炉端焼き

近藤礼二

愛憎

人間、生きていれば様々な物に触れる機会がある。


 たとえば、あまりにも美しい風景。早朝、木々が生い茂り、雲一つない朝もやがグラデーションを見せる透き通った空、それを煌びやかに照らす新鮮な朝日と早起きした子供の声、コンクリートの街並み。半月の夜明け、凪の中独り佇む、海の前。休日の朝、お洒落で静かなカフェのテラス席で、四季折々の風景を見ながら飲むコーヒー。春は白のtシャツに洗いがかかった綺麗なデニム。夏には入道雲と青空に映える鮮やかなワンピース。秋にはパーカーと薄手のコートで大人っぽくしてみたり。冬にはお気に入りのメルトンコートでホットコーヒーを頂く。そんないつも私たちに気づかれないように寄り添ってくれる小さな幸せ。温かくて大切で。見つけた時には美味しいクッキーを食べたようなほっこりした幸せな気分にしてくれる。そんな小さな幸せを私はとにかく大切にしたいと思った。きっと見つけてあげるにはいつも私にとってのクッキーやビスケットを意識してあげないとダメね。


 人間、生きていれば様々な物に触れる機会がある。


 たとえば、大切な人がなくなってしまう瞬間。それはとてもとても悲しくて辛くて。どうしようもないほどどうしようもないほど辛い瞬間。今まで積み重ねたものが悲しく見えて、これからの人生が空虚に感じられて。とにかく苦しくてでもどうしようもなくて。どうしようもないまま大切な人の死に向き合わなきゃいけなくて。くるしいかなしいくるしいかなしい。人生の底を思いっきり感じてしまうようなそんな瞬間。あまりにも苦しいその瞬間。どうしようもできないその瞬間。その瞬間がいつか綺麗なものになりますように。いつかあなたがその出来事と向き合えて、その人との思い出が幸せなものになりますように。


 私の好きな作品の名セリフを添えます。「今日の悲しみが明日の出会いによって幸せなものになりますように」

 きっといつか向き合える。あなたならきっとできる。大切で綺麗な思い出を大事にしましょうね。


 人間、生きていれば様々な物に触れる機会がある。


 たとえば、お洒落なカフェに友達と行った。というSNSの投稿。今日はショッピングにいって買いすぎちゃったと添えられたブランド品の投稿。好きなアーティストのライブの投稿、細くて綺麗な女の人の投稿、お洒落でお金持ちの彼氏持ちの投稿。善意に満ち溢れた笑顔いっぱいの投稿。死んだ人間を追悼する投稿。ゲロを吐きそうになりながらも生きる人間の苦しみに満ち溢れた投稿。投稿に寄せられた誹謗中傷を批判する投稿。そして死ぬ人間。苦しむ人間。憐れむ人間。蔑む人間。矮小な人類。酷く欠如した人間としての正しさ。正しさとはなんだ。正しさとはなんだ。正しさとはなんだ。正しさとは何だ。正しさとは、何だ。


 私が伝えたいのは、自分らしく何にも縛られないで生きてほしい、ということです。

 SNSが発達して様々な有名人や綺麗なアイドル、カッコいい俳優、成功したインフルエンサーなどを簡単に見られる時代になりました。養老先生の本でもありましたが、人間はひとつの共通正解を求めてしまう常識性があります。SNS等で理想の彼女や理想の彼氏、理想の自分や職場環境。それらは自分の価値観とはまた別に存在していて、あたかもそれを達成すれば幸せになれると思いがちです。もちろんそれが本当に幸せな人も沢山います。

 でも、一度自分の心の声を聴いてみて欲しいのです。そういった自分の中にある共通正解は本当に自分を幸せにするのか、と。

 様々な幸せが可視化されたように見える世界であなたの本当の心としっかり向き合ってみてください。今のあなたは、本当に幸せですか?


 生きていれば様々な物に触れる機会がある。


 たとえば、大切な人が亡くなる時だ。それはとても悲しいもので、苦しいもので、出口が見えないくらいトンネルの中でただ一人取り残されたような感覚になるもので、とにかく孤独でとにかく誰とも会いたくなくて、とにかく独りでいたくてとにかく泣きたくて、とにかく悲しい。とにかく苦しい。そんな中私達に寄り添ってくれるのは流れゆく時間と芸術作品、美味しいご飯に、残された大切な人たちです。悲しくて苦しい気持ちも分かります。どんなに辛くて泣きたい気持ちも分かります。どうしようもなくてとにかく泣きたくて、泣きたい気持ちも痛いほどに分かります。そんなときこそクッキーやビスケットを探しに行きましょう。時間に身を委ねましょう。あなたのキスを数えましょう。


 美味しいご飯は、温かくて、優しくて幸せに気分にしてくれます。美しい芸術は明るい気持ちにさせてくれる作品だけでなく、辛い気持ちに一緒に寄り添ってくれる友達のようなものにもなってくれます。流れゆく時間は山の山頂に積もった雪のように、凍った綺麗な氷のように、時間が経てばやがて溶けて大地に恵みをもたらす様に優しいものです。温かい思い出と温かい人々や芸術作品に触れていつかその氷が解けて心に沁みて温かくなるときをただただ温かい気持ちで待ってみましょう。今は無理でもきっといつかは向き合うことができる時が来ます。あなたがこの本をとった。それが証拠です。運命を信じ、運命を愛し、あなた自身、支えてくれる周りの人を深く愛しましょう。愛は正義、です。


 生きていれば様々な物に触れる機会がある。

 それは自分が死ぬ瞬間だったりもする。

 今までの人生随分色んな馬鹿な事をしてきたし多くの人に迷惑をかけた。

それなのに謝ることも出来ずに、感謝することも出来ずに、恩返しする前に亡くなることをどうぞお許しください。色んな事がありましたが最後に書き残したことがあるのでここに書いておきます。それは私とあなたの事です。


 あなたに出会ったのは昭和から平成に替わるタイミングでした。あなたはいつも本を読んでいて後まで私にはちっとも興味を見せてくれませんでしたね。確かに私は追う側ではありましたがちっとも見てもらえなかったので悲しかったですよ。もういいですけど。そんなあなたが私に「君にとって生きる意味とはなんだ?」と聞いてくれた時がありましたね。その時の私は無教養で特に考えることなく生きていて答えられなかったことを酷く後悔していました。やっと私なりの結論が出たのでこれを書いておしまいにしたいと思います。手紙を見てくれていなかったら呪います。


 私にとって生きる意味とはあなた、だった気がします。すみません、少し照れて曖昧な書き方になってしまいました。私にとって生きる意味とはあなたです。あなたがいたからこの世界でまだ働こうと思えたし、あなたがいたからこの世界は綺麗なものに見えていました。


 私は思想家としてこの世界が悲しいものに見えた人や美しく見えなくて悲しんでいる人に少しでも笑顔になってほしくて自分の考えを世に残してきました。

 特に一番辛い死については沢山考えたつもりだったんだけど、あなたが亡くなったこの世界はあまりにも灰色で、あまりにも辛くてどうしようもなかったや。私が思想家になってあなたは小説家になってあんなにも煌びやかでこの世の幸せを凝縮したような時間は、その時間によって作られた思想はこんなにもあっけないものだったんだね。

 この世界には、綺麗なものが沢山ある。この世界には悲しいことも辛いことも沢山ある。でもね、私がその感情を感じられて生きていようと思ったのは貴方がいたからだったんだよ。この世界が綺麗だったのはあなたが一緒にいてくれたからだったんだよ。そんなあなたがいなくなってしまった世界で私はもうこれ以上望むものはなくなってしまった。

 今までの人生随分色んな馬鹿な事をしてきたし多くの人に迷惑をかけた。恩返しせずにこの世を去ることをどうか、どうかお許しください。

 愛に生きた一人の一般人より。


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炉端焼き 近藤礼二 @kondoureizi

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