第2話 予鈴と本令

 水族館デートの次の日。学校の教室にて。

 

「ウソ!? 黒川くろかわ先輩をフッたの!? はな!?」


 月曜日の朝のホームルーム前、私は友達の玲奈れなに昨日のデートについて、シンプルに報告した。


「うん」

「なんで!?」


 そんなの決まってんじゃん。


「つまんなかったから」


 私が素気なく言うと、玲奈が信じられない、といった感じで詰め寄ってきた。


「なんでそんな、もったいないことしてんの!?」

「えぇ~ん? そうかなぁ?」

「そうだよっ!! サッカー部のイケメンエース!!」

「うんっ、うんっ」

「付き合いたい女子は数知れず!!」

「うんっ、うんっ」

「告白した女子は数知れず!! フッた女子数知れず!!」

「うんっ、うんっ」

「そんなイケメンからデートの誘いを受けてんだよっ!? しかも3回!!」

「ひゃっ! や、やめてよぉ~、は、恥ずかしいっ……」

「わ、私の前で可愛い子ぶるなっ! 通用しないからねっ! この腹黒悪魔系女子!!」

「ちょい、なにそれ、全然可愛さの欠けらもないじゃん」

「ふんっ、あんたは昔っからそうでしょうに」

「む~っ」


 私は小悪魔可愛い系だっつうの。たく、中学からの幼馴染は何もわかっちゃいない。ムカつくので、上目づかいで拗ねてやった。ちょっと頬をふくらませて。すると玲奈はあきれ顔で、小さくため息を付いた。


「ほんと、なんで男子はこういうのに引っかかんのかねぇ~」

「可愛いですから」

「自分で言うなっての」


 玲奈はそう言うと、苦笑交じりに聞いてきた。


「でっ、華は高校でも誰とも付き合わないと?」

「ん? そんなわけないでしょ。すごく付き合いたいよっ。イケてる男子とさ」


 私がずっと掲げている彼氏の基準。


「イケてる男子ねぇ~。華のイケてる男子基準は曖昧で、なおかつ高いからなぁ~」

「そんなことないし。そのなに? あっ、この人ちょっとイケてるかもっ、って感じるくらいで良いわけだし」

「だからそれが曖昧で高いっての。それにだよ、あんた、ちょっとイケてるって思っても、ことごとく男子フってるでしょに……」

「むっ……、それはデートしててさ、あっ、こいつやっぱイケてないなぁ~、って分かっちゃったから、そうなるだけ」

 

 昨日の黒川先輩もそう。私の足をいやらしく見たり(ミニスカワンピ着なきゃよかった)、写メ撮るとき肩に腕をまわしてきたり(肌と肌が触れたのマジ最悪)。

それにさ、せっかく水族館に来たのに、水槽ゆっくりと見れなかったんだよ。キレイな熱帯魚、ジンベイザメ、マンボウ、あっ、それにペンギンやイルカetc 黒川先輩は私と一緒に映ってる写メを撮ったり、部活動の成績自慢とか、私のルックスやファッションを褒めたり、などなど。私へのアピールばっかでさ。悪い気はしなかったよ、黒川先輩はイケメンだし。

 でも……、一緒に水族館デートを楽しむ、といった雰囲気ではなかった。


 私の気持ちはずっと気をはってばかり。しまいには疲れちゃって。


 イルカショーを見ていて、表向きには楽しそうにしてたけど。心の中は、沈んでいた。


 だから、今もすごく印象に残ってるの。


 鈴木くんがすっごく楽しそうに笑って、イルカショーを見ていた、あの輝いている表情がさ。

 私の視線が自然に動く。経壇の近くにある玲奈の席から、目線を後ろの席の方へ。そこにぽつんといる、鈴木くん。


 予鈴は鳴っていないのに、きちんと自分の席に座っている彼。おっとりした表情で、スマホを眺めている。



 ふと耳に聞こえた玲奈の声に焦った。


「えっ!? な、なに?」

「いや、だからさ。とりあえず付き合ってから、良いか悪いか判断したら? って言いたいの。付き合うためのハードル高すぎたらさ、高校でも一生彼氏できないよ、華」

「むっ、そんなことない。私は絶対高校で、イケてる彼氏を捕まえるっ」


 そのために私は、小悪魔可愛い系女子を磨いてきたんだから。玲奈は、腹黒悪魔系って言ってるけど。


「はぁ~……、華、あんたそんなことばっか言ってるとさ、イケてる男子を次々に逃がしちゃうよ」


 そう言ってから、玲奈が意地悪く笑う。


「しまいには、全然と付き合うことになるかもよ。例えばあいつとか」


そう言って指さした。その先にいたのは、


「名前は、なんだったかな……、えっと……」

「……鈴木くん」

「あっ、そうそう、鈴木。あはは、名前もイケてない。華、よく覚えてたね」


私の中で、ちくりと何かが痛む。なんだろう、このどこか嫌な気持ち。


「……、男子の間口は私、広いですからねっ」

「ぷふっ! あははっ、うける」

「…………、私が鈴木くんと付き合ったら、もっとウケるんじゃない?」


 玲奈の笑い顔が、一気に驚きに変わる。


「はいっ!? な、何言ってんの華!? あんなイケてない男子、範囲外でしょ!?」

「とりあえず付き合ってから、良いか悪いか判断したら? って言ってなかったっけ?」

「だからって、あんなモブ系男子と―――」


 キーンコーン、カーンコーン。


 予鈴が鳴る。


「あっ、私、席戻るね」

「ちょ、ちょっと華!?」


 私は手のひらをフリフリしながら、


「冗談だよ、冗談」


 と、自分の席へ向かう。


 後ろの方の席へ。


「よいしょっと」


 椅子に座って何となくホッとする。そして、私は少し気持ちが高ぶっていた。


 私、玲奈に何言ってんだろ。


『付き合ったら、もっとウケるんじゃない?』


 隣にいる鈴木くんは、今もスマホを眺めている。ほんわかした表情。童顔のせいか、中学生にも見えなくもない。耳にうっすらかかった短めのストレートの黒髪は痛みもなく艶があり、染めたり、パーマをあてたことないんだろうなぁ、と感じさせる。ほんと、モブ系男子と言っていい。

 

 でも、私は知っている。鈴木くんは―――、あっ。


 スマホを見ていた鈴木くんが小さく笑った。ほんとに小さな笑いだった。でも、すっごく楽しそうに笑ったの。その表情は輝いていて。イルカショーを見ていたあのときと同じ表情だ。


 そのとき、鈴木くんがこっちを向いた。


 あっ、しまった、ちょっと見過ぎたかも。心音が、少し慌ただしい。


 不思議そうに、どこか気まずそうにしている鈴木くん。


 私は、冷静を装いつつ、小悪魔可愛い系で、


「おはよっ、鈴木くん」


 と、挨拶をした。


 鈴木くんは驚いて目を丸くしている。だよねっ、今まで挨拶なんてお互いしたことなかったし。


 ただの隣同士。それだけだった、今までは。


「お、おはよ、い、一条さん」


 そう言って、ぎこちなく笑う鈴木くん。私も、ニコッと笑う。鈴木くんの顔がほんのり赤くなったのがわかった。


 ただの、挨拶だけになるはずだった。


 カチャン!


「わわっ!?」


 鈴木くんがスマホを落とした。


 あっ、しまった。鈴木くんには小悪魔可愛い系は刺激が強すぎたか。


 私は笑いを押えつつ、拾ってあげる。ちょっとした罪滅ぼしだった。でも、そんな思いは一気に吹き飛んだ。スマホの画面に目を奪われる。


 これ! イルカショーのだっ!!


 映っていたのは、2匹のイルカが同時にジャンプし、水面から飛びあがっている画像だった。確か、クライマックスのジャンプだ。すごくキレイで、カッコよくて、可愛かった。いつのまに撮ってたんだろ。いや、そんなことよりも、


「ほしい」


 自然と出た言葉だった。だって、私、黒川先輩と見てたときは、全然写メ撮れなかったから。

 

「良いよ」


 えっ?


 優しい声音に、目線がいく。


 鈴木くんが、ふわりと笑んでいた。とても自然な笑みに、胸がなんだか熱い。鈴木くんにスマホを返すと、


「一条さん、スマホ持ってる?」

「あっ、う、うん」


 自分のスマホを取り出した。


「これ、僕のアドレス」


 チャットアプリのQRコードを差し出してくれていた。


 私の頬がじんわり熱くなる。鈴木くんが、こんなグイッとくるとは思ってなかったから。

 でも、それは鈴木くん自身もそうだったらしい。彼の目が何かに気づいたように、丸く見開いた。


「あっ……、ご、ごめん!? い、一条さん、その、こ、これはつい、勢いで!? ま、間違っちゃって!?」

「………………」


 間違いじゃないよ。


 ピコン。


「いっ!? 一条さん!?」

「ありがとっ」


 私は可愛く笑う。そして、


 ピコン。


 鈴木くんのチャットアプリに、私のスタンプが表示された。イルカがジャンプしてる、可愛いスタンプ。


「写メ、送ってねっ。鈴木くん」


 キーンコーンカーンコーン


 本令が鳴り、少しの間の後、先生が教室に入ってきた。


 私はさっと前を向く。スマホはカバンへ。


 鈴木くん、ちゃんと送ってねっ。


 隣を見るのは気恥ずかしくて、心の中でそう願うだけにした。


 号令の掛け声。起立、気をつけ、礼。


 いつもの何気ない高校の日常だけど、今日の私の心は楽し気に弾んでいた。

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