第6話:従魔契約

「大丈夫ですか? 俺、ポーションを──」


 予想以上に傷が深く、俺が持っているポーションではとうてい癒せないことは分かり切っていた。

 男もそれを理解していたんだろう。首を振って、何故か猫を指差した。


「にゃびに……」

「あれ、モンスター?」

「あぁ。僕の、従魔、なんだ」

「従魔ってことは、召喚士?」


 男は頷き、猫──にゃびにポーションを飲ませてやって欲しいと。

 その猫も重傷だ。


 ポーションを持ってにゃびに近づき、ポーションを飲ませた。

 このポーションじゃたいして効果はないけど、一命はとりとめられるだろう。


「ん、にゃにゃ」

「主人の所に行きたいんだな? 連れて行ってやるよ」


 にゃびを抱きかかえて男の下へと運んでやる。


「やぁ、にゃび……」

「にゃっ、にゃにゃ」


 ひとしきりにゃびの頭を撫でると、男は俺を見た。


「助けて、貰ったのに、こんなこと頼むなんて、図々しいことは承知しているんだけど……お願い、できないかな?」

「俺に? で、出来ることがあれば、なんでも言って」

「ありが、とう……こいつを、にゃびを、引き取って欲しい、んだ」

「え? 従魔を?」


 引き取ると言われても、従魔って主人が死ぬとモンスターに戻ってしまうんじゃ?

 それに俺、召喚士じゃないし。


「だいじょう、ぶ。従魔の契約を、他者に継承、出来るんだ」

「でも召喚士じゃないよ、俺」

「たとえ召喚士じゃなくても、大丈夫、なんだ」

「にゃにゃっ、にぎゃー!」


 でも本人、というかにゃびは嫌そうだ。


「にゃび、君には、大きな目的、が、あるだろう? その為には、もっと、もっと強く、ならなきゃ。な?」

「にゃ……んにゃあ」


 にゃびは甘えるようにして男に頭を擦りつける。

 モンスターとは思えないほど、凄く懐いているようだ。

 従魔契約をしているから?

 いや、それだけじゃない気がする。


「あの二人、十五年前からの付き合いなんだって」

「え?」


 いつの間にか隣に来ていた兎獣人の女の子が、そう話す。その口調は少し冷たく感じるけど、にゃびを見つめる目には悲しみの色が浮かんでいた。

 十五年……俺の人生とほぼ同じ年数だ。

 目の前で今にも力尽きそうな彼の十五年前……きっと幼い少年だったはず。

 そんな頃からずっと一緒にいたのか。


「にゃびの目的って?」


 腰を下ろして、苦しそうに顔を歪める男に尋ねた。

 苦しそうに、だけど彼は笑顔を浮かべてこう答えた。


「進化して、一族を……守りたいんだ。そうだよね、にゃび」

「にゃあぁぁ」

「そっか。仲間を守りたいため、か。お前、凄い奴なんだな」

「ぐにゃあぁぁ」


 にゃびの目には大粒の涙が浮かんでいた。


 目の前の親友を守れなかった。

 きっと悔しくて泣いているんだろう。


「分かった。俺がこいつと従魔契約するよ」

「ありがとう。君の、名前を、教えてくれる?」

「俺、ロイド」

「僕はコポト……"我コポト。我が友、にゃびとの契約、を、ロイドに、継承、す、る"」


 彼の手が伸びる。その手を、俺は握るべきだと思って掴んだ。


 握った掌が熱い。


「これで、継承は……あり、がとう」

「にゃびにも言ってやってくれよ」

「うん、そうだ、ね。にゃび……これまで、ありがとう。君は僕の……最初の……親友、だ、よ」


 そう言うとコポトの手は、ぽとりと落ちた。


「分不相応の階層まで下りて来たのよ。この階層に下りてからずっと、モンスターから逃げて来たわ」


 後ろから彼女の声が聞こえた。


 逃げて逃げて、でも下り階段を見つけたくて必死に走り回っていたそうだ。


「コポトは無茶だって、ずっとリーダーに進言していたんだけどまったく聞かなかったのよ、あのクソリーダーは」

「クソ……で、でもここで逃げられなくなったと?」


 彼女は頷く。


「前後でモンスターから挟まれにゃとき、あいつらルナに命令したにゃ」

「命令? って、にゃび話せるのか!?」

「……従魔、継承したからお前とは話せるだけにゃ。ルナにはおいにゃの言葉、通じないにゃ」

「にゃびと会話してるの? 私にはまったく分からないんだけど」


 やや不機嫌そうに彼女が言う。


「ご、ごめん」


 それから先は彼女──ルナが話してくれた。


 モンスターに追われながらここまで来た。そしてここで数匹のモンスターと遭遇し、前後で挟まれてしまった。

 そこでパーティーリーダーはルナに命令。

 ──ここでモンスターを足止めしろ──と。


「私、これなの」

「これ? あ……」


 彼女の首には従属の首輪があった。つまり奴隷だ。

 従属の契約をしている相手の命令には逆らえない。逆らえば魔法による苦痛が与えられるから。


 次にリーダーはにゃびを掴んで、前方にいたモンスターの中へと投げ込んだ。

 モンスターがにゃびを攻撃している間に、横をすり抜けて逃げていった……と。


「私は追ってきたモンスターから逃げるので必死だったし、戦闘経験はあまりないから……荷物持ちとして買われたの」

「コポトがおいにゃたちを守ろうとして、必死に戦ったにゃ。でも元々おいにゃたちのレベルじゃ……」


 十数匹を相手に出来るほどの実力はなかった──。


 それでもコポトはルナと親友のにゃびを助けるために、モンスターの攻撃を全部自分が……。


「コポト……コポトはバカにゃ」

「いいや、優しいんだよ」

「にゃあぁ」

「ねぇ、ここを離れなきゃ。またモンスターが来てしまうわ」


 そうだな。

 にゃびは離れたくないだろうけど、いつまでもここにいる訳にもいかない。


「にゃび、彼との思い出のものを持って帰ろう。生きていた証を」

「証……生きていた……」

「あぁ。冒険者がダンジョンで命を落とした時は、その人の荷物を仲間が持ち帰って墓に埋めてやるんだ。場合によっては故郷に送り届けたりもね」

「届ける……コポトの故郷に……にゃび、届けるにゃ」


 そう言うとにゃびは彼の鞄と、懐からペンダントを取り出した。


「ロイド、外すにゃ。おいにゃの手、小さなもの苦手にゃ」

「分かったよ。他にはいいのか?」

「……これ、欲しい」


 外套だ。にゃびには少し大きい気がするけど、本猫が欲しいっていうなら持って行ってやろう。


「それ、にゃびが着けるの?」

「そうにゃ」

「そうだって言ってる。でもサイズ的に大きいと思うんだけどな」

「繕ってあげてもいいんだけど」


 にゃびの言葉は俺にしか理解できないようだけど、にゃびは他の人間の言葉もちゃんと理解しているんだな。

 繕うという言葉も分かっているようで、目を大きくして喜んでいた。


「でも地上に出てからな。そうだルナ、ここは何階層か分かる?」

「そりゃあもちろんよ。あんた、そんなことも分からないでここにいるの?」

「うーん、話せば長くなるけど、安全地帯まで行こう」

「……分かったわ。階段でいい? そう遠くはないわ」


 彼女の案内で歩き出す。

 にゃびは何度も何度も、コポトを振り返った。


 暫く歩いていると、ルナが「あっ」と声を発する。


「どうしたの?」

「うん……外れたの。従属の首輪が……あいつ、死んだんだわ」


 主に強制的に従わせる首輪。

 魔法によって制約がなされたこの首輪は、術者が解除魔法を使うか、術者より強力な魔力の持ち主によって解除して貰うか、もしくは制約の対象者──つまり主人が死ねば、外れる。


 この場合、解除魔法を使った者がここにはいないので、主人が死んだという一択しかない。


「これで君は自由だ。よかったね」

「うん……ざまぁみろっての」

「おいにゃの手で殺してやりたかったにゃ」


 にゃびのその言葉は、きっとルーナも思っていることだろう。

 喜ぶわけでもなく、二人は黙々と歩きだす。


 しばらく進んだ所で、大量のスライムが何かに群がっているのが見えた。 

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