見て見ぬ振りは罪か

カンツェラー

第1話 見て見ぬ振り

大学二年生の武藤健二は、その年の終わり、いつもより早めに居酒屋のアルバイトを終わらせ、足早に家族と親戚が待つ船上年越しパーティーに向かっていた。

健二「17時だから、18時前には着けるかな。」

やっぱり混んでるな。この後のモノレールは、もっと混んでるかもな〜。


健二「うっわ。やっぱ激混み。4駅が長いな。」

激混みのモノレールを耐えながら、後もう1駅で到着というところで事件は起きた。

女「ちょなんか、このおっさんめっちゃ押してくるんですけど」

男「あっ、なんだこのおっさん」

僕の背後の女の人がその隣の彼氏と思われる男に言った。

それに対して苛立つ彼氏。

男「なあ、おっさん、なんか文句ある訳?」

おじさん「...」

女「ねえ、まだ押してくるんですけど」

男「おい、なめてんの、おっさん」

僕の後ろでなんだか嫌な感じの空気が漂い始めている。

早く降りたい。次の駅なんだ。巻き込まれたくない。

やばいやばいやばい。

アナウンス「間も無く...」

よっし!もうすぐだ!

男「とりあえずさ、次の駅で一回降りてさ、話そうや、な」

おじさん「いや、困ります...」

女「ねえ、いったいいつまで触ってくんのよ」

男「な、降りよう一回な」

そりゃぶつかるさ、こんな激混みなんだから、誰だって。

誰もあんたみたいなキャピキャピ女にぶつかりたくてぶつかってる訳じゃないさ。ああ、なんて気の毒なおじさんなんだろうか。でも大丈夫、降りたら駅員さんが助太刀に入ってくれるさ。

沢山の乗客が降りた。僕もその一人。

後ろで騒いでた男女とおじさんも降りて来た。

男「ちょっとこっち、な」

女「なんなのさっきから〜」

おじさん「いやほんと、もう勘弁してください」

さらっとホームを見回したけど、駅員さんが意外にもいない。

まあ、誰かが駅員さん呼んでくるでしょう。

早く行かないと遅れちゃう!


僕は、この後の家族との集まりに遅れまいとさっきよりももっと急ぎ足で歩いた。後ろからは、3人の声がまだ聞こえてくる。でももうなんて言ってるかまでは、わからなくなった。

ファミリーで過ごす年越しは、あまりにも楽しくあっという間に終わった。

港近くのホテルで家族一同1泊した。

その頃には、モノレールで起きた一件など、記憶の片隅にも残っていなかった。


翌朝、僕は耳を疑うことになる。

ホテルの部屋のテレビから衝撃的なニュースを聞いた。

まさにここから目と鼻の先にあるモノレールの最寄り駅で、突き落とし事件があり、男性1名が意識不明の重体となった、という内容だった。

僕には、この事件が昨日のもであると、そう確信する記憶がある。

僕の昨日の行動、本当に正しいものだったのだろうか。

あのおじさんの命が今、危機に瀕している。

命は助かっても、残りの人生を体に不自由を背負って生きていくことになるかもしれない。

あまりにも理不尽な事件に憤りを覚えるが、自分自身の昨日の行動選択の過ちを思い、いても経ってもいられない気分になった。

今更、この現実をどうこう変えられる訳ではない。

でも、これからなら違う。変えることができる。

ホテルで一人、僕は、武藤健二は、そう心に誓う。

健二「困っている人がいたら、助ける!当たり前のことじゃないか!」

そして、気づくと一筋の涙が頬を伝っていた。

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