繁華街の探偵兄妹

如月二十一

ある冬の一幕

 雪が振り始める、冬の夜の繁華街。

 

「もしもし、お兄ちゃん。がっこ終わったから迎え来て……うん、カラオケ屋の近く」

 

 電話をしながら、一人の少女が大通りを歩いていた。

 

「人が多いの苦手だから、早めで。さっさと来てくんないとなんか奢らせる……文句言わない」

『おいこらちょっとま』

 

 通話相手が大声で何かを言いかけているのを無視して通話を切りながら、少女は大通りから路地裏へと入っていき、大勢の人が行き来し活発な姿を見せる繁華街の日の当たりにくい路地裏の壁によりかかる。

 

 黒のカバーに星やハートなどの女の子らしいシールが貼られデコレーションされたスマホを弄りながら、時折空いた手で長く伸ばされた艷やかな黒髪を撫でる。

 

 着ているブレザーは通っている高校のものだろうか。夜の繁華街の、怪しい路地裏にいるには少々不自然まであるその少女を、夜の街を根城にする男達は見逃さなかった。

 

「おい、あの子かわいくね?」

「やば、めちゃくちゃ美人じゃん。しかも一人かよ、イケんじゃね?」

「あんな路地裏に一人きりでいるってことは遊び慣れてんだろ、上手くやりゃあただでいい思いできるかもな」

 

 少女を眺めながら、6人の男達がひそひそと話をする。少女は一瞬男たちに目をやるも、また手にしているスマホへと目を落とす。

 

 6人組はそんな少女を標的に決めたのか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら路地裏へと入っていく。

 

「ねぇ、きみぃ、こんな夜に1人でこんなところにいるんだから、どうせ暇なんでしょ? だったら俺らと遊ぼうよ」

「楽しいところつれてってあげるぜ?」

 

 6人組の男のうち、鼻にピアスを開け、ドレッドヘアを金に染めた大柄の男と、黒髪に白のメッシュをいれたオールバックの男の2人が少女に話しかける。

 

「……」

 

 話しかけてきた男達を一瞥することもなく少女はスマホを見る。

 

「誰か待ってんの? 友達? あ、彼氏とか?」

「結構待たされてんじゃねぇの? ほら、そんな無責任なやつらほっといて俺らと遊んだほうが楽しいって!」

「……」

「……ちっ」

 

 何を言っても立て板に水な少女にむかつきを覚えた男達は少女を囲いこむように陣取る。

 

「嬢ちゃんよぉ、スカした態度してると痛い目見んぞ」

「……」

 

 ドレッドヘアがしびれを切らし、少女のスマホを持つ手を掴んだ。

 

「っ……!」

 

 思わぬ痛みに力が緩み、少女の手からスマホが滑り落ちる。空いた片手でなんとか拾おうとするも落ちたスマホをオールバックが蹴り飛ばし、ドレッドヘアが掴んだ少女の手を捻り上げる。体格差から若干少女が浮き上がる形となり、それまで一切向けられていなかった翡翠色の瞳が初めて男達を鋭く見据えた。

 

「いい加減にしろよ女ぁ……てめぇここでひん剥いてやってもいいんだぞこっちはよぉ?」

「そーそー、だってぇのにそんなつれない態度取っちゃってさぁ……悪いの君だよ?」

 

 そんな男達に対し少女は何も言わず、ただ無言で睨みつける。光のない、感情の見えない冷たい瞳に睨みつけられたドレッドヘアは思わずたじろいだ。

 

「……」

「な、なんか文句でもあんのか!?」

 

 それでも尚口を開かない少女に怒りがピークに達したドレッドヘアがその左拳を振り上げたときだった。

 

 高速で小型の何かが飛来し、ドレッドヘアの後頭部にクリーンヒットした。

 

「っだぁ!?」

「……」

 

 後頭部に硬い何かがぶつかった痛みで掴んでいた少女の手を離すドレッドヘア。自身の手にぶつかった何かを見やると、それはブラックコーヒーの缶だった。他の三人が飛来してきた路地裏の入り口を見ると、赤のジップアップパーカーを着、真っ白な髪色の男が傍らにコーヒー缶が大量に入ったレジ袋を置いてそこにいた。

 

「さぁ1投目きれいなストレートが決まりました。続いて2投目」

 

 白髪の男はそう言いながらレジ袋からコーヒー缶を取り出すと抱えるように握りしめ、片足を上げる。

 

「ーー投げたっ!」

 

 上げた足を踏みおろし、腰をひねって回転をかけながらその右手から2本目のコーヒー缶が投げられる。投げられたコーヒー缶は立ち尽くしていた男たちの1人の顔面に直撃し、男は鼻血を吹き出しよろめく。突如起こった出来事に混乱しているうちにまたもう1人投げられたコーヒー缶に直撃し倒れ込む。ようやく事態を飲み込んだ1人が目の前の白髪をどうにかしようと突進するがその間に4本目のコーヒー缶が投げられており、突進していた男の額にぶつかり足が止まる。足の止まった男の元に白髪は素早く近付くと開いた口にコーヒー缶を突っ込み、顎を思い切り殴り上げた。殴られた男の口からアルミ缶がへしゃげる音がし、口から大量の血とコーヒーを流しながら仰向けに倒れる。

 

 無傷の1人が白髪に正面からしがみつくが鳩尾に膝蹴りを受けて力を抜いてしまい、更にもう一撃蹴られ体が吹っ飛ぶ。残った2人が左右から殴りかかるも、白髪は繰り出された左手を受け流しながら右手を掴んで思い切り振り回し2人は衝突。ぶつかりあった片方は吹き飛ばされた勢いで壁に後頭部を打ち付け気絶した。

 

 右手を掴まれた男はふらつきながらも左手で殴りかかる。しかし白髪は繰り出された拳に合わせる形で自分も拳を出し、先に繰り出された男の拳は頬を掠めるだけに終わり白髪の拳は男の顎を捉え意識を刈り取った。

 

「ひぇっ……な、なんだよあいつ!?」

「どいてろ、俺がやる」

 

 及び腰で尻餅をつくオールバックを退けながら膝をついていたドレッドヘアが立ち上がり、先程投げつけられたコーヒー缶を拾い上げ、思い切り握りつぶしながら白髪と向かい合う。

 

「てめぇ良くもやってくれたな? なんだ、女の子助けてヒーロー気取りか?」

「いや流石に前時代的すぎるだろ。というかその女の子に睨まれてビビりまくってた奴にそんな強がられましても……」

「なめてんのかてめぇ!」

「それしか言えないのか?」

 

 握りつぶしたコーヒー缶を捨て、激昂したドレッドヘアは白髪に近付き、拳を振るう。豪腕が空を切り、重い風切音が路地裏に響く。ドレッドヘアの拳を避けながら、後ろへと下がる白髪。

 

「おらおらぁ! 逃げるだけかよ!」

「じょーだん」

 

 言うやいなや、白髪は足元にあったコーヒー缶が大量に入ったレジ袋を思い切り蹴り上げ、中身を空中にばらまいた。コーヒー缶が散乱し、そのうちのいくつかがドレッドヘアの全身に直撃する。へしゃげて中身が漏れ出したコーヒー缶がドレッドヘアの顔に飛んでいき、ドレッドヘアは咄嗟に両手を組んでガードしようとする。

 

 

 

「隙あり、ってな!」

 

 

 

 白髪は腕を挙げて視界を塞いでしまったドレッドヘアの膝に蹴りを入れ、体制を崩したドレッドヘアの鳩尾につま先をめり込ませる。あまりの勢いと力強さにドレッドヘアの巨体が空中に浮かび上がり、顔の前に構えていた腕をおろして、逆くの字に体を曲げたドレッドヘアの顔面に白髪の渾身の右ストレートが突き刺さった。倒れ込んだドレッドヘアの鼻からは血が流れ、折れた前歯が地面に転がる。

 

 

 

「K.Oってね」

 

 

 

 白髪が地面にのびたドレッドヘアを見下ろす。

 

「う、動くんじゃねぇぞ!」

「ん?」

 

 オールバックの声に反応し向き直ると、オールバックは先程の少女の首に腕を回し、ナイフを突き付けていた。

 

「こ、この女がどうなってもいいのか!?」

「なんちゅーテンプレな……」

 

 オールバックの行いに呆れ返る白髪。人質を取り有利な立場になったのは自分の筈なのに、人質を心配する様子すら見せない白髪の様子にオールバックはますます気を動転させる。

 

「い、いいのか!? 本当に刺すぞ!」

「って言われてもな……」

 

 オールバックの脅しに困ったような笑みを浮かべる白髪。白髪の反応に精神の限界が来たオールバックは叫びながらそのナイフを少女の首めがけて振り上げた。

 

 

 

 

 

「そいつ、俺より強いよ?」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、オールバックの股間に少女のブーツの足裏が突き刺さる。痛みに白目を剥き、ナイフを落とし力が抜けきったオールバックの腕を掴みまっすぐ伸ばすとその肘を自分の肩に置き、思い切り下へと力をかけた。ゴキリ、と嫌な音を立ててオールバックの左腕が下へと曲がる。更に少女は折った腕を引っ張って無理やり自分の前に立たせると、その首に足首をかけて地面へと引き倒した。

 

 

 

「うーわっ……やりすぎじゃね?」

 

 

 

 白目を剥いて口から泡を吹き、その左腕は曲がってはいけない方向へと曲がっている。正当防衛という言い訳が聞かないくらいに酷い姿となったオールバックを見て、白髪はそう呟くのだった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「全くよ、迎え呼んだんだったらせめてああいう分かりにくい路地裏じゃなくて表通りにいてくんねぇ?」

「人が多い所は苦手。煩いし夜だから眩しい」

「にしたってさぁ……」

 

 ぼやく白髪と、鞄を持ち横を歩く制服姿の少女。いささか違和感のある組み合わせにわざわざ声をかけるような人間は、夜の繁華街にいない。

 

「はぁ……それに、買ったコーヒー全部駄目になっちまったんだけど、どうしてくれんだよ?」

「それは自業自得。そもそも格好つけて蹴り上げなければ良かっただけ」

「あー……まぁ、それはそうだけどさ」

「第一、買いすぎ。まだ家にたくさん溢れかえるくらい余っている」

「あるだけ困んねぇじゃん?」

「私が困っている」

「それは……すまんとしか」

 

 困ったように頭をかく白髪を見て、ため息をはく少女。

 

「……いい機会だし、これからしばらくコーヒー禁止してみたら」

「俺に死ねというのか」

「うん。死ねば?」

「つっら……」

 

 並び歩く2人に、1人の男性が駆け寄ってきた。

 

「ごめん、そこの君達。ちょっと話を聞いてもいいかな?」

「はい?」

「?」

 

 駆け寄ってきた警官に振り返り、立ち止まる2人。

 

「ごめんね。ここ最近物騒だからさ、見回りしているんだよ。それで、2人も何か周辺とかで変わった事とかなかったかなって」

「はぁ……と、言われましても」

「……」

 

 白髪に警官から体を隠すように後ろに下がる少女。

 

「すいません、こいつ昔から警察がちょっと苦手でして」

「あー……普段話しかけられる事とかないしね。ごめんね、怖がらせる気はなかったんだ」

「……」

「おい、ちょっとは愛想よくしろって」

「いいよいいよ、無理させたい訳じゃないし」

「なんか、すみません」

「大丈夫。それで、さっきの話の続きなんだけど」

「はい。ここ最近変わった事ですよね……っつっても、別に何かあったこと無いしなぁ……」

「些細なことでもいいからさ」

「そうっすね……しいえて言うなら、不良グループが最近多いかなぁって感じる事が多いっすね」

「よく見る場所とかある?」

「いや、特にどこってのはないっすけど……やっぱ、路地裏とかじゃないすか?」

「なるほどね。やっぱり未成年の取締を厳しくした方がいいのかな」

「そうかもしれないですね」

「……まぁ、不良って話で行くと、お兄さんも不良にしか見えないけどね?」

「ははは……」

「まぁ、気を付けてよ。特にそんな目立つ格好してるとよく絡まれるでしょ?」

「……ノーコメントで」

 

 その後取り留めのない会話を交わし、2人は解放され帰された。

 

「あ、そうだ。1つ聞いていい?」

「はい?」

 

 警官が呼び止める。

 

「君とその女の子って、どういう関係なの?」

 

 

 

「「兄妹ですけど」」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 翌日。

 

 スーツに見を包んだ人が往来を行き来する繁華街の大通りを見下ろすビルの3階。入り口に『柊探偵事務所』と書かれた看板を下げている。部屋の中は応接テーブルと思われる机に、対面にソファが並べられており、どちらも高級そうな見た目をしており手入れも欠かさず行われているようで、汚れらしい汚れが見て取れない。また、部屋の左側には大型の棚が設置されており、様々な本やファイルが並べられている。

 

 そんな整えられ、きちんとした印象を受ける部屋には似合わないほどのダンボールが積まれており、開封された一番上のダンボールの隙間からは大量の缶コーヒーが覗き見えていた。

 

 また、『所長代理 柊憐』と書かれたプレートが置いてあるデスクの上には大量のファイルや書類、また空のコーヒー缶が散乱しており、そのデスクの主と思われる男は、デスクに足を乗せ、グラビア雑誌を顔に被せて寝息を立てていた。

 

 ラジオが小さな音量でニュースを流している中、がちゃり、と事務所の扉が音を立てて開かれ、一人の少女が事務所へと入ってきた。

 

 紺色のブレザーに同じ配色の鞄を持ち、長く、そして手入れされている事が見て取れる艶のある黒髪を持った少女は手にしていた鞄を応接用ソファの上に放り投げると、所長席へと歩を進め、男の顔に乗っていたグラビア雑誌を手に取る。

 

 少女は手に取ったグラビア雑誌を丸めると、軽く男の鼻先を雑誌で突き、続いてはその頭を何度か雑誌で叩く。

 

「お兄ちゃん、起きて」

 

 何度か叩くも男は鬱陶しそうに顔を顰めるだけで、起きる様子はない。少女はそんな男の様子に痺れを切らしたのか、雑誌を振り上げると男の額に一直線に振り下ろした。

 

「痛ぁ!?」

 

 気持ちのいい炸裂音が部屋に響き、驚いた男は衝撃で飛び上がり、その際にデスクの上に乗せていた足が乱雑に散らばっていた書類やファイル、空の缶コーヒーを床へと落としていく。

 

「……なぁ妹、起こすにしてももうちょい優しく起こして欲しかったんだが」

「お兄ちゃんがすぐ起きないのが悪い。そもそももう夕方になるのに寝ている方が異常」

「ごもっともで何も言えねぇや……」

 

 男は少女からグラビア雑誌を受け取ると、それをデスクの引き出しに仕舞い込んで立ち上がり、床に散らばった物たちを集め始める。

 

「優しい妹も手伝ってくんねぇかなー?」

「自業自得。もうちょっと片付けるって事を覚えたら?」

「お前それロジハラって言うんだぞ……」

「部下にハラスメント受ける上司とかウケるね」

「韻を踏まんでいい」

 

 少女は鞄を投げたソファへと座ると、鞄と手すりを枕にして仰向けに寝転がり、スマホを触り始める。

 

「制服シワになるから先に着替えてこいよ」

「めんどくさい」

「お前なぁ……」

 

 男は缶コーヒーの空を全てゴミ箱に詰め終えると椅子に座り直し、散乱していたファイルや書類を纏め始める。

 

 これが、この探偵事務所の日常風景だ。

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繁華街の探偵兄妹 如月二十一 @goodponzu2525

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