第56話 激動の1日だった

「や、やめろ、来るな! 痛っ……。やめてくれ……。そうだ! どんな女でも調教してお前にやる!だから……。ひぃぃ、嫌だ助けてくれ、何でもするから!」


「……本当に何でもするのですね?」




 俺が立ち止まり、話を聞く姿勢を取ったと勘違いした摺木は、矢継ぎ早に言葉を発する。




「何でもだ! レアな装備も献上させるし、女も渡す! 俺も仲間に加わってやろう! 俺と対等だ! だから、早くこいつをどうにかしてくれ」


「ならば、私の望みは1つです」


「何でも言ってくれ!」




 激痛に涙を流しながら、俺の言葉を待つ摺木の目は希望に満ち溢れていた。だから俺は、ゆっくり時間をかけて、はっきりと言葉を紡ぐ。




「そのまま、惨めに、死んでください」


「え……? ま、待ってくれ! 頼む! 改心するから! 俺は死にたくない、死にたくない!」


「だから何でしょう?」




 惨めだった。下衆には相応しい最後だと思う。俺はできるだけ摺木が苦しむように、ゆっくりと槍を動かして、心臓部に穂先を向ける。


 摺木はそれを防ごうともがくが、足が固定されていて動けない。苦肉の策として、素手で穂先を掴んだ。




「頼む、助けてくれ。頼む……!」




 摺木の胸部に穂先が刺さる。そして、少しずつめり込んでいく。皮肉にも、中途半端に押し返す力が進行速度を抑え、余計に苦しんでいるようだ。




「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!」




 本当に惨めだった。他人を散々甚振ってきた下衆が、最後は苦しんで死ぬ。因果応報だ。諦めて苦しみながら死んでくれ。




「嫌だーーーーーッ!」




 その絶叫を最後に、摺木の身体から力が抜けた。ドサッと音を立てて摺木は地面に倒れこむ。気配察知でも完全に死んだことがわかった。


 俺は穂先についた血を魔法で綺麗にして、振り向いた。




「終わりました」


「……下衆には相応しい最後だったな。だが、神崎。お前さん、嗤っているのを自覚しているか?」




 イケおじに指摘されて、俺は槍をしまって両手で顔を触ってみる。


 どうやら本当らしい。薄々そんな気がしていたが、これではアイナに顔向けできないな。困った。顔面マッサージでもするか。




「まぁいい。その顔については黙っておく。神崎のおかげで生き残れたからな。九城たちと合流するとしよう」


「その前に装備品だけ回収していきます」


「……そうだな。物に罪はない。ありがたく使わせて貰おう」




 俺とイケおじは摺木たちから装備品を剥ぎ取った。摺木はマジックバッグを持っていて、大量の資材が入っていた。あのグループのすべて物を献上させていたようだ。


 死体は放置した。埋める時間はない。あるなら先に仲間の遺体を埋めている。


 橋を渡ってから回収し、俺とイケおじは走った。アイナたちとはそこまで離れてはいないはずだ。




「気配がありました。ゆっくり進みましょう。急ぐと警戒させてしまいます」


「そうだな。案内してくれ」




 俺とイケおじは早歩き程度で近づいて行くと、恐らくアイナらしき気配が立ち止まってから少しして、全体が停止する。


 そのままその方向に向かって行くと、爽やか君とアイナが前に出て出迎えてくれた。




「立ち止まって下さい」




 あれ? なんか警戒されていない? 何で、爽やか君は錫杖を構えているのかな?




「2人は誰のために動いているのですか?」




 は? 質問の意図が掴めないんだが?


 俺はイケおじに視線を向けると、イケおじは先に口を開いた。




「俺は俺と周囲のために動いている」


「……私は私のために動いていますが?」




 何だアイナ、そのジト目は? 疑問形になったのは、意味が分からないからだぞ。俺は悪くない。




「どうやら洗脳はされていないようですね。良かったです」




 あー、そういうこと。そう言えば“摺木のため”と、洗脳された人は言うって聞いた気がする。理解理解。




「もう彼らが追ってくることはない。それだけでも多少は安心できるだろう」


「そうですか……。2人が無事でよかった」




 安心したように顔をほころばせる爽やか君は、全体に休息の声をかけた。今日はここで寝泊まりするらしい。


 各自が簡易のベッドやらテントやらを組み立て始めるのを横目に、俺はアイナの所に向かった。




「戻ったぞ」


「そうね。お帰り」


「ん? ただいま」




 この笑顔を見られたのなら、戻ってきて正解だったな。あぁ、そうだ。


 俺はアイナの頭を優しく撫でる。今日一日、かなり大変だったはずだ。賢いから忘れがちだが、まだまだ子ども。それが大人以上に頑張ったんだ。これくらいしかできないが、何もしないよりはマシだろう。


 その後は皆と同じように寝る準備を整えた。


 寝ている間は交代で不寝番を立てるのだが、朝から一度も休憩していない俺は担当から外された。子供であるアイナもだ。


 その日は流石の俺でも睡魔には勝てず、朝までぐっすりと睡眠をとるのであった。

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