第38話:出立
「ひとり金貨二五枚、250,000ベルンになった」
「に、にじゅうごまん!?」
いつもの宿だと、何日泊まれるのかな。
三日ぶりにギルドへ行くと、今だに俺たちは注目の的になっていた。
パーティーに誘われたりもしたけど、それは全部お断り。
人を信じられないからっていうのは、今はない。
だけどステータスボードのこともあるし、それに……三人でちょうどいいと思っているから。
これは三人で話し合って出した結論だ。
「それとこいつが、例の金だ。突然登録を抹消したからな。それもあって預金は預かったままだったんだよ」
「全員のお金をですか?」
「いや。他の三人は翌日と翌々日に、それぞれ受け取りに来た」
ブレンダだけが残したままだったのか。
巾着の中にはメモ紙と、金貨が八枚。それとは別に、絵本が十冊もあった。
紙の方は読まずにそのままにしておこう。
「職員の話だとな、年の離れた弟がいるらしくてな」
「ダスティって子でしょうね。彼女が最後に、その名前を口にしていましたから」
「そうか……。ロイド、もうここには戻って来ねえのか?」
「まだそれは決めていません。最下層のボスはまだ見たことがないし、ここで受ける依頼には、中級者以上向けのものも多いですからね」
箱庭の迷宮都市フリーンウェイと言っても、実はダンジョン自体は初心者から中級者向けと難易度は低い。
スタンピードが早期に終息出来たのも、たぶん元々難易度の低いダンジョンだったからだろう。
まぁとはいえ、難易度が低いから高ランク冒険者もいない。
スタンピードになった瞬間、難易度は跳ね上がると言われている。それを中級者とそれ以下だけで終わらせることが出来たんだから、上出来だろう。
「はは。お前たちならきっと、北にそびえ立つ『天空の塔』もクリア出来るだろうよ」
「マ、マスター!? あそこってAランク以上の冒険者しか入れない場所じゃないですかっ」
「お、そうだそうだ。お前ら、冒険者登録表を出せ。ランクを上げてやるからよ」
「え?」
俺の冒険者ランクは、当然最下位のFだ。
それと、にゃびとルナは登録していない。そのことを伝えると、ギルドマスターがスタンピード鎮圧に貢献したから、望むなら無料で登録してくれると。
「登録をしとけば、この先大きな町に出入りする時も、通行料を払わなくて済むぞ。もちろん国境もだ」
「ルナ、登録しときなよ。節約になるぞ」
「う、うん。そうね。通行料もバカにならないものね」
「にゃびはどうする? あ、にゃびも登録出来るんですか?」
「そいつは従魔だろ? 登録する必要はねえんだが……まぁしたいってんなら、してやってもいいぞ」
その返事に対して、にゃびはキタキラした目を大きく見開いている。
にゃびは俺の従魔だ。従魔は冒険者ではない──という考えが普通らしい。
でもにゃびはにゃびで、ちゃんと意思を持って、自分の考えで動いている。
「にゃび、冒険者になるか?」
「うにゃ!」
「じゃあギルドマスター、二人の登録をお願いします」
こうして二人の冒険者登録が行われた。
実力とは無関係に、最初はFランクからのスタートになる。
ギルドからの依頼をこなすことで、ランクは上がって行く。
そして俺は──
「FからいきなりC!?」
に上がった。
「よっぽど絵本が好きなのかしら、そのダスティって子」
「そうだね。まぁ彼女が贈りたくてたくさん買っていたのかもしれないけど」
「絵本、かぁ……里の子たちにも……」
そう言ってルナが空間収納袋をぎゅっと抱きしめた。
「じゃあ絵本、買いに行く? 馬車の時間まではまだ結構あるし」
ブレンダの実家がある町までは、乗合馬車で二日、それから徒歩で一日の工程だ。
馬車は昼前なので、まだ二時間ほどある。
「で、でも、里に帰る訳じゃないし」
「あ、そうだ。ルナはどうする? 自由の身になれたんだし、元気だって故郷に伝えたほうがいいんじゃないか?」
「え……う、ん……でもこの街からかなり遠いし、コポトの故郷とは反対の方角で……」
「そっか。じゃあコポトの故郷から戻って来たら、行こうか?」
そう言うと、彼女の表情は一瞬にして明るくなった。
ルナがこんな顔をするなら、もっと早くに言ってあげればよかった。
「ごめんな、ルナ。本当はずっと故郷に帰りたかったんだろう?」
「そんなことない、って言ったら嘘になる。でも、従属の首輪が外れたばかりの頃は、お金も力も何もなかったし。帰っても何の役にも立てなかっただろうから
「今ならまとまったお金も手に入ったし、古郷の土地を買い取れるかもしれないよ」
「あはは。さすがにそこまでの金額はないわよ」
実際、彼女は土地の賃貸料も分からないと言う。
知らないだけなのか、それとも知らされていないのか。
仕事の口利きをすると言って騙し、若い兎人を集めて奴隷商人に売り飛ばすような領主だ。
まともな訳がない。
彼女の故郷に向かう時には、注意をしておかなきゃな。
でもそれは今彼女には伝えないでおこう。
「買うのはまたにしても、どんな絵本があるか見に行かないか?」
「う、うん。そうね」
「馬車に乗る前に、おにゃつ買って欲しいにゃよぉ」
「分かったよ。停留所に向かう時に、屋台で何か買っていこう」
ルナが笑いながら「おやつ?」と尋ねてくる。
通訳しなくても、段々とにゃびの言葉が──いや、気持ちが分かるようになってきたのかな。
初めて入った書店で、いろんな絵本を目にした。
「実は俺、絵本って読んだことがないんだ。山間の農村で暮らしていたからさ、本は貴重で」
「え、そうだったの? ロイドならきっと、勇者や英雄譚のお話とか好きなんだと思ってた」
「コポトはこの本が好きにゃったよ。『優しい英雄の物語』にゃ」
英雄譚かぁ、読んでみたいなぁ。
馬車での移動は暇だろうし、一冊買って読んでみるかな。
いろいろ手に取っていると、一冊の絵本が目に留まる。
──お家へ帰ろう。
そう書かれた絵本を見て、どうしても彼女の顔が浮かび上がった。
「それを読むの?」
「え、いや、えっと……。読まないけど、でも買おうかな」
コポトが読んでいたという絵本とこれ、二冊を買って店を出た。
なんだかんだと、ルナも数冊の絵本を買っている。
一冊を残して空間収納袋に入れると、急いで冒険者ギルドへと戻った。
「なんでぇ、もう出発したんじゃねえのか?」
「マスター。仕事の依頼をしたいんですが、いいですか?」
「は? お前が依頼を?」
書店で買ったさっきの本、『お家へ帰ろう』をカウンターに置く。
「この本を、新ダンジョンの地下八階にある、安全地帯に持って行って欲しいんです。えっと、だいたい五五日後、かな? いや、もう少し早い方がいいか」
それを聞いたギルドマスターは、俺の意図を理解してくれた。
依頼料は銅貨一枚。そんなに安くていいのかと思ったけど、「行くついでだ」と言って彼が笑う。
「帰って来たときに、誰が受けたのか、ちゃんと遂行できたのか報告するからちゃんと寄れよ」
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」
ギルドを出て、停留所へ。途中の屋台で、手軽に食べられる物を買った。
「彼女、見てくれるといいわね」
「……うん。ブレンダのことはあんなこともあったし、仲間としてもう見れないんだ。でも……約束は守るってことを、伝えたくて」
「伝わるにゃあ」
「伝わるわよ」
そうだといいな。
「おい、お前ぇーら。遅ぇーじゃねーか!」
停留所には、モルダンさん親子とカロットの三人が待ってくれていた。
今日出発するのは話していたけど、見送りにまで来てくれるとは思いもしなかった。
しかも三人が揃ってだ。
「仲直り出来たみたいね」
小声でルナが囁く。
それに俺が笑って「だね」と答えた。
「ルナちゃん! これ持ってってっ。気合入れて作ったけんっ」
「あ、新しい弓!?」
「それと、お前ぇたち二人にはこれだ」
モルダンさんが背負っていた袋から取り出したのは、銀色の……ベスト?
「マナハルコンを糸状に加工したもんで編んだ、鎖帷子だ」
「加工したのはお父さんやなくって、カロットばい」
「お前ぇは余計なこと言うんじゃねえ!」
「なんで! クソ親父、カロットの手柄を取ろうとしとーと!?」
「ん、んなことするかバカ娘! そもそもこいつの分を編んだのは、俺様だぞ!」
うん、こうなるよね。
親子がギャーギャーと罵り合う隣で、カロットはニコニコ顔で鎖帷子をもう一着取り出した。
そっちはやけに小さく、子供用──いや、にゃび用だ。
「動きを阻害することなく、重量も革製のベストより軽いんですよ。それでいて防御性能にも優れています」
「にゃびの分まで……ありがとうございます」
「いえ。あ、戻られたら着心地や防御面での感想等お聞かせください」
「分かりました。カロットさんも頑張ってください。鍛冶職人として、あと……」
後ろでまだ騒いでいる親子に視線を向ける。
言い争ってはいるけれど、最初に見た時よりも二人の顔は穏やかだ。
むしろ笑っているようにも見える。
「にゃ! 馬車来たにゃよっ」
にゃぎの一声で、全員の視線がやって来る馬車へと向けられた。
「お、来たか。三人とも、気ぃつけて行くんだぞ。まぁスタンピードを止めた奴らだ、そう心配することもねえんだろうがな」
「帰って来たら、必ず来てね。ご馳走するけんっ」
「親方の料理は絶品ですからね」
つまりカロットは、モリーじゃなくモルダンさん派ってことか。
それを理解したのか、モリーの頬が膨らむ。隣ではモルダンさんがカロットの背中を叩き「分かってるじゃねえか」なんて笑いながら言った。
「楽しみにしています、モルダンさん」
「おう。うめぇーもん、たらふく食わせてやらぁ」
「もっともっと良い弓が作れるように腕を磨くけんね」
「モリー……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
「にゃび君、武器の手入れはしっかりしてくださいね。君の手で無理なら、ロイドさんにお願いするんですよ。あとこれ、手入れの時に使う油です。持って行ってください」
「うにゃあぁ。お前良い奴にゃ。コポトとロイドとルナと屋台のおっちゃんの次にいい奴にゃよ」
にゃび、最後の屋台のおっちゃんって、誰?
乗車料を払って馬車へと乗り込む。今日はにゃびの席もちゃんと取った。
窓から顔を出して、もう一度三人に挨拶をする。
それが終わるのを待っていたかのように、御者が馬に鞭を打って動き出す。
「三人とも、行ってらっしゃい!」
モリーの言葉に俺たち三人は、同時に「行ってきます」と答えた。
街の入り口にある門へと近づく。
しばらくこの箱庭の迷宮都市フリーンウェイともお別れだ。
俺が冒険者になるためにやって来た街。
また戻ってくるから、その時まで……
「ロイドッ、あれ見て!」
「え?」
ルナが慌てたように窓の外を指差した。
顔を覗かせると、前方に門が見える。
そして──
「またな、ロイド君!」
「野宿んときは、火を絶やすなよっ」
「南の方は暑いから、水分補給をしっかりね」
「にゃびちゃん、またマッサージしてぇ」
「ルナさん。しっかりロイドさんの手綱を握るのです!」
「戻っていたら、今度こそ飲もうぜ」
「おい、彼はまだ十六だよ。無理に飲ませるなっ」
「硬いこと言うなよぉ」
あの日、ダンジョンの地下八階で出会った英雄たちの姿があった。
十七人全員揃ってる。わざわざ見送りに来てくれたのか!?
「あ、ありがとうございます!」
「行ってきまーす」
「うにゃー」
「でもお酒は飲みませんからぁーっ」
そう言って手を振ると、彼らの笑い声が聞こえた。
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