〖5分で読書〗告白タイムリープ

YURitoIKA

〘 告白タイムリープ 〙

 この地球ホシを丸ごと吸い込むくらい息を吸って、わたしは、愛を吐いた。


「あなたのことがっ、ずっとずっと好きでした!」


 ついに、言ってやりました。

 放たれた愛の弓。

 結果は如何に。


「はい。お疲れ様ー」

「ふぇ?」


 パン、と手を叩く音。その正体はわたしの目の前でがに股座りをしているマキちゃんでした。


「うんうん、六九回目にしてようやく上出来って感じだね~」


 なっはっはっ、と笑いながら、彼女はまた大きく手を叩きました。小馬鹿にされてるようで、なんだかムカつきます。


 ───思い出しました。

 そういえば、わたしは好きな人に告白したくて、でも一発で成功する未来ビジョンが見えなくて、それで友人のマキちゃんに練習相手をお願いしたのでした。


「上出来って……じゃあマキちゃんは告白したことあるの?」

「そりゃあ、どうだろうね」

「なにそれ。ずるいよ」

「ずるさは女の魅力の一つさ」


 やっぱり偉そうでした。

 とってもムカつきます。

 けれど、放課後にまでわたしの馬鹿馬鹿しい練習に付き合ってくれたことを考えれば、あまり強く責めることもできません。


 もともと、マキちゃんはこんな性格の女の子です。


「さ、頑張ってきな。気張ってけ」


 バン、とマキちゃんはわたしの背中を強く叩きました。脳みそが揺れました。


「うん。やってみる」

「あ、ちゃんとハンカチ持った?」

泣くことシツレン前提にすんなっ!」


 やっぱりムカつきます。


       ◇


 放課後。夕方。

 某県某市某町某中学校は今日も平和。日常を振り撒くお日様に今日も感謝して、わたしは廊下を歩いていました。


 わたしが好きな人。

 彼はバスケ部に所属している先輩。家が近いのでよく面倒を見てくれた、お兄ちゃんみたいな存在でした。


 バスケがとぉーっても上手くて。

 背が高くて。体格が良くて。

 キレイ好きで。料理も上手くて。


 憧れが恋心にジョブチェンジした、という、まぁ随分と王道なお話です。


 でも恥じることはないと思います。

 それがわたしの素直な気持ち。

 先輩のことが、好き。

 あとはそれを伝えるだけなのです。

 手紙で体育館裏まで呼び出したのだから、覚悟は決まってる。はずです。


 土台は充分。シチュエーションも充分。約束の時間まであと十分。


 わたしは駆け出した。

 九九パーセントの愛と、一パーセントの理性を胸に。


 で。

 転んだ。

 階段の。一番上。

 それはそれは『ズルッ』なんて漫画の擬音が空耳できるほどの、見事な転び具合。

 繰り返す。

 ここは。階段の。一番上。


 世界が何度も回転してから、わたしの視界は真っ黒のまま固定されました。


 死。


チクタクチクタクチクタクチクタク


 この地球を丸ごと吸い込むくらい息を吸って、わたしは、愛を吐いた。


「あなたのことがっ、ずっとずっと好きでした!」


 ついに、言ってやりました。

 放たれた愛の弓。

 結果は如何に。


「はい。お疲れ様ー」

「あれ」

「ん。どしたの?」


 ……さっき、ありえないくらいだっさい転び方をしたような記憶があるのですが。


「ここ、空き教室だよね。二年の」

「うん。そだけど。なに、告白したら記憶でも飛ぶヒロインって? 今時流行らんしょ」

「……そっか。いや、なんでもないよ」


 ───それから二回目になるような会話をして、マキと別れました。


「今度はスロープから行こう」


 安心安全無事故万歳。

 スロープで死ぬ馬鹿はいないでしょう。……ていうか、さっきの階段から落ちた夢はなんだったのでしょうか。居眠りをするほど寝不足ではないはずですが。


 腕時計を確認する。

 約束の時間まであと十分。


 わたしは駆け出した。

 九九パーセントの情熱と、一パーセントの煌めきを胸に。


 で。

 転んだ。

 それはそれは『ツルッ』なんて漫画の擬音が空耳できるほどの、見事な転び具合でした。

 夢に見たような、顔面から転ぶような姿勢ではなく、今度は背中からです。

 そして、思いの外勢いがあったようで、背中ではなく頭から地面に激突することになりました。

 骨が日常生活ではまず聞かないような音を立てて、わたしの意識は真っ暗闇に放り出されました。


 死。


チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク


 この地球を丸ごと吸い込むくらい息を吸って、わたしは、愛を吐いた。


「あなたのことがっ、ずっとずっと好きでした!」


 ついに、言ってやりました。

 放たれた愛の弓。

 結果は如何に。


「はい。お疲れ様ー」

「…………」

「ユキ?どしたの。急に黙って」

「わたし、行ってくる」

「あら決心が早いこと」


 わたしは駆け出した。

 九九パーセントの慈愛と、一パーセントの母性を胸に。


 で。

 転ば、ない。

 慎重に、階段を歩く。


 なるほど。どうやらワックスが掛けてあったようだ。こんな危ないところにワックスを掛けるなら、封鎖するなり注意書きするなりしてほしいところだ。


       ◇


 指定場所である体育館裏には、もちろん体育館を経由するのが一番早いのですが、体育館は部活動中であるため閉めきってあるので、別に立ち入り禁止というわけではありませんが、校庭ソトから遠回りすることにしました。


 廊下を真っ直ぐ進んで、下駄箱を抜けて、校庭へ。夕日に照らされるグラウンドと、その上を駆けるサッカー部や野球部の姿は、どこか風情を感じます。ロマンチック、とはこのことを言うのでしょう。


 いつしかその光景に見惚れてしまっていたようで、立ち止まってしまいました。ハッとして時計を確認すると、約束の時間まで残り八分ほど。


 わたしは駆け出した。

 九九パーセントの純粋と、一パーセントのロマンを胸に。


 で。

 聞こえた。


「あーッ!、危ないッッ!」


 あーもうわかった完全に理解した。

 これはあれだ。ボールが飛んできて脳天直撃するやつですね。


 たぶん、避けられない。

 だからわたしは、目を瞑って、ゆっくりと自らの死を覚悟しました。


 ゴツン。

 鈍い音。

 それは決してボールの当たった音ではなく。もっと固くて。もっと鋭利なモノ。例えば、スパイクとか。


 わたしの命にアディショナルタイムは無かったようで、すぐさま意識は闇に消えてしまいました。


チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク


 次はバスケットボール。


チクタクチクタクチクタクチクタク


 次はラジコン部のラジコン。


チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

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チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク


 次は理科室で有毒ガス発生

 偶然通りかかったわたしもお陀仏。


チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク


 テニスボール。


チクタクチクタクチクタクチクタク

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チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタク………………


 この地球を丸ごと吸い込むくらい息を吸って、わたしは、飲み込んだ。


「…………」


「ん。え、あれ。どしたのユキ。なぜ言葉飲み込んだし」

「今日、やっぱ帰る」

「えぇ! なんでさ! あたしにここまでやらせておいてぇ?」

「それはごめんだけど、今日は駄目なの」

「なんでぇ」

「なんでも。わたし死んじゃうもん」

「もーぅ失恋くらいで人は死にゃしないよ」

「違うの! とにかく帰るからぁ!」


 ごしごしと涙をブレザーの袖で拭いながら、わたしは空き教室を飛び出しました。


 なぜか。

 理科室の前を通っても。

 階段を下りても。

 校庭の前を駆け抜けても。

 わたしが死ぬことはありませんでした。


 そうか。神様はきっとわたしに告白させたくないのでしょう。


 この恋はきっと叶わないから。

 そうなんだ……。そうなんだ。


       ◆◆◆



「八九回目にしてようやく上出来って感じですかね。せ、ん、ぱ、い?」


 マキは言った。

 私は首を縦に振った。

 そして、彼女は舌打ちをした。


「部外者であるあたしからすれば、こんな茶番劇見たこと無いですよ。告白されたくないからって何度も何度も時間を戻してあれこれユキを邪魔して。以降はあたしだけじゃなくユキも記憶を保持できるようになったみたいで、事態は余計ややこしくなるし」


 そうだ。

 最初こそあらゆる手を使って彼女から逃げていた。しかし、『彼女が追いかけてきて絶対に告白される』という歴史に収束される。


 六九回目以降はバタフライエフェクトが重なりすぎて、今度は『彼女が告白できずに絶対に死亡する』という歴史に収束されてしまう。


 時間を繰り返す。

 それがどんなに危険な行為なのか。

 私は甘く見ていた。


 幾多ものタイムリープを重ね、ようやく彼女が生きたまま告白を諦める世界に辿り着けたわけである。


 告白を、されたくない。

 その一心でタイムリープを続けた。



「どうしてそこまでするんですか」


 百回は優に越えるタイムリープ。


「─────」

「彼女が告白したら、どうなっちゃうんですか。それは、最悪な未来を知ってるからじゃないんですか」

「それは───」


 マキは私の答えを真剣な眼差しで待っている。それは気になるだろう。

 こんな馬鹿げたタイムリープに、一体全体どんな意味があったのか。


「…………」


 沈む、空気。

 静寂。

 私はゆっくりと口を開いた。


「だって、恥ずかしいじゃん」

「は────」


 言った。

 私の、素直な気持ち。


「いや告白とかむりむり。するのもされるのもムリムリムリムリ。死ぬわ。しぬしぬ」

「…………」


 やばい。マキがぷるぷると体を震わせている。これはキレる二秒前、といったところだ。


「あんたは……そんなくっっだらない理由でユキの覚悟をぉ…………ッ」

「あ、私そろそろ帰らなきゃ」

「いい加減男のくせにその『私』呼びもムカツクんだよなぁ……女々しいったらありゃしない」


 完璧に地雷を踏んだようだ。

 今。どんな兵器やお化けより彼女が恐い。


 と。

 彼女は私の持っていた懐中時計を乱暴に取り上げると、黒板に向かって思い切り投げつけた。


「お、おいっ! おじいちゃんの大切な古時計だぞ!」


 そして、タイムリープのカナメでもある。


「こんなもんに頼らず、あんたはさっさと告ってこいやッッ!」


 ドがつくほどの正論である。

 でも。それができないからここまでタイムリープを繰り返したんだ。


 それにしても……ユキの覚悟、か。

 確かに。彼女だって勇気を出したんだもんなぁ……。

 ………………。

 ……………、……っ。


「わかった、告る」

「おせぇよ」


 激、正論である。


「でも、一発で成功する未来ビジョンが見えないから、練習頼めないか」

「─────」


 マキの様子は激怒を通り越して呆れるあまり無表情、といった感じだった。

 彼女は大きな溜め息をついてから、「まぁ」と切り出した。


「百回越えのタイムリープよりかはマシですから。いいですよ。付き合ってあげます。乗りかかった船、というよりかは乗りすぎた船ですから。沈没するまで手伝ってあげます」

「本当か」

「本当です」


 持つべきものは友だと思った。


「そうと決まれば、そろそろ学校の完全下校時間になりますから、一旦家に帰ってからあたしの家に集合しましょう。今夜みっちり練習して、明日には告白かましますよ」

「え、明日なのか」

「ユキの覚悟をみてよくそんなこと言えますね。急がば回ってる暇なんてないんですよ。急がば突き進めです」


 正論半分暴論半分、みたいな。


「わかったよ。行こう」

「まったく」


 私はマキに手を引かれて、空き教室を出ていった。


 ───思い出せ。

 私はユキの兄貴分はずだ。

 お兄ちゃんが妹に先を越されてどうする。


 私はマキと共に駆け出した。

 九九パーセントの愛と、一パーセントのオトコを胸に。


 で─────


       ◆◆◆


「まっさかただの温情で百回ものタイムリープに付き合うわけないじゃないですかあ」


 暗闇の教室。

 夜の学校の静寂を破ったのは、


「あったあった」


 先輩の忘れ物───懐中時計を拾い上げて、にやりと笑う。無意識だった。


「諦めかけていたけど、我慢するもんだね。


 さて。

 先輩があたしの家に来るまで、まだ時間はある。


「ユキぃ。先輩はだから」


 時間はある。

 今日の夜、たっぷりと。

 今日の夜、たっぷりと。


チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタクチクタクチクタク

チクタクチクタク────────

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