第42話

「そうですか……娘はスタンピートのさなかに」


 ブレンダのお父さん、ロディさんが小さく呟く。その隣で奥さんのフレアさんが嗚咽を堪えて涙を流した。


 辛い、な。

 誰かの死をその家族に知らせるって。

 冒険者の死は、基本的にギルドが行っている。ただ『本当に死んだのか』ハッキリと分かっている場合だ。

 ブレンダの場合、俺たちが看取っているので死亡が確定している。だけどスタンピードのさなかに、誰にも看取られずに亡くなった冒険者は、半年以上は死亡確定を見送られるそうだ。

 万が一──という希望もあるから。


「彼女とは一時期同じパーティーでした。俺の方がパーティーリーダーと折合いが悪く、少し前に抜けたんです」


 モンスターハウスの中に見捨てられた、とは言わない。

 娘を亡くした人たちを、これ以上苦しめる必要なんてないから。

 そして最後には仲間に見捨てられたことも、俺は二人に伝えなかった。


「あんな形で再会するなんて……すみません。助けることが出来なくて」

「いいえ。冒険者になると決めたからには、そんな日が来るかもしれないと覚悟はしていたはずです……はずなんです」


 ううん。きっと覚悟なんてしていなかっただろう。

 俺だってそうだ。死ぬために冒険者になる人なんていないだろう。


「これ、ブレンダから預かったものです。彼女ずっと貯金をしていて、それは俺も知っていました。絵本まで溜め込んでいたのは知りませんでしたが」


 金貨の入った巾着と、それから絵本をテーブルの上に置く。

 それとギルドマスターがそっと手渡してくれた、ブレンダの冒険者登録カードだ。

 カードには『登録抹消』という文字が刻まれている。だけどその下に『死亡』とも書かれてあった。

 抹消理由が死亡によるもの──そう勘違いさせてくれるようにしてあった。


「中にメモ紙があります。俺は読んでないので分かりませんが、何か書いてあるかもしれません」


 ロディさんが受け取って中を見た。

 二つ折りされたメモ紙を取り出して広げる。


「役立てて……ブレンダ、父さんたちに伝える言葉は、それだけなのか?」


 お金の使い道についてか。

 きっとそのうち仕送りするときにメモを添えるつもりだったんだろう。

 にしては短い文章だな。

 まさか死ぬとは思っていなかったんだろうし、ご両親の顔を思い浮かべながら、気恥ずかしさでぶっきらぼうな文章になったのかもしれない。

 もしくはあとでちゃんと手紙を書くつもりで……。


「あの子は以前から、ここで店を開いても無駄だって言っていたんです。だけどこの店は、私の曾祖父の頃のものでして」

「当時はここの前の通りも広く、お店もたくさんあったそうなんです」

「開発が進んで、家が増えてこうなってしまいまして……ブレンダは大通りに店を構えろって言ってたんです」


 自分が冒険者になって資金を集めてやる。

 そう言って旅立ったのが二年前。


 ブレンダはどこで間違ったのだろう。

 本当は親孝行をする、いい女の子だったんだな。






「こんな遅くまで引き止めてしまって、申し訳ありません」

「いえ、いいんです。あのお金、きっと役立ててください。長年守って来たお店を潰してしまうのは忍びないかもしれませんが、ブレンダの意思も受け取ってあげてくださいね」

「はは。閑古鳥しか鳴かないような店ですからね。そんなに未練なんてありませんよ」


 よかった。

 金貨八枚と言えば大金だ。きっと大丈夫なはず。


「すぐに出発されるのですか?」

「明日の朝には。他に行かなきゃいけない町もあるので」


 その一言でロディさんは察したようだ。

 ブレンダの悲報を伝えるためにこの町へ来たのだから、もう一つの用事も同じものだと思ったのだろう。


「明日、もう一度来ていただけませんか? その……実は雑貨屋を止めて、パン屋を開こうかと思っていたんですよ」

「え、大通りでですか?」

「あ、いやそれは。はは。さすがに大通りで店を持つには、お金が……」


 ということはここで開くつもりだったのか。

 いやいや、立地が悪いだろ。


「だけどブレンダが残してくれたお金で、店舗だけは購入できそうです。まぁ家はここにある訳ですから、店舗だけで十分なんですが」

「パンを焼きますので、どうぞお持ちください」

「私たちに出来ることといえば、それだけですので」

「焼き立てのパンか、楽しみにしていますね」


 これは嘘じゃない。焼きたての柔らかいパンは、俺にとって豪華な食事だった。

 ルイックたちと一緒の時は、俺の取り分だけ少なかったし、お金を少しでも節約するために焼いてから時間の経ったパンを買っていたから。

 焼き立てパンより少し硬くなったパンの方が安かったんだよ。


 だから楽しみだ。


 二人に別れを告げ、宿のある通りへと向かった。


「なんかいっぱい嘘をついちゃったな」


 本当のことを伝えると、きっとご両親が悲しむ。

 娘が死んだうえに、仲間を見捨てて冒険者登録を抹消されたんだ。

 正直に話してしまえば、あの家族が傷つくことになる。

 ギルドマスターもあのカードを渡してくれたんだ、きっとこれでいいはず、なんだ。

 きっと。


「私……嘘はいけないと思う」

「ルナ? で、でもあの場合は──」

「嘘はいけないけど、でも優しい嘘は……いいと、思うわ」

「え……」

「だ、だからっ。別にいいってことよっ。早く宿に行きましょ」


 顔を赤らめ、プチっとそっぽを向いて彼女が歩き出す。


 優しい嘘、か。


「どこの宿にするかなぁ。にゃび、ご飯が美味しそうな宿は分かるか?」

「んにゃ~。あっちの方から美味しそうなニオイするにゃよぉ」

「よし、にゃび鼻にお任せしようっ」

「お、お風呂のある宿にしてよね!」


 俺とにゃびは笑顔で駆けだすと、ルナの声がすぐ後ろに続いた。


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