仮にそうだとしても
片葉 彩愛沙
仮にそうだとしても
博士は愛想がよくてとても魅力的に見えるだろう。
助手である私にもとても優しい。
けれどあきらかな異常さが垣間見えるときがある。それは一口には言い表しにくいことだけれど。
「君は僕の友人だよね?」
博士にそう訊かれた時、私は喉の奥で一瞬息を詰まらせながら答えた。
「もちろんですよ。何年あなたと一緒だとお思いですか」
「そうだね。それならよかった」
窓の外でごろごろと雷鳴がとどろく。もうすぐ雨が降るのだろう。
博士はきっちりと着ていた白衣を着崩すと、椅子に掛けた。
「僕は常日頃から、自分の死について考える」
「誰しも、一度はあることですよ」
「じゃあ、君はいつ死ぬと思う?」
「さあ。それはさすがにわかりません」
「僕が今から殺すと言ったら、今になるね」
冗談のような軽い言い方をされるけど、そんなことを言う博士は異常な目つきをしている。瞳孔が開きすぎて、人の形をした何か別の生き物のようだ。
「できるだけ楽なものにしてください」
「そうなると、手短には刃物を使わざるを得ないな」
私に目を合わせながら片手で机の中を探るものだから、本気なのかどうかも分からない。
ハサミ、カッター、ペーパーナイフ、と刺せそうなものがきらめいている。
「ちょうど雨が降りそうだし、やるなら外にしようか」
「確かに、血が早く流れるでしょうね」
タイミングを計ったように雨が外を覆いつくす。私は窓から見える木の葉が細かく揺れるのを見た。
「行こうか」
博士はズボンのポケットにどれかを忍ばせたようだった。
私の背中がにわかにぞくぞくした。似たようなことは前にもしたけど、今回は本気なのだろうか。
博士が人殺しというリスクを冒すとも思えないが、遺書は用意したし仮に死んだとしても、おそらく、悔いはない。
私も白衣を脱いで、二人で玄関へ向かう。自分の傘を取ると、博士が「ちょっと」と言った。
「帰れるのは一人だから、僕の傘にしてくれないかい」
仮にそうだとしても 片葉 彩愛沙 @kataha_nerume
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