第25話:その頃──

「くそっ。ロイドの野郎、どうなってんだっ」


 薄暗い酒場で、男は悪態をついていた。

 まだ幼さが残るこの男の名はルイック。新米パーティーのリーダーにして、期待の新鋭と呼ばれた戦士──だった。


 元々目立ちたがり屋で負けず嫌い。プライドも高く、そのうえ同年代の中では実力の持ち主でもあった。

 だからこそ、冒険者技能訓練の際に基本職全ての初期スキルを習得したロイドに対して、激しい嫉妬心を抱いていた。

 だが彼に適正職がないと分かると、自分を引き立てるための道具として彼を傍に置いた。


 ──俺とロイドは同期なんだ。つまり親友ってことだろ?


 そんな言葉でロイドを誘い、同じように彼に対してあまり好意的ではない仲間を集めてパーティーを結成した。

 都合のいいようにこき使い、危険な仕事は彼にやらせた。

 そのくせ、「荷物持ちなんだから」と言って清算時の分配は減らしている。

 文句ひとつ言わないのをいいことに、宿賃と食費がギリギリ賄える程度のお金しか与えていなかった。


 ずっと俺の引き立て役として使ってやる。


 そう思っていたのにだ。

 噂でロイドは、獣人族の少女と従魔とのパーティーで、町のダンジョン十階を軽く突破したらしい。


「くそっくそっくそっ」


 バンっとテーブルを叩く。

 同じテーブルに座るバーリィ、ブレンダ、ライザの三人が肩をビクりと震わせた。


「ル、ルイック。お酒はその辺にしておいた方がよろしいですわ」

「いいじゃねえかライザ。酔ったらリカバリーしてやればよ。おい姉ちゃん、こいつと俺とに安酒をもう一杯頼む」


 バーリィがそう言って、追加の注文を店員に頼んだ。

 

「おいおい、期待の新鋭と呼ばれたルイックパーティー様が、随分と荒れてるじゃねえか」


 そう声を掛けてきたのは、二十代後半の、顔に傷のある男だった。

 

「あぁ? 誰だテメェ」


 ルイックは立ち上がり、男を威圧すうような目で見る。

 長身で体躯にも恵まれたルイックに睨まれるだけで、萎縮する者も少なくはない。

 相手の男も長身だったが、線は細く、腕など簡単に折れそうな雰囲気だった。


 だが男は薄ら笑いを浮かべて、ルイックを睨み返す。


「俺の顔も忘れたのか? 酒で脳みそが溶けりちまったんじゃねえかルイック」

「なんだとお?」


 今にも掴みかかろうとするルイックの腕を、男は易々と払いのけた。


「同郷の先輩に向かって、その口の利き方はなんだ。えぇ?」

「うぐっ。ど、同郷だと?」


 言われてルイックは相手の顔をよく観察した。

 酒に酔ってはいるが、まだ視点はしっかり定まっている。

 ようやく相手が何者か気づくと、ルイックはやや顔を青ざめた。


「トゥ、トゥーマさん」

「おぉ、ようやく気付いたかルイック。まったく後輩がこんなんで、俺は悲しいぜ」


 他の三人は呆気に取られているが、この男とルイックが、同じ出身地の出だというのだけは理解した。


「噂は聞いたぜ。適正なしだっていう奴を囮にして、モンスターハウスを切り抜けたそうじゃねえか。やるなぁ、お前ら」

「え?」

「お荷物なんてのはな、時としては切り捨てなきゃならねえものさ。より大事なもんを守るためにな」

「より、大事なもの?」


 ルイックはなんのことだと言わんばかりにオウム返しするが、その答えを既に彼は知っていた。

 知っていてわざと、相手の──トゥーマの口から聞きだそうとしたのだ。


 トゥーマはそのことを察していた。

 だが敢えて口にする。


「お前だ。お前たちだ。分かるだろ? 期待の新鋭と呼ばれたのは、お前たち四人であって、適正なしは含まれていない」

「あ、当たり前です。あんな奴が期待の新鋭に入っているはずがないんだ」

「そうだそうだ。だってのに、ギルドの野郎ども、ロイドの味方なんかしやがって」

「そうだとも。ひとりの犠牲で四人の有望な若者が助かるんだ、非難されるのがおかしいんだよ」


 トゥーマはにやりと笑う。


「だいたいな、上位ランクの冒険者パーティーなんて、その地位に上り詰めるまでに大なり小なり、犠牲を出してきてんだぜ。それを棚にあげて、お前らだけが責められるなんておかしいじゃねえか」

「そ……そうですよね! 大義名分の名のもと、大勢を犠牲にした冒険者だっていますよね!」

「おう、いるいる! だからそう自分たちを責めるな。お前たちは悪くねぇ。その適正なし野郎のほうが、口が上手かっただけさ」


 そう言われ、四人は何故か納得する。

 自分たちは悪くない。

 生き残るための最善の策を講じただけだ。

 自分たちが生きていることのほうが、世界にとって有益になる。


 そう信じ始めた。


「ところでお前ら、資格を剥奪されたんだろ?」

「うっ」


 そう言われて、四人は一気に現実へと引き戻される。


「そう落ち込むなって。なんなら俺らの所に来ねえか? いやむしろ、お前らみたいな実力者に来て貰えると、大助かりなんだけどよぉ」

「トゥーマさんのところ? 何かやってるんですか?」


 トゥーマはにやりと笑う。


「あぁ。まぁやってることは冒険者ギルドと一緒なんだがな──」


 トゥーマはそう切り出した。

 

『裏』


 ただそう呼ばれるギルドがある。

 冒険者ギルドでは引き受けて貰えないような依頼も、『裏』であれば引き受けて貰える。

 例えばモンスターの売買や、限定モンスターの独占、マジックアイテムや薬品の実験など。


「その代わり、依頼主からはたんまり頂くんだがな」

「モンスターを買いたい奴なんて、いるんですか?」

「おぉ、いるさ。ペットにする奴もいるが、実験材料として買う奴もいる」


 ルイックたちはごくりと生唾を飲み込む。


「要は冒険者ギルドじゃ請け負ってくれねえような客の要望に、俺たちが応えてるって訳だ。危険な依頼も多いから、その分、報酬はたんまりと出る。まぁ客の九割は貴族だからな」

「な、なるほど。あいつらの考えてることは、よく分かりませんもんね」

「あぁ。だがおかげで俺はうまい飯を食えてるからな、感謝してるぜ。バカは金持ちどもには」


 クククっと笑い、トゥーマはルイックとバーリィの肩に手を置いた。


「どうだ? お前たちもうちに来ねえか?」


 返事は直ぐでなくていい。まずは四人でゆっくり話し合え。

 そう言ってトゥーマはカウンター席へと移動した。


 四人は顔を見合わせ、言葉を交わすことなく頷き合う。

 その様子をトゥーマはカウンター席から見ていた。


「トゥーマさん。それで、何をすればいい?」

「そうこなくっちゃな。そうだなぁ……急ぎじゃねえんだが、ある薬の効果と、それを使う事での狩りの効率を調べて欲しいんだ」

「案外、楽勝そうな仕事ですね」

「おいおい、期待の新鋭だからこそ頼む仕事だぞ。といいたいところだが、用量を間違えなきゃ稼ぎまくれるハズさ」


 トゥーマは四人を連れて店に出ると、彼らを『裏ギルド』へと案内した。


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