第135話 後味の悪い勝利って最悪

「ギャハハハ! ギャハハハ! よかったじゃねーか! 一人になれて」




 コイツは何故こうもうるさいのか。どうやったら黙らせることができるのか。ガムテープでも作るか? アリだな。




「文句つけんなよ。そういう条件だっただろ」


「俺は了承した覚えはねぇよ」


「そうだったか? 憶えてねーな」




 悪びれる素振りもないレヴィアタンは再び笑い始めた。空中で転げまわるのは器用だとしか言いようがない。そのまま木にぶつかってほしいものだ。ついでに心を入れ替えてほしい。




「しかし、オメーのことがよくわかったぜ。オメーが頭ん中でふざけてうるさいのはクソ真面目だからか」


「……意味が分からんな」


「とぼけんなよ。オメーは常にあいつらのことを考えていた。ふざけた態度を取ってなけりゃー深刻と言っていいほどに。他人如きにそんな心配するなら、そら他人と一緒なんざ疲れるよなー。だからオメーは自分を守るためにいつもふざけてんだろ」


「……」


「それに、だ。オメーのことを狂っているとオレサマは評価した。だが、それも少し違っていたらしい。オメーの狂い方は普通じゃねー。オメーは心が壊れてるくせに、心を守る理性が半端に残ってやがる。だから、上っ面だけはまともになろうと足掻いてんだ」




 コイツは嫌なところで鋭い。コイツの言葉は俺の現状を表すとしたら満点に近いだろう。もし完全に狂えていたなら俺は死んでいると思う。だが、俺が死んだ時に周囲はどう思うか考えたらできなかった。万一にも他人に迷惑が掛かるのが嫌で嫌で仕方なかった。外面ばかりを気にして生きていたから抜けようのない癖みたいなもんだろう。




「他人は他人の死にそれほど興味がないなんてわかっていたんだがなぁ」


「心の繋がりがある人間の死には涙を流す。見も知らぬ人間の死ならなら酒の肴になるかも怪しい。人間なんぞそんなもんさ」




 なまじ長く生きていて、嫉妬などというものを背負った魔王はよく知っていらっしゃる。人間って想像以上に冷たい生き物だってことを。それをわかっていて行動に移せなかった俺は理性があるわけじゃねぇんだわ。




「いいや、理性さ。他人のことを考えて死を思い留まる生物は人間くらいなものなのだからな。誇っていいぞ。オメーは誰よりも人間くさい人間だ」


「……嬉しくねぇな」


「喜べよ。魔王が直々に褒めてやってんだぞ、ナレハテ。ギャハハハ!」




 こ、このクソ魔王が……! たまにはいいこと言うと思ったらこれだよ。しかも、また笑い転げているし。ガムテープの刑確定だわ。




「しかもあのガキに“さよなら”だと? これが笑わずにいられるかよ!」


「何が言いたい?」


「オメーはあのガキの記憶を封印した。記憶を消すことも、改竄も、その場で脅すこともできたのにしなかった。何故だ? 簡単さ。オメーが望んだから」




 この腐れ魔王が。抽象的な話をすんじゃねぇよ。意味が分かんねぇ。俺の頭が悪いことがバレるだろ。




「わかんねーだ? 見ないフリだろーが。オメーはあのガキに期待してんだよ。あの封印を打ち破って迎えに来てくれることを。だから中途半端な封印なんてしたんだ。まったく、女々しいったらありゃしねー」




 人の内面に土足で踏み込みやがってからに。そんなわけ……いや、今更コイツに隠しても無駄か。自覚したくないものから目を逸らすのはいい加減やめよう。たぶん、俺はコイツの言う通りなのだろう。他人が、アイナが俺を欲してくれたのが嬉しかった。こんな俺でも一緒にいたいと言ってくれたのが嬉しかった。だから、封印なんて迂遠な手段をとったんだ。コイツの言う通り俺を迎えに来てくれることを期待して。ったく、俺は夢見がちなお嬢様かよ。ダセェ。




「ようやく認めたか。だが、悪いがそれは叶わねー。オメーの使ったのは魔王スキル。一般人が逆立ちしたって勝てやしねーよ」


「ハハッ」


「何が可笑しい?」




 コイツはわかっちゃいねぇな。俺の考えを読めるくせに何もわかっちゃいねぇ。いいや、読めるからこそ憑りついていない他人を観察することができないのか。自称魔王は所詮自称だったというわけか。




「アイナはお前の考える常識なんて通用しないさ」


「あ? オレサマはこの世界を誰よりも知っている存在の一つだぞ」


「この世界は、な」




 この世界よりもっと複雑怪奇な世界で他者を圧倒してきたアイナが、地球より原始的なこの世界で負ける要素がない。俺如きに使えるスキルなど、アイナなら自力で何とかしてしまうだろう。




「ほー? 信頼しているのだな」


「ああ」




 ま、アイナに施した記憶封印が解かれなくても問題ない。それならアイナは多様な人間関係を築いていける。よしんば解かれても、そのまま爽やか君たちと共にいれば同じ。俺は一人でいられて気が楽。俺に執着しても、それはアイナ本人の希望通り。後はなるようになるさ。




「ギャハハハ! さしずめ、オメーは悪の魔王に囚われたお姫様で、あのガキは勇者様ってところか」


「アイナは勇者よりも女王様って感じだが……」


「オメーの趣味なんざ知らねーよ。で、一つ言いてーんだが」


「何だ?」


「オメー、ダサいにもほどがあるぞ」


「うぐっ」




 もう二度と会うことはないって雰囲気出しておきながら、その実、迎えに来てほしい未練タラタラおじさんって確かにダサい。ダサすぎて辛い。自覚しながら変えようとしない自分が大嫌い。あまりの自分勝手な我儘に反吐が出る。自棄酒しよ。


 こうして、俺はアイナたちと別れを告げた。俺の冒険はこれからだ。……まだ続くよ?

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