第41話 雲行きが怪しい

 転移してから26日が経過した。渓谷を調査した結果、強引に橋をかけて渡る方法が採択された。おかげで俺は金属を錬成し続けて、辟易しているところだ。




「神崎さん、これでどうでしょうか?」


「ふむ、だいぶ上達しています。線のゆがみも無く、魔力も安定して描けていますね。後は、回数をこなして、描く速度を早めることができれば、十分でしょう」


「ありがとうございます」


「スキルレベルが上がって、新しく覚えた魔法陣を描くと、スキル上げに効果的です。頑張ってください」


「はい」




 俺が何をしているかって? 見ての通り、魔法陣のスキルを持った3人に指導をしてんだよ。正直、俺の数少ない取り柄を潰すことになるが、スクロールを俺以外が作れるようになれば、俺の負担が減るからな。


 だが、俺が錬金術を併用しての魔法陣のスキル上げという、バグ技じみたことをしてるのに、3人とも俺よりも覚えが早い。近いうちに抜かれるな。




「先生、これの品質は問題ないですか?」


「ええ、これなら問題なく使えますね。覚えが早くて優秀です」


「はい! ありがとうございます!」


「では、鍋で魔力回復ポーションの製作に取り掛かってください」


「わかりました」




 俺が何をしているかって? 見ての通り、錬金術のスキルを持った1人に指導してんだよ。正直、俺の数少ない取り柄を潰すことになるが、素材やポーションを俺以外が作れるようになれば、俺の負担が減るからな。


 あれ? 俺の取り柄無くなってないか? それは辛いわ。




「早乙女さん。その魔法陣を描き切ったら、錬金術に移りましょう」


「あ、はい」




 俺は、もう少しで魔法陣を描き切ろうとしていた、緑色の髪をポニーテールにした女に声をかけた。俺と同じく、魔法陣と錬金術を両方使える上に、レベル上限が俺より高くて、美人という、俺の完全上位互換だ。


 あれ? マジで俺の存在意義が無くなってきてんな。泣いて良いかい?


 実際、戦闘スキルも俺より高いので、俺の立つ瀬がない。


 俺はスキル上げに勤しんでいる彼女たちを見る。1階にある生産職用のこの部屋にいる彼女たち全員、俺より才能はある。ただ、日本人的というか、平和ボケが過ぎていたのもあり、転移という突然の事態に処理しきれていなかった。


 結局、発破をかけられた爽やか君の説得によって、彼女たちは真面目に現状と向き合うよになり、技術を持っている俺に師事することになった。


 彼女たち以外も、各方面に師事をさせているらしく、イケおじは、教え子が増えて嬉しい、と言っていた。イケおじは聖人だったようだ。俺は面倒くさいし、取り柄が無くなるから嫌だった。




「ところで天導さんは、魔物狩りに行かないのですか?」


「行かないわ」


「ここにいても、どうしようもないでしょう。魔物狩りに同行させてもらえないか、大和さんにお話ししてみましょう」


「要らないわ」




 俺の折角の提案も、素っ気なく拒否される。彼女たちが来てから、ずっとこんな感じだ。


 これは、あれか? 俺というオモチャが他人に取られないか不安なのか? おい? あ、ごめん。睨まないでっ! その大量の魔法をしまって!




「怒ってないわよ?」


「ははははは」




 その目で怒ってないは、無理がある。怯えてんぞ、後ろの四人が。




「皆さんの技術も安定してきましたし、私が指導することも、もうほとんど残っていません。目を離しても問題ないでしょう。午後からは魔物狩りにでも出かけましょうか」


「ええ。そうしましょう」




 おー、目に見えて機嫌が良くなった。そんなにゴブリンを惨殺したかったのか。あぁ、怖い。


 彼女たちの様子を見守り、俺も錬金術で色々作りながら過ごしていると、あっという間に正午だ。


 食事のためにそれぞれ立ち上がろうとした直後、この部屋の扉が勢いよく開いた。




「大変です、神崎さん! 至急、会議室まで来てください!」




 門番君が慌てた様子で要件を伝えてきた。そのまま、俺とアイナを引っ張って会議室に連れ去っていく。連れてこられた会議室には、爽やか君を始め、イケおじや髭熊、小鴨ちゃんなどの、主要メンバーが揃っていた。




「急にお呼び立てして申し訳ありません。ですが、緊急事態です」




 その切羽詰まった様子に、流石の俺も真面目モードだ。




「一体何があったのでしょう?」


「偵察に出していた部隊が、大量のゴブリンとその上位種、更に上の存在を確認しました。ゴブリンたちは、この建物に向けて進軍中です。こちらにはあと2日もあれば到達する見込みです」




 わぁお、スタンピードとかいうヤツでは? マズすぎるな。




「私としては、戦わずに逃げることが最善だと考えています。神崎さん、橋は完成していますか?」


「しています。ですが、材料不足もあるので、一度に数人しか渡れません」




 素材不足だったので、強度を最低限しかとっていない。時間をかけて渡る予定だったので問題ないと踏んでいたが、見通しが甘かったようだ。ま、どちらにせよ、俺は魔力を錬金術のみに使うわけではないので、結果は変わらないだろう。




「待て、九城。今すぐ脱出するなら兎も角、今は準備も何もしていない状態だ。今から準備しても、明日の朝に出発になる。移動にも時間がかかることも考えると、渓谷を渡り切る前に追いつかれる可能性がある」




 荷物は俺とアイナ以外にもマジックバッグを持っている人がいるので、運ぶのは問題ないが、名前なりを書いておかなければ、誰のものか分からなくなってしまう。


 それに、最低限の道具はバックパックを背負うので、それらの荷物をまとめたり、キャンプグッズを渡す必要もあるので、今すぐには不可能だ、とイケおじは言う。




「事前に来ることが分かっているなら、戦う方が現実的だ」


「ですが、今から準備して、夜のうちに出発してしまえば、追いつかれる前に脱出は可能でしょう」


「それは甘い考えだ。夜は移動速度が落ちるし、2日もあればここに到達できるのだろう? もっと早い可能性だって十分ある」




 二人だけでなく、他の人もどんどん意見を言い始め、言い合いがひどくなる。


 おいおい、大丈夫かよ。俺は心配だぞ。面倒だから、俺だけ逃げていい?

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