもした。

 本屋にも並んだ。

 百万部、とまではいかなかった。確か三十万部くらいだっただろうか。まぁ、悪くない数字である。

「きぎさん、飯を食いに行きませんか」

 後輩に誘われて夕食を一緒に食べることにした。

 わりと高いお店だった。しかし、料理は焼き鳥である。私は、焼き鳥と言うと安くて美味しいものしか知らない。高くて複雑な味は、自分が置いてけぼりになる感覚があって寂しい。

 しかし。

 そんな自分の思いを吐き出すわけにもいかない。こういうものは食べること、訪れることがステータスとなっている。

 業務だと思うことにした。

「あの、質問がありまして、ですね」

「なあに」

「きぎ打ちって、どうやって思いついたんですか」

「別に、ただやってただけだよ」

「やってただけで、あそこまでいかないですって」

「いや、本当なんだよね。もちろん、本とかは読んだけど、その内容をちゃんと理解したとか、必要な情報をわざわざ仕入れたわけじゃないし」

「そうなると、ある時、不意に思いついたっていうほうが正しいってことですよね」

「まぁ、そうなるかもね」

「天才ですね」

「違う、違う。どっちかって言うと、天才でも凡人でもないって感じなんだよ」

「あの、ちょっと意味が分からないんですが」

「括られないように振舞っただけなんだよ。分かりやすい枠があるでしょ。それをまず理解すること。そうすると、外がどこからなのかが分かるようになる。大抵の人は内と外の差も理解していないんだ」

「なるほど」

「自分で自分を囲うのはいいよ。定義を作るのもいい。枠が悪いとは言わないし、他人が私たちを理解するときの手助けにもなる。でも、既存のものに頼ると、それを作り出した人は他にいるから、自分で自分の人生をコントロールするのは難しくなる」

「自分で作って、自分で使うべきってことですか」

「そう、でも分析されやすいようにしたほうが良い。評論家が理解できないレベルまで上がると、批判されるし、無視もされる。経済的な線にも乗る必要があるから」

「それがきぎ打ちですか」

「皆は、そう言ってる」

「確かに、そういう生き方だとすると、天才でも凡人でもないと言えるかもしれないですね。あの、もう一ついいですか」

「なあに」

「きぎ打ちのきぎは、分かるんです。でも、打ちってなんですか」

「打ち込むっていう意味だと聞いてる。でも、私が言いだしたわけじゃないから」

「まぁ、そうですよね」

 後輩と別れて、夜道を歩く。

 遠くで誰かの口笛が聞こえる。

 そりゃ、天才でも凡人でもない。

 もちろん、この文化の神様ですので。

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