第13話:待って
「待って待って待って待ってっ」
ドタタタタタっと駆けてきたのは、ドワーフの少女だった。
いや、見た目は子供っぽくても、たぶん大人だろう。ドワーフの女の人は、童顔が多いっていうし。
息を切らせてやって来た彼女は、急いでルナから弓をひったくる。
「ちょっと、なにするのよっ」
「これはアカンのや。これ失敗作やけん、持って行ったらアカン!!」
「え、失敗作? そんな風には──って、この弓はあんたが作ったの?」
「モリー。この弓は完成品だろう。提出期限に間に合わせたではないか」
「そ、それはそやけど、まだ満足してないんばい」
講師がため息を吐き、ドワーフの女性を説得し始める。
だけど彼女も折れないようで、ルナが持つ弓を実践投入したくないと言い張る。
「耐久力の問題もなさそうなのに……」
「すまないねぇ。モリーはこだわりが強くて」
「木の鞣しが甘いとよ。やけん、弦を引くのに無駄に力が必要なんと。わたしの弓を使ってくれる言うなら、もう直ぐ完成するアレを持って行って!」
どうやら他の弓があるようだ。
彼女はルナを見て、それから手をとりぷにぷにと揉み始める。
「ちょっと、くすぐったいっ」
「筋力はこんなもんやね、うんうん。腕の長さは──ふむふむ。ちょっとわたしの手を、力いっぱい握ってくれん?」
「な、なんなの?」
「あなたに合わせた弓にするけん、握って」
ルナは小首を傾げつつも、ぎゅーっと力を込めて握った。
「オッケー。明日までに仕上げるけん、また来てくれる?」
「あの、いいんですか?」
講師に一応確認を取ると、OKだと許可が出る。
買えるのならそれでいいか。今日は狩りに行く気もないし。
「ルナはいい?」
「えぇ、問題ないわ」
最初は不審そうにしていたルナだったけど、今はなんだか機嫌がいい。
たいくつそうにしているにゃびを抱きかかえ、俺たちは工房を後にした。
「ルナ、あの弓気に入った?」
「えぇ。見習いとは思えない出来だと思う。私も狩りで短弓を使っていたから、いい物か悪いものかぐらいは分かるつもり」
「おいにゃ分からないにゃ~。それよりはにゃく、コポトの外套をおいにゃ用にして欲しいにゃ」
「あ、そうだったわね。ごめんね、にゃび。宿に戻ったらすぐ繕ってあげる」
だがその前にだ、最低限、ルナの服は買ってあげないと。
彼女は今も、奴隷の服のままだ。
シャツとハーフパンツというシンプルな服だけど、問題はどちらもボロボロだってこと。
「裁縫をするなら糸や針は?」
「裁縫セットはあるわ。でも赤茶色の色が欲しいかしら」
「じゃあ店に行こう。ついでに君の服も新調しないとね」
「ぁ……そう、ね」
俺も結構ボロボロになったし、思い切って新調するかな。
「やっぱり穴があるんだ」
「ちょ、ちょっとじろじろ見ないでよっ」
「え、だってただのズボンなんだし、いいじゃん」
冒険者御用達の洋服店へとやって来た。この店だと動きやすさを重視し、その上で見栄えもいい服を取り扱っているから──と、ブレンダやライザが言っていたのを思い出して。
店には獣人族用の服もあって、彼らの尻尾を出すための穴がズボンにちゃんとあった。
「へぇ、尻尾の穴ってボタンでサイズ調整するのか」
「も、もうっ。今から穿くんだから、見ないでって!」
穿いた後にじろじろ見るのは失礼だろうと思って、穿く前に見てるだけなのに。
理不尽だ。
「おいにゃも新しい服欲しいにゃ~」
「新しい服って、ベストか?」
白い毛並みに顔の中心や耳、尻尾の先端、それに足先だけが薄茶色という柄のにゃびは、黒いベストに赤いリボンを付けていた。
確かにベストは少しくたびれているな。
コポトの形見の外套を羽織るようになるんだ、ちょっとカッコいいのとかどうかな?
「お客さん、さすがに従魔用の服は売ってないよ」
「あ……そう、ですよね」
「うにゃあぁ」
残念そうに項垂れるにゃびを見て、店の人も眉尻を下げる。
猫好きか、この人。
すうと店の奥から別の店員が現れた。
「あら、お客様を悲しませるなんて、アタシの店では許されないことよ」
「店長。でもこの子ぐらいだと、子供用サイズですし」
現れたのはマッチョだ。
ただし化粧をして、ムキムキボディに女性が着るような服を纏ったマッチョだ。
腰をくねらせ、シャナリシャナリと近づいてくる。
にゃびの毛がボワっと逆立ち、慌てて俺の後ろへと隠れた。
「んふふ、可愛い猫ちゃんね。三日、いえ、一日くれないかしら?」
「い、一日? もしかしてこいつに合う服を縫ってくれるんですか?」
「えぇ。どんな感じのものがいいか、聞かせてくれるかしら? あと採寸もね」
どうせルナの弓も完成は明日だ。それに二十日間もダンジョンの中で緊張しっぱなしだったし、二日三日はゆっくり疲れを癒したい。
「にゃび、待てるよな?」
「にゃ~」
笑顔のにゃびを見てマッチョ店長もにっこり。
それを見たにゃびが凍り付いたのは言うまでもない。
ガクガク震えながらにゃびは採寸される。
「赤茶色の外套を羽織るのね」
「そうです。こいつの親友の形見の外套でして」
「形見! そう、親友の想いを受け継ぐってことね。分かったわ。任せて頂戴!」
にゃびの希望も「カッコいい」だった。
あとは店長に任せてみよう。
この洋服店、出入りする客が後を絶たず、見ていると冒険者ではなさそうな人も多い。
それだけ人気だってことだろう。
「決めたわ。これとこれにする。き、着替えが一着あっても、いい、わよね?」
「ん? もちろん、着替えはあったほうがいいよ」
いつの間にか着替えていたルナがやってきた。
襟の大きな白っぽいシャツに紺色の丈の短いベストを重ね着。少し濃い目の青いハーフパンツ、それに紺色の長いソックスという恰好だ。
動きやすさを重視しつつ、リボンがあったりとかわいらしさも兼ね備えていた。
くるっとターンをしたとき、ピョコンと出ている尻尾が見えて……それもまた可愛い。
「ロイドは服を選んだの?」
「あ、まだだ」
「女の子より服選びが遅いなんて、よっぽどお洒落に気を使ってるのかしら?」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべてそう言った彼女は、にゃびを抱えて店の隅のベンチに腰を下ろした。
あんまり待たせちゃ悪いし、早く選んでしまおう。
洋服選びに時間をかけてる女の人って、こんな気持ちなのかな?
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