文芸部、甲子園を目指します!
智代固令糖
高校最後の部活動
「——俺、船口司は! この甲子園で絶対に入賞してみせる!」
「無理ね」
「無理だな」
「お前らには血も涙もないのか!」
エアコンのない教室は最近雨が多いせいか、外と同様に湿っぽい。一台の業務用扇風機は教室中を涼しくするにはいささか力不足だ。
そんな教室で意気揚々と宣言する俺を軽く捻る二人の部員。
恋愛ものとラブコメを延々と読み漁る俺の幼なじみ、本条楓。
ミステリーをこよなく愛する高一からの親友、佐々木陽介。
「あのー、質問があるんですけど……」
そして、端っこにちょこんと座っている顧問の先生。
みんなと仲良くしたいのに近づくことができない先生を俺たちは愛称でハリちゃんと呼んでいる。
「文芸部が甲子園には出れないと思うんだけど……」
至極真っ当な質問だ。
甲子園といえば文芸部だよねー、なんて言う人は一人もいないだろう。
『文芸部? あー裁縫が得意なの?』なんて言われることもあるぐらいだ。ちなみに経験済み。
「これですよ、これ」
教室内に一つだけあるノートパソコンを先生に見せる。
「カクヨム甲子園?」
「説明しよう! カクヨム甲子園とは——」
「まぁ、簡単に言うと高校生限定の小説コンテストですね」
「ですねっておい! この泥棒!」
司は説明が回りくどいのよ、と呆れた顔で楓は俺を見る。足を組み、ふんぞりかえっている様子はさながら女王様だ。
「それでこの小説、どこの作品をパクったんだ? 素直に白状しろよ」
「陽介が貸してくれた『猿でもできる小説の書き方』を参考にしたんだよ」
眉間に皺を寄せた陽介はなんとも言えない顔で、俺が書いた小説を見る。
「……一行目のインパクトが薄い。後、状況説明が長すぎてしんどい。一人称なのになぜか見えるはずがない状況を分かっている。こいつはおそらく、超超普通の高校生で千里眼の持ち主ってところか」
「ごめん、全然違う」
俺は殴り書きしたプロットを陽介に見せる。それを覗き込むようにして、楓も見る。先生は……何かに感心している様子だ。もしかしたら、先生は千里眼の持ち主かもしれない。
「プロットは完璧だな」
「面白そうじゃない」
「……俺、もしかして褒められてる?」
幾度となく浴びせられてきた指摘にほんの少しの賞賛。俺は小さくガッツポーズをする。
「でも、書き起こすとダメになるんだよな」
「読み切るには精神を削る必要があるわね」
「……」
「か、書き切ることは大切だが、推敲はしろよな」
「したよ、結構した。誤字脱字とか」
「後半部分、わけがわからないんだが」
「あれだよ、深みを持たせたんだよ、深み」
「一周回って深すぎだ」
厳しいツッコミをする陽介はプロットを机の上に置き、両手を合わせて軽く目を瞑る。
「安らかに成仏してください」
他の二人もそれに合わせるように、軽く黙礼する。そんなに俺が書いた小説がひどいのか……。
明らかに肩を落とした俺を見て、楓は尋ねる。
「というか、何でいきなりコンテストに出場しようとか思ったわけ? いつも自己満足のために書いてる司が」
確かにそうだ。俺はいつも自己満足のために小説を書いている。たまに二人に見てもらって、少し厳しい感想をもらって満足していた。
だけど、俺は……
「俺は高校最後の部活動で何かを成し遂げたいんだ!」
前のめりになり、大声で二度目の宣言をする。二人と先生は何も言わずに俺を見つめる。
俺は密かに野望を持っていた。
「文芸部だから切磋琢磨とか縁遠いかもしれないけど、俺は最後にみんなと目に見える形で何かを成し遂げたいんだ」
運動も勉強も得意じゃない俺が唯一やり続けている小説で何かを成し遂げたい、それもみんなで。
だって、俺が今小説を書いてるのも、今学校が楽しいのも、全部文芸部のみんながいたからだ。
体育系や音楽系の部活には大会がある。そこに向けて一生懸命努力したり、泣いたり笑ったりして友情を深めていく。そういうのに、少し憧れていた。
でも、文芸部の俺がそんなこと望むのはおかしなことだと少し躊躇いがあった。
「俺は一人だと何もできない。何も無い。だから……」
俺は立ち上がり、深く頭を下げる。
「頼む、俺と一緒に最高の物語をつくってほしい!」
目をぎゅっと瞑る。扇風機も役に立たず、汗が額から鼻先へと流れ落ちる。
暑苦しいだろうか、二人の顔を見るのが怖い。
そんな沈黙を叩き切ったのは陽介だった。
「まぁ、俺と本条さんが監修すれば入賞は間違いないだろうな」
俺が顔を上げると、陽介は照れ臭そうに目線を逸らす。
「いいのか?」
「最後ぐらい、文芸部が青春してもいいだろ?」
「陽介! ありがとう!」
陽介の腰にしがみつく俺。離れろと俺の顔を手で押しのけようとする陽介。
「そこイチャイチャしない! 本当に司はバカなんだから。司には何も無いって? 司にはその情熱と根性があるじゃない」
「楓……いや、楓様!」
抱きついたら殺すからと殺意の眼差しで見つめる楓、身の程をわきまえて静止する俺。
「やるなら、最高の作品に」
「狙うなら、大賞一択だから」
俺たちは目配せで確認し合う。
「ありがとう、本当に……」
「泣くのはまだ早いぞ」
「泣いてねぇわ」
「なんかこの部屋暑くない?」
「先生も出来るだけサポートしますね」
「先生、相変わらず遠いですね……」
この何気ない会話がいつも俺を安心させてくれる。
「じゃあ早速、俺が書いたストーリーを軸に物語をつくるか!」
「「それは却下で」」
へこむ俺に笑う二人。こうして、初めて三人で意見を出し合い小説を書いた。
読書好きの二人とあまり本を読まない俺は意見が食い違うことも多々あった。
ジャンルやキャラ設定、起承転結か序破急。俺が全然意識していないことを二人で争っていたりした。
「何で今まで教えてくれなかったんだよ」
「司は……どちらかと言えば天才型だから。型が無い方が逆にのびのび書けるかなと思って」
「なるほど、俺天才型なのか」
「ちなみに、佐々木は褒めてないから」
「???」
それでも同じ時間を長く共に過ごしいた仲だからか、うまく折り合いをつけて物語は完成させることができた。
五月下旬ぐらいから始めた共同作業は七月上旬には仕上がった。
六月には期末テストも重なっていて、一時期かなりピンチに追い込まれていたがそれも三人で乗り切った。
「テスト一週間前だけど当然暗記科目にはもう手をつけているよな、司クン?」
「……全く手をつけておりません」
「おい、中間テストであれだけ悔やんでたよな。もっと早く勉強すれば良かったって」
「まぁ、どうせ司は数学も理科系も理解できていないんでしょ。私は完璧だけど」
二人の圧が怖い。だが、俺がここで挫けてはいけない。文武両道は青春への前提条件だ。
「お願いします神様仏様、俺に勉強を教えてください」
陽介の右腕を掴み、上目遣いで涙目になる。これで落ちない男はいない。
気持ち悪いと腕を振り払い、部室へと早足で向かう陽介。
「赤点取られても困る」
——という、なんとも学園系でよくあるシーンがあったりもした。
そして期末テストが終わり十日が経ち、小説コンテストの応募日がやってきた。
いつもは俺が一番に部室に着くが、今日は二人が先に着いていた。先生は相変わらず端っこにいる。
扇風機はうるさく、あまり涼しくない。
二人の表情はいつも通り涼しげだ。
「司、緊張してるだろ」
「めっちゃ緊張してる。陽介は余裕そうだな」
「……ま、まぁな!」
「えー、もしかして緊張してるの佐々木? 昨日までの自信はどこにいったのよ」
「そ、そういう本条も実は緊張してるんだろ?」
「はっ、はぁ? 全然余裕ですけど!」
陽介は両手を腰に当てて教室内を歩き回り、楓は教室から見える澄んだ青空を見上げて右足でかなり早めのリズムをとっている。
「もしかして……緊張してるのか? 二人とも?」
「「してない!」」
息ぴったりの二人に俺は思わず笑ってしまった。だって二人の焦った顔は部活動を通して一度も見たことがない。
俺はそれが嬉しくもあった。
「司が投稿ボタンを押してくれ」
「俺が? いいのか?」
「私も異論はないわ。司が始めたことでしょ、終わりも司じゃなきゃ締まらない」
「まぁ、司が書いたのは最後のほんの三行ぐらいだけどな」
「五行だ!」
威張ることでもないけれど、ここはしっかり事実を認識してもらわなければ。
……本当に申し訳なく思ってます。
「まぁ、その五行がこの作品の一番のポイントっていうのも事実だけどな」
「陽介……お前ってやつは……」
「なんだよ、その目は……キモチワルイ」
「そこ、すぐにイチャつくな」
「イチャついてない」
「俺たちはラブラブだろ?」
「キモ」
「もうこの風景を見られるなくなるんですね、先生はちょっと寂しいです」
先生がハンカチを持って涙ぐんでいる。なんだか今日は少し近くに感じる。
やばい、なんか俺も泣きそうになる。
俺は首を大きく横に振り、両手で自分の頬を叩く。顔の火照りがバレないぐらいに強く。
「よし、それじゃあ押すぜ」
右腕をめいいっぱい天井に向かって上げ、勢いよくノートパソコンのエンターキーを人差し指で叩く。
軽快な音と同時に先生の、お疲れ様です皆さん!という一言で俺を含め三人はドスンと硬い椅子にもたれかかった。
「何笑ってんのよ」
「楓もな」
「マジで疲れた」
「とか言う陽介もニッコニコだな」
「うるせぇ」
俺たちは高校最後の部活で、かけがえのない思い出をつくることができた。
俺はきっと辛い時や悲しい時にはこれを思い出し、人生で一番の思い出は何ですか? という問いにはこれを答えるのだろう。
それが二人も一緒ならすげぇ嬉しい。
「ファミレスで打ち上げしようぜ」
「「ごちになります」」
「そこは仲良く割り勘だろ?」
文芸部、甲子園を目指します! 智代固令糖 @midori3101
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