第14話 オロギラス 一匹目4
オロギラスが通った道を辿りながら森の中を進んでいった。
一日目は何とか騎乗したまま進めたがそのうち岩だらけの足場が悪い場所に出ると馬を降りて手綱を引きながら徒歩で進んだ。
オロギラスの痕跡は森の中だとハッキリと残っていたが岩場が増えるに連れて見えにくくなりやがて分からなくなった。それでも先頭を進むゴドウィンには何かが見えているようで、行く先々の地面の様子や木の枝等を観察しながら少しずつ進んでいった。
野宿をし、夜の見張りも交代で行っていたがこの森に入ってからずっとオロギラスはおろか小さな魔物すら遭遇しなかった。
「この森には何もいないのね。本当にオロギラスがいるのかしら?」
日が暮れ焚き火の前に座り食事を取りながらここ数日の不思議な森の様子を口にした。
「いますよ、確実にオロギラスが」
エミリオが熱いお茶を入れたカップを手渡してくれながら微笑んだ。
本当に眩しいほど綺麗な顔ね、ちょっと落ち込んじゃう。
「他の魔物がいないことこそが奴がいるという証拠です。我々はオロギラスの通った跡を追っていますからね、奴の匂いがするところには普通の魔物はあまり近寄らないのですよ」
「そうなの、だったら見張りは要らないんじゃない?」
私がそう言うと周辺を探りに行っていたゴドウィンが戻ってきて座りエミリオからカップを奪い取ってグイッとひと口お茶を飲んだ。
「全く出ないわけじゃないから見張りは必要に決まってるでしょう。それにオロギラス自体が戻って来ないとも限らんし。エミリオ、そっち頼む」
カップを奪われムッとしたエミリオが入れ替わりに見回りに向かった。
「もう四日目よ、まだ進むの?」
「えぇ、そろそろ奴のねぐらが近い。明日にも遭遇するかもしれませんので覚悟しておいて下さい」
えぇ……覚悟ってオロギラスと対面すること?それともアレになること?
「ねぇ、私ってあの時実際どういうふうになっていたの?」
確かポントゥスが何かやって……それからどうだったっけ?
「あぁ、あれは凄かった、目の前で見なきゃあの大猿が姫様だって誰も信じないだろうな。パッと光って吹き飛んでなんか、こう……むりむりむりってデッカくなって、ずもももも〜って感じだった」
可哀想に……ゴドウィンってそこそこ優秀なだけに表現力の稚拙さが痛々しいわ。
要するに段々と大きくなり毛も生えてきたって感じかな、はい、最悪。
「うわぁ……絶対に見られないようにしなきゃ……見られたくない」
私は両手で顔を覆うとズッシリとした重い気持ちになった。奴にバレたら終わりだ。
「アーネスト様なら大丈夫だろ、これまで色々な魔物を倒してきてる。猿くらいカワイイもんでしょ」
「大猿ね、っていうか別に、アーネストの事とは言ってない」
「じゃあ誰です?」
咄嗟に誰の名前も出てこず、固まってしまうが頭の中にはアーネストの名前しか浮かんでこない。ゴドウィンが意地悪そうな顔をしながらゴロリと横になった。
「先に休む、火の番宜しく」
図々しそうに振る舞っているが実はコイツが一番睡眠時間が少ない。戦いの場ではエミリオは魔術を操る繊細な作業が必要となる為いつもゴドウィンは体力を使うことを率先して買って出てくれる。
こういう優しさが女性にモテる一因なのかもしれない。まぁ、エミリオは見た目だけで女性はいくらでも寄ってくるが。
見回りを終えたエミリオが帰ってくると見張りを頼み私もその場で横になった。毛布を被り目を閉じて出来るだけ何も考えないようにし、焚き火で燃える木がはぜる音に耳をすませ小さく震える手をグッと握りしめた。そうしなきゃこんな状況で眠れるわけない。明日はオロギラスと対決だ。
数時間ごとに見張りを交代し、明け方は私が起きて見張りをしていた。エミリオが言った通りオロギラスの気配がするのか魔物や動物はやはり姿を現さず静かな朝を迎えていた。
それでも時々木々がざわめいたりカサカサ音がするのは風が吹くだけでなく小さな虫が動くせいだろう。魔物の気配は魔物の方が敏感に感じ取るのかもしれない。
私は魔物ではないが昨夜ゴドウィンに今日にもオロギラスと対峙するかもと言われその時が近づいている事を意識したせいかある方向が気になる。
ジッと見つめると何だか首筋がザワザワとする。ただの思い込みで気のせいだと自分に言い聞かせるが頭の中では間違いないと思ってしまう。
ここをまっすぐ行けばオロギラスがいる。
そこは薄い靄の中、遠くにぼんやり山の輪郭が見える。大した実力もない私が見たこともない魔物の気配が分かるはずもないのに何故か確信している自分がいて気持ちが悪い。
オロギラスの呪いのせいか、大猿になってしまう呪いのせいかよくわからないがこれまで魔物の気配とか感じた事は無かったので私の中の何かが変わってしまったのかもしれない。
これって良いことなの?そんなわけ無いか。
嫌な思いを振り切り湯を沸かして朝食の準備を始める。と言っても携帯食だからカップに入れた固形の固まりに湯を注ぐだけのものだ。栄養はあるが美味しくはなく改善の余地がある。
湯が沸く音で二人共目を覚ました。連日の野営で皆疲れが溜まってきているのか無言で支度をし簡単に朝食を済ませると焚き火を消す。
「さて、行くか」
何てこと無いようにゴドウィンが進む道はやはり私が思っていた方向だ。
野営をしたところは比較的
「どうやら見えてきたようだな」
ゴドウィンが何故か嬉しそうに言った気がした。
「姫様、お気をつけて。ここからは私が先を行きます」
私を挟むように前をゴドウィン、後ろをエミリオが守ってくれていた二人が入れ替わる。進行方向を見上げると岩肌がむき出しになっているところに一か所黒く影になっていて、近づくにつれそれが巨大な洞窟の入り口だとわかりゾッとする。
間違いなくこの中だな。
洞窟の奥からなんとも言えない気配が漂い中の空気が重い気がする。流石に馬は連れて行けず、入口付近に繋いだが馬たちも何か感じるのかソワソワと落ち着きがない。
エミリオが明かりの魔術具を取り出しグッと握ると暗く不気味な洞窟の中に投げ入れそれは光を放つと明るく周りを照らした。少し不気味さが和らいでホッとする。洞窟内も緩やかに上りの傾斜が続いているようで奥までは見渡せない。
「ここからはより慎重に、私達から離れず前に出ないで下さい」
エミリオの言葉に頷くと静かに足を進めた。ピンと張り詰めた緊張感を漂わすエミリオと違いゴドウィンが後ろからキョロキョロとしながらついてくる。
「どうしたの?」
小声で尋ねるとニヤリと笑い腰に帯びた剣に触れた。
「ここけっこう硬そうな岩盤だから思いっきり戦っても崩れないな」
「そんな事気にしてたの?」
「奴を倒しても洞窟が崩れたら元も子もないでしょう」
勝つ気満々のゴドウィンが眩しいよ。私は不安で震えそう……もう震えてるか。
「大丈夫ですよ、この『魔獣殺しビルギスタ』がある」
そう言って自慢気に腰の剣をポンポンと叩くがそれって本物なの?伝説じゃ龍も倒したとか言われてるけどそもそも真偽が定かじゃない。ゴドウィンが最近どこか外国から手に入れた逸品らしいけど嘘くさい。だけどコイツの腕は確かだから頼りには出来るからまぁいいか。
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