第15話:決別

「ロイド、生きててよかった。お前を失って、俺たちは本当に悲しんでいたんだぞ──おい、てめぇ、どうやって生き残ったのか知らねえが、何チクってくれてんだ」

「ごめんなさいロイド。私たち、最後まで一緒に戦うべきだったわ。だけど生きててよかった。神への祈りが通じたんですわ──あそこで死んでいたほうが、神もお喜びになったでしょうに」

「ロイド! ほんっとお前は心配させやがって。カッコつけてひとりで特攻すんじゃねーよ。次は俺も一緒だ──今すぐギルドマスターに全報告を撤回してきやがれ。さもねーと今度は俺様がてめぇとぶっ殺すぞ」

「ロイド……。ご、ごめんなさい。ごめんなさい」


 四人は優しく声を掛け、それから誰にも聞こえないように本音を漏らした。

 ただひとり、魔術師のブレンダは怯えて謝罪するだけ。


「こいつが悪党にゃ」

「まともじゃないわね」


 にゃびと、耳のいいルナにはしっかり聞こえたようだ。


 あぁ、まともじゃないよ。

 俺を囮にして逃げる時に、笑っていたような奴らだし。


 これまでルイックの指示には従って来た。

 彼の代りに前衛に立つこともあったし、バーリィの代りに忍び足で偵察することだってあった。ブレンダの代りに魔法で敵を釣り、軽傷ならライザの代りに治癒もした。

 いつだって俺は誰かの代わりにそのポジションに付いていたんだ。

 そう、器用貧乏だからできること。


 そうだ。

 俺は強くはなかったけど、なんでも出来たんだ。

 いつだってパーティーのサポートに徹していたんだ。

 それなのに四人は俺を囮にして、自分達だけ逃げ出した。

 穴に落ちていなければ俺は死んでいただろう。四人はむしろ、俺が死ぬことを前提にして見捨てたはずだ。


「俺は嘘の報告はしていない」

「は? おいロイド。誰に向かってそんな口を──」

「俺はもう、お前たちの言いなりにはならない」

「てめっ」


 短気なバーリィが俺に手を伸ばした。

 それを掴み、押し返す。


 あぁ、バーリィの筋力は俺以下なんだな。


「くっ。な、なんだこいつ。なんで俺が押されてるんだ」

「おいどけっ」


 今度はルイックか。こいつは戦士だ。さすがに筋力も高いだろう。


「ニャーッ! フシャアァァァッ」

「にゃび?」


 にゃびが俺の肩から飛び降り、ルイックを威嚇する。

 その姿は愛くるしい猫ではない。毛が逆立ち、オーラのようなものを纏っていた。


「おいっ。なにしてやがんだ!!」


 そこへ雄叫びのような声を上げて出てきたのは、ギルドマスターだった。


「まだこんな所にいたのか。さっさと出ていけ!」


 出ていけというのはルイックたちに対してだ。


「ギ、ギルドマスター! お、俺たちは無実だっ。ロイドは本当に自分から犠牲になりにいったんだっ」

「そ、そうですわギルドマスター」

「黙れ!」


 ギルドマスターが拳で入口のドアを叩く。そして粉砕した。

 ひえっ。あの筋肉は伊達じゃないんだな。

 

「てめぇーら、いつまでもぐずぐずしているようだったら、剥奪期間の延期をしてやったっていいんだぞ?」

「なっ。そんな横暴、許されるのか!?」

「許すも何もルイック、俺はギルドマスターだ。ここ箱庭の迷宮都市フリーンウェイのギルド支部のマスター様だ。ここでは俺がルールだって決まってんだよ。嫌なら他所の町へ行け! それとも、今ここで俺とやりあうか?」

「くっ……」


 ルイックたちは青ざめた顔でギルドマスターを見ていたが、やがて俺の方へと向き直って憎悪に満ちた視線を向ける。

 その視線から目をそらさず、俺も彼らをじっと見つめた。


「くそっ。いったいてめぇに何があったんだっ」

「だいたいなんで生きてやがる! あんとき貴様を追いかけていたモンスターは、ゆうに三十は超えていたんだぞ」


 バーリィが憎悪を込めてそう叫ぶと、周りの見物人から笑いが起きた。


「おいおい、ロイドはお前たちを救うために、自分からモンスターの群れに飛び込んだんじゃないのか?」

「飛び込んで言った奴が追いかけられるって、どういうことなんだろうな?」


 見物客だった冒険者たちが嘲笑う。

 ルイックたちが嘘の供述をした。

 今この瞬間、自分たちでそれを認めたことになる。


「ぐ……い、行くぞ! こんな町、頼まれなくても出ていってやるさ!!」


 ルイックたち四人は、逃げるようにしてその場から去っていった。

 一度だけ俺を振り返ったルイックの顔には、激しい憎悪の色が渦巻いていた。


「よわっちー奴らにゃあ」


 元の可愛い猫に戻っていたにゃびが、再び俺の肩によじ登る。


「ありがとうな、にゃび。ルイックから俺を守ってくれて」

「守ってはないにゃ。ロイドの方が強いって、おいにゃには分かっているから。わざわざロイドが何かする必要がにゃいと思っただけにゃよ」

「はは、よく分からないけど、それでもありがとう」


 俺の方が強い、か。

 確かにステータスボードを手にしてから、自由にステータスを上げられるようになったし、スキルも取れるようになった。

 以前と比べて段違いに強くなれただろう。

 実際ルイックたちは地下一階のモンスターハウスを処理しきれずに逃げている。

 俺は地下四階の、数が少なかったとはいえ十体をひとりで倒した。

 それを考慮しても、一対一ならルイックにも勝てる気がする。


 まぁだからって、自分から奴と戦おうとは思わない。

 

 俺が目指しているのは一流の冒険者だ。

 困っている人を助ける立派な冒険者であって、個人的な恨みのために人を傷つける人間じゃない。

 そんなことすれば、あいつらと同類になってしまう。


 だけど──


 向こうから襲ってくるなら話は別だ。

 負けてやる義理はない。


 そうならないで欲しい。

 真面目に反省して欲しい。


 そう願いたいけど、最後に見たルイックのあの顔の様子だと無理なんだろうなぁ。



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