再会
俺はまたあの日と同じ様なバスで、沓掛の家へと向かった。乗客は他一人として乗り込むこともなく、その寂れた駅を発車した。中で響くバスの放送は、誰も居ない空虚な車内へと話しかける。何回も峠を越えるごとに外の景色の雪がどんどんと厚くなってゆく。だがバスはひたすら雪の中の道を走り続ける。
バスが目的のバス停に止まったのは定刻より20分も後だった。俺は運賃を払い、バスを降りる。
周りを見るとそこは一面銀世界だった。駅では靴底まで積もっていた雪は、ついに脛の半ば辺りまでの高さになっていた。俺は脇道へと入り、またあの坂を登る。今回は荷物が少ないのか少しばかり楽だった。歩く俺の息は白かった。
20分も歩けば、もう沓掛の家は見えた。もう耳は感覚が無くなるほどだった。
俺はインターホンを押した。周りを見渡すと雪原はどこでも続いてるように見えた。少し経つと扉が開けられた。
「…お久しぶりだねぇ…」
3年前とは変わらない声だった。俺は深くお辞儀をする。
「…こんな所で止まってないで…入って頂戴」
家の中は暖かかった。俺は前と同じ客間に入った。入ってすぐにお茶とお菓子が出された。でも何かが俺の中で止めて食べることは出来なかった。
少し暖かい部屋で俺は上着を脱ぎ、リュックに仕舞う。懐かしいようなこの雰囲気も3年振りである。
「…今回は来ていただきありがとうございます。」
「いえいえ…こちらこそ…それでどのような物を…?」
沓掛の母は静かに白い紙をテーブルの上に出す。
「…これは?」
「……鈴の…手紙です…あなた宛の…」
「俺宛に…手紙…!?」
「…ええ。鈴が旅立つ前本当に少し前にこれを書いて渡しましてね…あの子ったら…」
1枚の封筒を俺に渡した。
「あ…ありがとうございます」
受け取ったが、すぐに開けることは出来なかった。手が震えていたのだ。封筒を一通り見て、少し透かしてみて。それでもこの震えは収まらなかった。
「…ゆっくりで良いですからね…。」
何かを察したのか。一番つらいであろう沓掛の母が話しかける。
俺は力が入らない手をしっかりと握り、ゆっくりと破く。
ついに3年間開けてこなかった封が開けられた。俺は中から優しく便箋を取り出し、一枚ずつ読んでゆく。
26歳11ヶ月と20日と少し
病室からこんにちは。っていう感じにラフな感じで書き始めてみたけどどうかな?
って言ってもこの手紙を読んでるって事は私はもう死んじゃってるって事になるんだよね。
いやぁだいぶ短かった。私の人生。こんな志半ばで病気とは情けないねぇ。
初めて君と出会った日は私の記憶の中だと入社4年目で22歳の時だったと思うよ…多分。元々私は第八研究室で働いていたんだ。あまり会話もしないし、一人ひとりが個別でやってる感じがした。別にそこが悪いって言ってる訳じゃないんだけど…。
そんな私が第一研究室に入ったきっかけは研修だったんだ。私はある日室長に「第一研究室を見に行ってこい」って言われたんだ。その研修のときにペアを組んだのが君だったなぁ。色々やってみて分かったけど第一と第八じゃあ仕事の内容に格が違いすぎたね…。それに設備の差も凄かったっていう記憶があるよ。
それで私は第一研究室に入って正式に君とペアになった訳なんだ。って言ってもその時は私から声掛けたけどね。
まあそんなこともあって宇宙エレベーターを作ることになって。そこからはローレンリニアとか作ったりプレゼンしたりしてね。あの時は楽しかったなぁ。
俺は震える手でようやく一枚目の手紙を読み終えた。あいつの…沓掛…いや…沓掛鈴の字で間違いなかった。今まで幾度となく見てきたあの字だ。3年前に止まっていた俺の中の沓掛の記憶がまた蘇る。
心の中から出てきそうな「何か」を抑え、2枚目を読み始める。
2枚目が終わったら3枚目、3枚目が終われば4枚目と、俺はどんどんと読み進めた。読み始めてから何分経ったのか。何時間経ったのか。俺は忘れる程読み、同じ手紙を何周もしたりした。
最後の15枚目を読み切り、俺は机に手紙を置いた。
2枚目からも懐かしい思い出や、怒ったり怒られたり…悲しくて泣いたときの事。そんな事が綴られていた。
俺は辛かった。この手紙を読んでいる自分に腹が立った。
何故あいつは死んだのだろうか。死ななければいけなかったのだろうか。何故生きられなかったのだろうか。何故あいつだったのか。死ぬのなんて俺でも良かったのではないか。
そんな想いが駆け巡るばかりか俺は声を漏らしてしまった。
「なんでだよ…なんでなんだよ…!」
俺の小さい声は静かな客間に響いた。
気づけば俺の頬に小さな粒が流れていた。
「…叶えて…やってください。鈴の最期の夢を…」
俺は沓掛の母の声を聞き、ようやく我に返った。ただ心の中に溜まっていた物が崩れた。
俯いたままの彼女はそう言った。
「夢…を…?」
「…鈴は多分貴方の為にこの手紙を書いたのだと思います。でもその中には鈴がやり切れなかった思いも詰まってると思うんです。」
彼女は顔をあげながら話す。
「やり切れなかった…?」
「…だから…鈴の…最後の夢を叶えてあげてください…!それだけが私達にやれる鈴への最期のプレゼントだと思うから…」
沓掛の母は泣いていた。まるであの「最期の日」のような。そんな感じがしてならなかった。
忘れようとしていたあの思い出が、鮮明に浮かび上がる。
俺は一通り支度を済ませて復路に就こうと玄関へ向い靴を履くと、沓掛の母に呼び止められた。
「帰る前に…鈴のお墓へ…」
外に出た俺は彼女の先導の下、鈴の墓へと向かった。既に雪が降り始めており、さっき来たときの足跡が埋まりそうな勢いであった。
墓は家の裏手にあった。銀世界の平原に墓石がポツリと建っていた。雪で掻き分けるとしっかりと沓掛鈴の字が刻まれてあった。
溢れ出てきそうな熱い涙はこの寒さで凍り、頬を伝いはしなかった。
そして墓の前で3年ぶりに手を合わせた。あの時から今までの間がほんの一瞬のように感じた。
俺は沓掛の母に別れを告げてバス停へ向かった。もう100Mも歩くと家は見えなくなってしまった。誰も居ない下り坂の道を滑らないように歩く。
バス停まではさっきとは違って30分もかかってしまった。上りのバス停の横には小さな小屋とベンチがあった。中には少しのポスターと時刻表だけだった。
バスは予想に反し15分しか遅れずに到着した。だが予想通り誰も乗っては居なかった。整理券を取って一番うしろの座席に座る。1回目にここへ来たときと同じ席だった。
俺は悴んだ手を使って貰った手紙をもう一度見た。
この手紙は15枚と、あと別に封をした1つに別れていた。別に封をしてあった手紙にはこう書かれていた。
「宇宙エレベーターに乗ったら読んでね」 と。
俺はこの手紙こそ「最期の夢」と直感的に思った。俺はこれを叶えなければならない。そう心に決めたのだ。
田舎のバスは走り続ける。目的地へとひたすらに。
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