第3章 強さを求めて三千里

第91話 頼むからそっとしておいてくれ

「大丈夫ですか? 倒れたと聞いたのですが……」


「ええ、問題ありません。今も大事を取って寝ているだけですので」




 爽やか君は心底心配そうな顔で俺を見ている。知り合いが突然ぶっ倒れたって聞けば動揺するのは分かるが、何で皆してバラバラに来るのか。おかげで逐一対応しなきゃいけない俺は大人しく寝ている暇すらない。


 あー、早く休みたいよぉ。早く出て行ってくんねぇかな。身体中が痛いんだが。




「それにしても何があったんですか? まさか、こちらに来てから無理ばかりしていたとかですか?」




 ある意味正解だよ。才能ないのに頑張り過ぎていた点は認める。何ならアイナの前で意地張っていたから余計にしんどいのも認める。でもさ、それを言っちゃうと病む人間がチラホラいるじゃん。アイナとか、爽やか君とか、アイナとか、アイナとか。言えるわけないでしょ。




「それは秘密です」


「ですが……」


「男は時に意地を張る必要があるんですよ」


「そうですか……」




 そうそう。分かってくれたまえ。男には退けない戦いがあるのだよ。……今の台詞ってマジ格好いいよな。口に出して言いたい台詞上位に食い込むぞ。何? 台詞が格好良くても俺がダサいから実質マイナスだと? ひでぇ言われようだ。


 爽やか君は腑に落ちない表情だったが、そんな爽やか君にも何時かこの気持ちがわかる日が来ることを願って部屋から追い出した。やっとこのさ静かになった自室でベッドに潜り込む。全身の痛みに耐えながら寝ようとすると、また自室のドアが開いた。




「神崎……って寝てんのかい」


「起きていますよ」


「あ、起こしちゃったか?」


「いえ、九城さんが先ほどまでいました」




 来たのはシェフだ。何か手に持っているけど、お見舞いかな? この体調でものを食べれるとは思えんが。




「倒れたって聞いてな。食えるかは分からないが麦粥を作ってみた。食えないならマジックバッグにでも入れておけばいい」


「お気遣いありがとうございます」




 麦粥だってよ。食べたことないけどシェフが作った飯なら食べたい。お言葉に甘えて後で食べよっと。


 シェフはテーブルの上に麦粥を置いてすぐに出て行った。シェフなりの気遣いに感謝だが、もう少し気を利かせて欲しかったところだ。




「と……遠い……」




 いやね、ベッドからテーブルまで移動するだけで全身が痛いのなんの。こんなに遠い数メートルは初めてだぞ。アニメとかでよくある反動付きの技を使った後ってこんな感じなのかな。俺は主人公に向かんな。反動怖い。




「ぺろっ……これは、青酸カリ……!」




 んなわけあるかーい。ただの麦粥だよ。薄味で病院食って感じだった。入院した事ないけど。でも普通に美味しかったので、後で食べる事にする。今食べると吐き戻しそうだし。


 俺は高齢者もびっくりのよろよろ具合でベッドまで戻る。今度こそゆっくり休もうと目を閉じた。




「う……」




 おはようございます。外は真っ暗なので「こんばんは」だろっていうツッコミはガード。起きた時がおはようなんですよ。俺の中ではね。


 俺はいつの間にか寝落ちていたらしく、意外と長時間寝ることができた。いつもこれくらい長く寝ることができたら嬉しいんだけどな、と呟きながら俺は全身の確認をする。




「んー、全身痛い。成長痛なら歓迎だが、違うだろうなぁ」




 もうちょっと身長が伸びて、もうちょっと顔つきが良くなって、もうちょっと声が渋くて、もっと目つきが優しくなって、もっと才能があれば俺って完璧なんだけどな。……あれ? それはもはや別人なのでは? そして、それは誰にでも言えることなのでは?




「ま、動くのに支障はないし、頭も問題ない。イケるイケる」




 おい、誰が頭は問題しかないだ。そう思った人は手を上げなさい。先生ブチギレるから。泣いて許しを請うまで殴るのを止めないから、正直に手を上げなさい。まったく、人が傷付くようなことを言うんじゃありません。いいですね?




「壊れた装備品直さないとなぁ。作るの大変だったのに」




 俺は盛大にため息を吐いた。特に槍はずっと一緒にいた装備で気に入っていたのだ。戦闘後に気がついたら刃にヒビが入っていた。トイレで棒を見つけたのが懐かしく感じる。こういう時は考え方を変えるに限る。


 そう、装備品の更新をするのに丁度いい時期だったんだ。壊れた装備品も錬金術の素材として使えば問題なし。よし、やるぞ。




「さーって、何を作ろうかしらんねぇ。どの武器も才能がない俺にぴったりな装備か……。口に出すと酷いな。条件も才能も」




 そもそも前線に出なければいいだけの話だが、それを言っちゃあお終いよ。折角ファンタジー世界に来たんだから、冒険しないともったいないじゃん。




「ドーピングもしちゃいけない約束だし、全力でバフを掛けるとしますかね」




 これ以上はレベル的に強くなれない俺はアイテムでステータスを盛るより他に手段がない。反動がない薬の開発もするべきかもしれない。アイナに睨まれるだろうけど、屁理屈言って丸め込もう。


 俺は気合を込めて立ち上がった。勢い良く立ったので身体がとても痛かった。

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