紅魔学園の後輩先輩!

猫根っこ

プロローグ -私と約束-

「荷造りしてたら遅くなっちゃった!今日が入学式じゃなくて良かったよ〜」

高校を卒業し、新しい学園に入る為の荷物を持った葵はそんな独り言を言いながら駅へと向かっていた。


 駅に着くと、もう電車は停留していた。

降りる人がいない事を確認してから、中に入り座席に座る。

学園のある方向に向かう乗客は少ないのか、席は思った以上に空いていた。


 人も少なかったので、葵は鞄から学園の資料を手に取り目を通す。

【紅魔学園】この春から葵が入学する学園で、退魔師と呼ばれる人達を育成している中高一貫の学園だ。

当然ながら、本来は高校を卒業している葵がこの学園に入れる訳がない。

だが今回は、葵の希望とある人物の助力で素性を偽り入学することが出来た。

(あの日交わした約束、あの人が覚えているかはわからない。でも私はあの人に会いたい……)


「普通じゃないのは分かってるけど……私には今更だよね……」

葵が無意識に口にした不安は、誰かに聞かれる事もなく電車の走り出す音にかき消された。


 しばらく物思いに耽っていたが、葵がふと窓を見ると沢山の桜の木の中に大きな校舎が見えた。

「あれが紅魔学園……あの学園にあの人がいるんだ」


 駅に着いくとゆっくりと扉が開く。

葵はこれから始まる新しい生活に向けての一歩を踏み出した。

「ここから新しい私の生活が――」

昔テレビで見た事のあるような真似をして、そんな事を叫びながらホームに降りた。

だが恥ずかしいセリフを全て言い切る前に葵のセリフは途切れた。

原因は、何かが勢いよく体に直撃したのだ。


 見ると、5歳くらいの女の子が尻もちをついていた。

「ごめんね!大丈夫、怪我してない?」

そう言って女の子に駆け寄ると、女の子は震えながら抱きついてきた。

(もしかして迷子?)

そんな風に考えたが、それだけにしては妙に怯えている。

「どうかしたの?お母さんと逸れちゃったかな?」

そう聞くと、女の子は首を横に振っている。

そして震えながら後ろの方を指差した。


 指の先に目を向けると、女の子が震えている理由はすぐに分かった。

犬?と言うよりも狼、それも本やテレビで見るような人狼が、少女を追いかけてきていたのだ。

きっと普通ならば目の前の信じられない光景にただ恐怖していただろう。

(でも私は違う……)


「あれが怖かったんだね。よく頑張って逃げたね」

そう言って、女の子の頭を優しく撫でながら葵は続けて伝えた。

「あれはお姉ちゃんがなんとかするから。お母さんが何処にいるか分かる?」

女の子は小さく頷いた。

「よし!じゃあお姉ちゃんが走って気を引くから、急いでお母さんのところに行くんだよ!」

葵は、立ち上がるとそのまま勢い良く走り出した。

そして勢い任せに、女の子を追いかける人狼に体当たりをした。

少しよろけたが体制を立て直しそのまま再び走り出した。


(あの子、大丈夫かな)

少し心配だったが、今は後ろから追いかけてきているアレをなんとかしなければいけない。

人狼は、予想通り標的をこちらに変え追いかけてきている。

幸い駅に人は少なかった。


(だけど、アレをどうにかする為には人が誰も居ないところを見つけないと)


 そうして必死に走っていると、故障中の立て札のされたトイレを見つけた。

(やったー!あそこなら大丈夫だよね!)

そう思った葵は、急いでそのトイレに駆け込んだ。

中には当たり前だが人は居ない。


(この周りにも人は居なかった。ここなら大丈夫)

向きを変え、トイレの壁を背に人狼が来るのを待った。

少しずつ足音が近づいてくる。

近づくにつれて、自分の手が震えていることに気がついた。

「あはは……。こんなの反応、まだ出来るんだ私……」


 ゆっくりと、震える手で頭につけたカチューシャに手を伸ばす。

大切なお守りでもあるカチューシャを外すと、胸元で強く握りしめた。


 空気を切り裂くような雄叫びと共に、人狼が勢い良く乗り込んできた。

咄嗟に目を瞑り心の中で強く祈った。

(あの日から少しずつ特訓はしてた……)

ゆっくりと足音が近づき、興奮して荒くなった息が聞こえた。

あの鋭い爪が近くまで迫るのを感じる。

それでもただひたすらに強く思い続けた。

(――約束を果たしてないのに終われるもんか!)

息が顔にかかるほど近くに気配を感じた瞬間――苦しそうな声をあげ始める。

同時に少しずつ気配が離れ、やがて消えるのを感じた。


 恐る恐る目を開けると、人狼の姿は無くなっていた。

「・・・・・・良かった」

緊張の糸が切れ安堵の声が漏れる。

しかし、近くから人の声が聞こえる事に気がついて慌ててカチューシャをつけた。

声の正体は駅員さんとさっきの女の子、それに女の子のお母さんだった。


 さっきの女の子が、誰かに追われていたのを助けてもらったと駅員さんに話したらしい。

そして身代わりになった葵が無事か、みんなで探してくれていたらしい。


 駅員からは、詳しい話をと言われたが葵はさっきの話をしても信じてもらえるとは思わなかった。

咄嗟に不審な男が女の子を追いかけていて、証拠を撮ったフリをして囮になったと説明した。

人気のない行き止まりに入ったのは叱られたが、気が動転していたと言う事で片付けてなんとかその場を離れた。


 近くに予約していたホテルに着くと、走った汗を流す為にすぐにお風呂に入る事にした。

浴槽に浸かりながら今日見た事を振り返る。

きっと明日からは、あんな化け物と沢山関わる事になるのだろう。

「化け物……か」

静かなお風呂で呟いた声が響く。

水面には自分の顔がこちらを見つめていた。


 お風呂を出た後はベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきた。

慣れない土地で、いきなり人狼と追いかけっこしたのだから無理もない。

「明日には会えるかな……でも夢で先に会いたいな。……神白君」

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