第一幕 そのあやかし、暴れる

 いない。いない、いない、いない、いない!


 隣には誰もいない。あの優しかった母がいない。温もりは消え去ってしまった。いや、正しくは消されて・・・・しまったのだ。――目の前で。


 大好きな母を奪ったのは、拝み屋を名乗った人間だ。


 共存だなんだと言っておきながら、容易く母を奪っていった――。


 許さない。許すものか。


 その【あやかし】を形なすものは、人間に対する憎しみである。


 温もりがない寂しさは、失われた者にしか解るまい。




【 そのあやかし、暴れる 】




 放課後に当たる午後。私立青崎あおさき学園の調理部に新しい顧問がやってきた。二十代半ばほどに見えるその男は、緊張した面持ちで現在の顧問である鹿田しかだ浩子ひろこの隣に並んでいる。


「では、臨時顧問を紹介しますね。古川ふるかわ要一よういちさんです」

「はじめまして」


 臨時顧問として雇われた古川はジャージ姿で笑みを浮かべるが、部員の女子生徒たちは「かなちゃん堅苦しいわー」とけらけら笑っていた。男女比率が六対四なのは、料理好きは男女問わないからと思われる。部員同士の仲もいいのは、同じものを好きだという証だろうか。


「かなちゃん言うな」

「かなちゃんはかなちゃんだよ~!」


 誰が呼び始めたか定かではないが、要一の〈要〉を〈かなめ〉と読んで〈かなちゃん〉らしい。どうにも〈ちゃん〉づけは慣れないがしかし、親しみの一面もあるのでいかんともしがたいわけだ。「言うな」が精一杯の抵抗である。たとえ覆らなくとも。


 きゃっきゃっと楽しげに笑う女子生徒たちを他所に、右手首に湿布を貼った鹿田を一瞥した古川は、「じゃあ、始めますか!」と手を打った。料理開始の合図だ。渋々それぞれの調理場に散らばった生徒たちだが、数分もすれば楽しげに部活動に取り組んでいた。古川も然り、持ち込んだ材料でカップケーキの作製に取りかかった。


 ――その日、鹿田は利き手である右手首を捻り、捻挫の診断を受けたらしい。完治までに二週間ほどかかり、いまもスポーツ用のサポーターで固定していた。病院の帰りの道すがら、古川の店――すずみ屋を訪れた鹿田は、古川に臨時顧問になるように頼んだのだ。古川がそれを二つ返事で了承したのには理由がある。私立青崎学園は古川の母校であり、鹿田が訪れるよりも前に理事長から直々に依頼を受けたためだ。


 ――【あやかし】を止めてくれと。

 ここ二ヶ月ほど、青崎学園では何枚もの窓ガラスが破壊されている。幸いなことに窓ガラスだけの被害であるが、被害額はそれなりにあった。【あやかし】の匂いが色濃く残っていることから、犯行は【あやかし】に絞られており、その【あやかし】を説得してほしいという。


 理事長の以来を受けるにあたり、毎度のことながらひと悶着あったが。――それは日咲ひさきの『その依頼は稚児ややこでなくてもよかろう』というひと言で始まった。被せるように雅盛まさもりが『そうだな、他を当たってもらおう』と答える。それぞれが甘えるように古川の膝の上に頭を置きながら。


 いまの姿は愛くるしい幼児に他ならないが、日咲も雅盛も古川に使役されている【あやかし】であった。【妖狐】であるふたりは、大学生となった古川をいまでも〈稚児〉と呼んで大事にしているのだ。理事長を睨むのも、古川に構われていることが気に食わないだけである。理事長の依頼に悶着があるのは、『好かない』というその一点でしかない。


『日咲、雅盛、やめなさい』


 たしなめるように声を上げた古川であるが、それぞれしっぽの毛を逆立てていた。不機嫌そうにふんと鼻を鳴らしたのは日咲だ。黄金色の髪から覗く先が細い三角形のキツネミミが揺らぎ、同色の瞳を細めている。


『お前で事足りるだろうよ、理事長殿』

『稚児をわずらわせるな』


 向かいに腰を下ろす、濃いめのグレーのスーツを着た美しい男である白波しらなみは、ふたりの言葉に困惑したような笑みを浮かべつつも、『私には難しいな』と一蹴する。理事長の肩書きを持つがために、自由になる時間は少ないと言う。


『【妖狐】が難しいとは笑わせる』


 今度はバカにしたように鼻で笑う日咲と、こちらも不満げな顔をする雅盛の首根っこを掴んで両脇に抱えた古川は、『ちょっと失礼しますね』と笑顔を絶やさず奥へと消える。


 ふたりを住居へと連なる部屋に置いて、襖を閉める最中さなかに、『いなり寿司はないと思え』と吐き出した。『なぜだ!!?』と驚きに見開かれる金の瞳には『話が進まない罰だ!』と返す。『稚児~』という弱々しい声――泣き言を耳にソファーに戻った古川は、『お見苦しくて申し訳ない』と頭を下げた。


『いや、元気そうでなによりだよ』


 日咲が言ったように【妖狐】としての力を体現させたしっぽを揺らしながら白波はくしゃりと笑う。しっぽが白波のようだから〈白波〉と名乗っているらしい。白波が偽名かどうかは本人のみ知る。【あやかし】は名前を取られたら終わりだ。使役されてしまえば、使役する者に左右される。なので、【あやかし】自体が見極めるまでは、名前は名乗らないのが常識となっていた。たとえ無理矢理に使役されてしまっても、抜け出せる方法がないわけではないのが救いだろう。


『依頼はきちんと承るのでご安心を』

『ありがとう、助かる』


 ふうと背凭れに背中を預けた白波は『【妖狐】にとっては、いなり寿司なしは拷問に近いな』と紡いだ。


『ややこしくさせた罰ですから』

『まあ、要一が言うのならしかたがないことか』

『なにがしかたがないだああああ!』

『稚児から離れろ!』


 奥から足早に駆けてきた勢いそのままの幼児キックを華麗にかわされたふたりは床に激突したが、『くそがこらあ!』と口汚く起き上がる。しかし、『大丈夫か!?』と慌てて飛んできたのちに小さな躯についた塵を払う古川にひしと抱きつき、『稚児~』『稚児~』と涙を浮かべ始めた。


『わしらが悪かったー』

『だからこんな男に構うのはやめてくれー』


 限度がすぎるのは、愛しさゆえだ。そう理解しているが、ここで許してしまえば依頼人に対する態度が大きくなるであろうことが解りきっていた。この幼児たる愛くるしい容姿からは想像できないほどに不遜なのは【あやかし】特有の生きた年月の違いからだろうが、依頼人を逃せば生活面において支障が出てきてしまう。


 たとえ卒業見込みだとしても、大学に通いながら請け負える数など高が知れているわけだ。ここで依頼人を逃して支障が出てきても、食い繋ぐ方法がないわけではなかったりするが、そういうことで遺してくれたわけではないだろう。――養父母の財産分与は多額というわけではなく、今後なにがあるか解らないのでいまはなるべく手をつけたくない。


 考えた数秒後、古川はあやまちを問わないことにした。家族であるのなら、甘やかしもせねばなるまい。


『――反省していますか?』


 すぐさま『している!』と重なる声に、古川は苦笑いする。涙を拭う姿にも。


『では、拝み屋においての依頼人とはなんですか? ――雅盛』

『拝み屋を頼ってきた人です』

『頼ってきた人を追い返すと、なにが起きますか? ――日咲』

『……生活が苦しくなります』

『ふたりがしていることの意味が解りますか?』

『稚児おおおお~!!』


 ふたたび涙を流すふたりは『ごめんなさい』と謝罪を口にする。いくらあやまちを問わないことにしても、悪いことは悪いと教えなければ繰り返すだけだ。


『俺も言い過ぎたよ』


 『ごめんごめん』と頭を撫でる古川に届くのは、『くうう~、困る稚児は愛らしい』やら『もっと撫でろ!』という涙声である。これは早まったかもしれない。古川は嘆息を吐き、それらを眺める白波は『【あやかし】の方が一枚上手だな』と感心していた。


『――ああ、稚児は可愛いのう』


 言葉を重ねてにまにま笑う小さなあやかしたちは、しっぽをはち切れんばかりに揺らして喜を表していた――。


「かなちゃんのカップケーキおいしそう~!」

「食いたいならこっちな」


 近づいてきた女子生徒は、ふたつの天板てんばん――四角い鉄板の皿――に乗せられたカップケーキの片方を指した古川に従って少し冷めたカップケーキを手に取った。古川は湯煎で溶かしたチョコペンとアイシングで狐の顔――顔だけでは猫にも犬にも見えるが、狐である――を描くのに忙しないのだ。どれもいびつであるが。


「かなちゃんは絵がヘタだよね」

「美術だけは評価が低かったからなー。まあ、見た目は悪くても、味は問題ないからいいんだよ」

「たしかに! かなちゃんの作るものはおいしいもんねー。あーあ、私もかなちゃんみたいにお料理うまくなりたいなー」


 「かなちゃん、味見させてあげるー。こっち来てー!」の声に「はいよー」とそちらに足を進める古川は途中で立ち止まり、「食べさせたい人を思い浮かべながら作るといいってどこかで見たぞ。参考にしとけ」と答えた。


「古川さんの食べさせたい人って誰ですか?」

「それ聞くんだ」

「大体は解りますが、やっぱり気になるので」


 味見用のパンケーキを咀嚼した古川は「うん、うまい」と笑顔を見せ、問うた男子生徒へと視線を向ける。優しげに目を細めて。


「――決まってるよ」


 古川の想いはいつもそこへと向けられているのだ。――大切な家族である、臨時顧問をしている間に頑張っているであろう【あやかし】たちへと。


 白波の依頼を受けた日も、なんだかんだで結局はいなり寿司を作った古川である。最後の最後にそんな風に甘やかすのは、返しきれないほどに自分を救ってくれたお礼の面もあるのだった。




    ★




 男子生徒の頭に生えたキツネミミに重なる【あやかし】は、むっと眉を寄せていた。場所は第一棟にあたる職員室のなかである。人払いをしているお蔭で、ここにはみっつの影しかない。


「雅盛、どうだ?」

「濃いな……、気持ち悪くなるほどに」

「たしかに〈怨み〉が強いなあ。ああ、面倒だ」

「噛み殺すか?」

「馬鹿者、稚児に止められるのがオチだぞ」

「むう……、稚児は優しいからなあ」


 ぱたぱたしっぽを揺らすその姿を背後から眺める白波も、【あやかし】が残した〈怨み〉の念に眉を寄せている。自身では【あやかし】が残した匂いや念までは解るが、どんな【あやかし】でどんなおもいを抱えているかという特定までには至らない。不承不承でも日咲や雅盛が来てくれたお蔭で、その【あやかし】は相当な怨みを持っていることが解った。


 【あやかし】にとって、負の感情は力を増幅するのに最も適しているといわれている。だがその反面、感情の制御も難しく、一度飲み込まれたら終わりなのだった。喜怒哀楽すべてが解らなくなり、やがては自分が何者なのかさえも覚えていない。なれの果ては【人に害をなす存在】となる。


 そんな【あやかし】を鎮めるのが拝み屋と呼ばれる者たちである。他の地域よりも拝み屋と呼ばれる者が多いのは、【あやかし】関わる花野町ならではだ。【あやかし】が住みやすい花野町だからこそ、【あやかし】が関わるとも言われている。たとえ【人に害をなす存在】ではなくとも、一度でも人間を傷つけてしまえば退治対象となり、拝み屋が出向くことになるようだ。


 鎮めた【あやかし】を使役するかどうかは、拝み屋によって違っていた。ある者は鎮めたまま社や墓石などにまつり、またある者は使役して力を見せつける。それが気に入らない【あやかし】は、契約を無に返すために主へと牙を向けて亡き者にする。対する力を備えた拝み屋であろうとも、本気になられては手も足も出ないのだ。そうして野良となった【あやかし】は他の拝み屋に鎮められる――。なかにはそういう過程もあるが、【あやかし】自身は自ら好んだ者の側にいるらしい。好きなものは好きだと表すことは、人間であれ【あやかし】であれ変わらないわけだ。


 うんうん悩んでいた幼児おさなごたちであったが、「稚児に手を出したら噛み殺すことにしよう」と雅盛が出した案に、「うむ。折衷案だな」と日咲が頷く。そうして雅盛の手を取り、「早く出よう」と半ば無理矢理引っ張っていく。青い顔をした雅盛は「うえぇ……」と口元を押さえていた。


「大丈夫?」

「少し当てられただけだ……、すぐに治る」

「雅盛は繊細なのだよ。わしはそうでもないがな」


 スリッパをぺたぺたいわせて歩くふたりは「にゃっ!」と猫のように鳴いた。しっぽをぴんと立たせながら。


「――来るか?」

「来るぞ! 後方、三時の方角だっ」


 日咲の言葉にスリッパごと床を蹴り、跳躍したふたりのあとには【黒い影】が横切った。窓ガラスを粉砕したその影は地を這うような唸り声を上げ、尾は龍にも劣らない長さをしている。それは瞬間の出来事だが、認識するには十分すぎていた。


 白波はガラスから身を守ったしっぽを消し、呆然とする。雅盛と日咲も翻りながら着地し、白波に寄っていく。


「おい、白波! 怪我はないか?」

「お前が怪我をすると稚児が心配するからな」

「怪我はないよ。ただまあ、また派手にやってくれたものだと思ってね」


 廊下に散った破片が西日に輝くのを眺めた白波は、「片づけが大変だな……」と漏らしながら目頭を押さえた。用務員さんの仕事が増えることに心を痛めて。




    ★




 部活動を終えた古川は、簡単にラッピングを終えた大量のカップケーキをバスケットに詰め込み、理事長室へと赴いた。来る途中の廊下の窓にブルーシートが張られていたのは、例の【あやかし】によってガラスが割られたからだろう。中庭に沿っているが、こんなところでボール遊びはない。しかも向き合う形で割れているのだ、物理的であるのならよほどの力がいる。よって、導き出された答えは【あやかし】であった。【あやかし】もある意味では、物理的であるけれども。


 カップケーキを出された紅茶で流し込んだ古川は、白波の言葉に眉を顰めた。『【あやかし】は〈怨み〉で動いている』――。淡々と語られたその言葉に。


「〈怨み〉、ですか……?」

「ああ」

「稚児、稚児、カップケーキうまいぞ」

「稚児、おかわり!」

「はいはい」


 ひょいひょいとカップケーキを手渡し、代わりにごみを受け取る。


「そんなに慌てて食べなくても、数はあるぞー?」

「うまいからな!」


 雅盛も日咲も口端に食べかすをつけながら口を開く。つまりは、箸が止まらないということか。白波も白波で、何度もカップケーキに腕を伸ばしている。


 「そうか、解ったよ」と笑んだ古川は左右に陣取るふたりの頭を撫でた。にこにこと上機嫌な顔であったが、ことさら頬が緩んだようだ。


「〈怨み〉となれば少し厄介ですね」

「そうだね……。なかなか聞く耳は持たないだろう」


 ふうと嘆息を吐いた白波は窓ガラスの向こうを眺める。「どす黒い感情ほど晴れにくにものはない」――そう呟いた声は拝み屋古川に届いていただろうか。


「厄介だろうと、他の拝み屋が来る前にどうにかしないと」

「ああ、だから一番に・・・要一に頼んだんだ」


 ふたたび眉を寄せつつ顎に手を添えた古川に対し、白波はしれっと言った。


「時間稼ぎですか」

「まあ、他もすぐに掴んでいるとは思うけどね……。それでも、僕は要一を頼りたい」


 ――君でなければならないんだ。


 部屋に響いたその重低音は、日咲や雅盛の口角を上げさせる。古川は古川で頷き、「期待を裏切らないようにします」と強く放った。




    ★




 古川が行動に出たのはすぐた。他の拝み屋に退治されては面目が立たない。翌日の朝には敷地を囲うようにお札を配置し、夜になれば学園へと忍び込んだ。もちろん、用務員さんが帰宅したあとであるが。


 大きな被害が出ないようにとグラウンドに移動したあともする間も、闇に溶け込むように漂う毒気の濃さは変わらないようだ。古川は不快そうに鼻頭に皺を寄せながら「濃いなあ」と鼻と口を押さえた。隣では雅盛がうんざりした顔で「うへぇ……」と口を開いている。


「もう少しで終わるからな」


 優しく雅盛の頭を撫で、「雅盛だけか!」とせがむ日咲の頭も撫でれば、季節柄ところどころ枝が顔を出した木々が揺れる。枯れ葉がはらはらと舞うなか、「稚児」と神妙な面持ちで言葉が重ねられた。


「ああ……、解ってるよ」


 地を這うような唸り声は近くから聞こえる。〈怨み〉に囚われた【あやかし】は、闇のなかでなにを思うのか――。


 結界のなかで消耗した体力では、そうそう自由に動けはしないだろう。日咲と雅盛が結界内で動けるのは、他ならない古川に使役されているからだ。


「おいで」


 優しく呼ぶ声に導かれるように、【あやかし】が現れた。尾を引きずる音が妙に大きく聞こえる。どす黒い狼――。その表現がぴったりだろう。ただし、その大きさは狼を凌駕している。目視でしか判別できないが、日咲や雅盛よりも大きいかもしれない。餌を前にした獣のようにぐるぐる鳴いた一瞬、それは古川に飛びかかった。牙を向いて。


 距離を縮めた刹那、古川がぱん! と手を打つと、静電気が走るような小さな音を立てた。自身に宿る霊力を操り、ぶつける――といっても荒々しいまねではなく、いなしたのだ。一瞬にして目の前に迫った【あやかし】は吹き飛んでいく。


 ぐるぐる唸りながら地面に転がった黒い塊が起き上がれば、いくつもある牙を覗かせて『許ぜな゛い゛!』と吐いた。男女の声を混ぜたようなしわがれた音は、聞くに堪えうるものではないようだ。それが憎悪を滲ませたものとなれば、さらに高まるだろう。


『人間、許ぜな゛い゛……!』


 その悲しい咆哮が響いたのち、【あやかし】はふたたび古川に飛びかかる。巧妙に避ける古川に向かって何度も。頬に細い爪痕が走るまで、雅盛と日咲は幼体であり背後でおとなしくしていたが、「わしらはもう我慢ならんよ」と【本性】を剥き出しにする。


 ――人の世に紛れる【あやかし】の多くは〈人型〉を得意としていた。それは人の世で生きるためのすべであるが、感情が高まれば姿形を保つのが難しくなるようだ。


 二匹の【妖狐】の艶やかな短毛は金色に輝き、風に靡いている。九つあるしっぽも悠然と風を受けていた。狐そのままの姿であるが、体長は三メートルを悠に越す巨体であり、鋭い爪がいまにも地面を抉りそうだ。そして黄金色の瞳はといえば、黒い塊を睨んでいる。いますぐにでも殺さんと言わんばかりに。


「おとなしくしてなさい」

『嫌だ』

『稚児を傷つけるものに牙を向くのは当然だ』


 日咲は短く答えてフンと鼻を鳴らし、雅盛はそれが正義だと言いたげに唸り声を上げる。


『人間につく、【あやかし】、殺す! 人間は、共存を望んでない!』

『そんなことはないぞ』

『お前が知らないだけだ』

『そんな言葉は、嘘だ!』


 取り乱したように首を振りながら『嘘だ』『嘘だ』と喚いた【あやかし】は、『拝み屋は! いつも【あやかし】を葬る!』と叫んだ。そうして地を蹴り、古川に向かって飛びかかる。今度も避けるか霊力をぶつけるだろうと予想していた【あやかし】たちだが、しかしそれはくつがえされた。


 古川は両手を広げたのだ。なにをするつもりなのかと、【あやかし】たちは固まってしまい動けずにいる。愛しい稚児を傷つけられるのだけは願い下げであるが、古川の行動を――古川の気持ちおもいを汲むのが古川に使役された【あやかし】の務めだ。【黒い狼】をいだく気があるのか、それとも他に秘策でもあるのか――。丸腰のまま強い衝撃を受けた古川は地面を滑り、やがて止まる。


 腕や背中から鈍痛が走るが、すぐに違う痛みが躯を支配した。のしかかるようにして、鋭い爪先がへその横辺りに食い込んでいたのだ。「ぐ……っ」とうめき声が漏れると同時に、顔を歪める。『稚児!』と悲痛な顔で走り寄る【あやかし】二匹を痛む手で制したのは、殺気が消えていないためだ。


「君は……」


 「悲しいんだね」――呟かれたその言葉に、黒い【あやかし】はぽかんと口を開けた。




    ★




『お母さん!!』


 小さな【あやかし】は叫んだ。消え行く母に向かって。だが、その叫びは母の声に溶けてゆく。咆哮に似た悲鳴に重なるように。

 大好きな母はあっという間に拝み屋に捕らわれ、祓われた。最後の最後に母が残した言葉は――『愛してる』のたった五文字だ。


 小さな【あやかし】の母が人間を襲ったのにはちゃんとした理由がある。他でもない人間側が、縄張りに足を踏み入れたからだ。小さな【あやかし】を守るために、母は人間に怪我を負わせた。


 三日後に現れた拝み屋が言うには、人間は山菜を取りに来ただけらしい。けれどこの山は、昔から【あやかし】が生きている。【あやかし】たちは縄張りを決め、そのなかでともに生きてきたのだ。


 なぜあとから来た人間をわざわざ敬う必要があるのか、【あやかし】たちには意味が解らなかった。共存ではなかったのか。共存とは、対等ではないのか。


 仕事を終えて、「一杯飲みに行きますか」などと語らう拝み屋たちの大きな背中を、小さな【あやかし】は吹き飛ばしたくなった。『母さんを返せ!』と叫びたくなった。しかし、口から漏れるのは震える吐息だ。


 小さな【あやかし】の母は、自身の子供を木の影に隠して拝み屋に向かっていったので、ここで泣きじゃくれば見つかってしまう。大好きな母の想いに報いるよう、拝み屋の気配が消えるまで必死に歯を食い縛る間、小さな【あやかし】は躯の奥から湧き上がる〈憎悪〉に飲まれていった。


 ――許せない。


 ――人間は、許せない。


 ――母さんを返して!


 ――返せえ!


 〈怨み〉で支配されたその【あやかし】は、時間をかけて巨大な黒い獣に変化していった。




    ★




「悲しいんだね」


 古川は自分を傷つける前足にそっと触れ、優しく撫でる。自身に戦意はないと解らせるように。


『――悲し、い……?』

「母を失った悲しみが、君をこんな風にさせたんだ」

『お母さんは、消えた、消された……』

「残念ながら、共存は対等ではないんだよ。人間は【あやかし】のような力はないから、人間の方が弱者となってしまう」


 前足を撫でていた手が止まり、きゅっと唇が結ばれる。「だからね」と言い含めるような言葉は微かに震えていた。


「君の母上のように、ときには理不尽なことが起こってしまうんだ。【あやかし】側にどんな理由があろうとも」


 古川の声を聞き流しながら、【あやかし】は考える。この男はなんと言ったか。なにを言っているのか。


――母を失った悲しみが、君をこんな風にさせたんだ。


――残念ながら、共存は対等ではないんだよ。人間は【あやかし】のような力はないから、人間の方が弱者となってしまう。

 なぜ、母を失ったことを知っているというのか。自分はなにも言っていないのに。


『お前っ、何者だ!』

「拝み屋だよ」


 怯んだ【あやかし】は吼え、古川は短く答える。


「俺は花野町八丁目の拝み屋だ。けれど、ここに来たのは君を葬るためじゃない。君を救いに来たんだ」

『救いなどあるわけがない!』


 救われたいなどと思ったこともない。【あやかし】はそう鳴いて、古川に体重をかけた。だが、それは一瞬だけだ。


 救いに来たと言うことが本当ならば、自分が望むことはただひとつ。できることなら、もう一度――。


『お母さんに、会いたい……』


 呟きから零れた大粒の涙が、伝い落ちて前足を濡らしていく。そこに置かれた古川の手にも、もちろん涙が落ちてきていた。


『お母さんに! 会いたい!』

「拝み屋が関わってしまったから、その願いは叶わない。そして俺も、君の母上にはなれない」


 【あやかし】の心の叫びに返るのは、凛とした声だ。それは拒絶が色濃く、ずどんと殴られたような鈍い衝撃が黒い【あやかし】を包む。しかし、「けれどね、君が望むなら――」と続く優しさが滲む声に、【あやかし】はあふれる涙で濡れた瞳を向けた。


「家族にはなれるよ。俺が……、いいや、俺たちが君の家族だ」


 『稚児』と重なる声に古川は訂正する。『俺たち』と。満足そうに大きく頷く【あやかし】二匹は、いつの間には人型に戻っていた。幼児ではない、青年と呼ばれる年頃の風貌へと。


『家族……?』

「母親の代わりは難しいけれど、兄か弟代わりにはなれる。もう悲しみをひとりきりで背負わなくてもいい。君はひとりじゃないんだから。俺たちに分けてくれてもかまわない。そうしたら――君はまた笑ってくれるかな?」


 伸ばされた手は母に似ている。堅い毛に触れた手はこんなにも温かい。まるで母のように――。


『お母さん……!』


 母はきっと、こんなことは望んでいなかっただろう。けれども、どうしても堪えられなかった。母を失ったことは夢だと思いたかったのだ。


『――お母しゃん』


 パキパキとなにかが割れるような音が響く。ひび割れていく黒い外郭がいかくぜるように四散したあと、空中に残った小さな塊は古川の躯にうつ伏せになるようにぽとりと落ちた。


 それを古川から取り上げた日咲はふんと鼻を鳴らす。


「やはり同胞か」

「しっぽはふたつだな。まだ幼児――といったところか」

「よく【妖狐】だって解ったな。俺にはまったく解らんかったわ」

「稚児は厳しいかもしれないが、匂いでなんとなくな。おれたちは鼻が・・いいから」

「そうか……。しかし、被害がでなくてよかったよ」

「なにを言うか、甚大な被害がでているだろう」


 安堵したような声音とともにじわりと広がる血に眉を顰めた雅盛は、小さな妖狐を抱きしめる日咲とともに古川の脇に屈んだ。


「悪いな、もう少し待ってろ」

「稚児の力も難儀だな」

「触れないと見えないんだからなあ」


 古川は苦笑する【あやかし】に向かい、「触れないと見えないのは、触れろってことなんだよ。解ったか?」と、言い含めるように紡ぎながら手を伸ばした。きゅっと柔く握り返してくる二本の腕に笑みを浮かべ、ふうと小さく息を吐く。依頼はこれで終わりだが、まだまだやることは残っている。だからまだ、もう少し、そう叱咤をするように。


 理由は定かでないが、古川は触れた者の想いを〈見る〉ことができる。そしてなぜか、この力は意図しないときには現れなかった。つまり――古川自身が助けたいと思うまでは、発動しないのだ。どうやら、人間や動物ペット、果ては【あやかし】にかかわらないらしく、こうして囚われた者を救いだしていた。体力的にも精神的にもかかる負担は大きいが、それでも自分は拝み屋であるのだ。利便性が高いのが唯一の救いであろうか。


 ふたりの力を借りてのろのろと上半身を起き上がらせた古川は、血を滲ませる肌に持ってきていた診療所特製の軟膏を塗る。軟膏のお蔭で痛みは和らぐが、湧いた眠気はどうにもならない。


「稚児、寝てはならぬぞ?」

「んー……解ってはいるんだけど……、眠い」

「おれがおぶるよ」

「ああ、なるほどな」


 日咲は【狐】姿となった雅盛の横腹を撫でた。「やはり雅盛は頭がいい」と感心しながら。


 古川の首根っこをくわえてひょいと背中に運び、日咲はその後ろへと飛び移る。


「いかん……、ふかふか感にやられそうだ」

「日咲は【妖狐】を落とすなよ。稚児も落ちないように気をつけるように」


 そう言った雅盛は地を蹴り、空を駆ける。常人には理解しがたい早さで屋根から屋根へと飛び移り、あっという間に目的地へと着いてしまう。目まぐるしく変わる景色に対し、古川は眠気を飛ばすように頭の片隅で新幹線は勝てるだろうかなどと考え、日咲は口笛を吹いていた。曲はねこふんじゃったである。


 目的地――烏の診療所から顔を出した【烏天狗】たる長身痩躯の美男である広尾ひろおは、「やあやあ、坊っちゃんいらっしゃい」と手に持つ羽団扇を扇いだ。【あやかし】の容姿がこうして人並み以上なのは、【この世ならざるもの】だからであろうか。すずみ屋からそう遠くないところに位置するここは路地裏にあった。昔々、ここに居をかまえた【烏天狗】は、たまたま薬に対する知識を持ち、それならばと診療所を開いたわけだ。――【あやかし】専用の。主な診察は【烏天狗】の姉弟、残りの雑務は従属する【烏天狗】たちで運営されていた。


 一般人には解らぬよう結界を施しているが、古川のように拝み屋もここを利用している。主に特製の軟膏を受け取るために。効能のありがたさに、口コミで広がったらしい。


 下ろされるときも首根っこを掴まれたが、眠気を払うにはちょうどいいだろう。古川はしょぼしょぼする目を揉み、広尾に視線を遣った。


「広尾さん、こんばんは。遅くにすみません」

「いえいえ、やはり坊っちゃんは素晴らしい御仁ごじんでいらっしゃいますね。さあさあ、小さなお姫様をこちらへ」


 連絡もなしにすみませんと詫びたあと、ふたたび目を揉むのは少しでも眠気を飛ばしたいからだ。


 診療所へと案内される日咲のあとに続いた人型に戻っていたらしい雅盛に手を引かれながら、古川は三日月を視界に映した。目前で揺れる【妖狐】のしっぽと同じ形に笑みを浮かべ、みたび空いた片手で目を揉んだ。


 診察後の話まで持つだろうかと、一抹の不安を抱えたまま。




    ★




 便宜上、診療所と謳われているが、内装は立派な病院そのものだ。診察室に連れられた【妖狐】を待合室で待つ間、古川は眠りに落ちていた。その脇を幼児姿の【妖狐】が固める。力の弊害は主に体力的な面に表れる――襲う眠気には勝てない――ようだが、【妖狐】たちにとってはご褒美でしかないらしい。愛しい稚児の寝顔を間近で見られることが。


「稚児の寝顔はいつ見てもいいものだな」

「ああ、天使の寝顔だ」


 うっとりとした顔をするのはふたりだけではない。診療所の受付嬢兼看護師たるふじも加わっていた。彼女は広尾の姉であり、【烏天狗】特有の漆黒の髪は腰まで届いている。仕事中はきちんと結わえ上げられて清潔感があるが、しかし、うなじから醸し出される色気は半端なかった。白衣の天使として多数の男に言い寄られているようだが、「私はかわいい子にしか興味がありません」とばっさり切っているらしい。たまにしつこい男もいるようだが、そういう輩も容赦なく切り捨てている。


「あ~、かなちゃんマジ天使!」

「藤、顔がだらしないぞ」

「おふたりに言われなくとも解っていますよ。それに、日咲さんも雅盛さんもだらしがないのは同じですからね」

「稚児が可愛いからだ」


 雅盛の言葉に大きく頷いた女たちは、人差し指を唇に置いた。日咲も藤も、どちらも静かにしろと言いたいらしい。


 そんな待合室のやり取りを他所に、診察室から小さな【妖狐】を抱えてきた広尾は「おや、坊っちゃんは居眠りですか」と眠る古川の頭を撫でた。


「広尾、抜け駆けは許さぬぞ……!」

「お前の手つきはいやらしいんだ!」

「雅盛さんの言う通りよ! 広尾ったら、かなちゃんに触れるときは必ずいやらしい顔をするんですからね!」

「それを言うなら、あなたたちの方が獣じみた顔をしていますけどね!」


 やいのやいの言い合う声に古川は目を覚まし、「あー……、俺……寝てたのか……」と躯を伸ばす。眠気を取り除いた姿を確認したのちに、広尾は「坊っちゃん」と胸に抱く小さな【妖狐】の説明をし始めた。


 体力的にはなんら問題はないが、長い間〈怨み〉に支配されたお蔭で精神面で多大なダメージを受けている――。


 短く淡々と紡がれた声に小さな【妖狐】は目覚め、「かなちゃ!」と古川へと手を伸ばす。


「新参者がふざけるなー! わしが稚児に抱きしめられるのだー!」

「俺もだー!」

「うおっ! こら、日咲っ!? 雅盛もやめなさい!」


 嫉妬丸出しで横腹にタックルを決めるように抱きつくふたりに小さな【妖狐】は目を丸めたが、すぐにきゃっきゃと笑いだした。それに呼応するように、みんながみんな、笑い声を上げ始める。


 ひとしきり笑ったあと【妖狐】たちを腕に閉じ込めた古川は、「改めてよろしく」と顔を綻ばせていく。膝の上に座る【妖狐】たちはそれぞれ「うむ」「当たり前だ」「よろしくお願いします」と答えた。


 ちなみに、小さな【妖狐】は自身の名前を忘れてしまったようなので、『日菜乃ひなの』と名付けた。みなで考えた結果だ。


 雅盛が『花』や『桜』、広尾が『蜜柑』や『林檎』と思い付いた名前を出す度、日咲や藤には『それは却下だ』や『可愛くない』とダメ出しをされてしまい、名付けという難しさを痛感する。古川も小さな【妖狐】を眺めながらうんうん悩んでいたが、最終的に『ひなの』という三文字が浮かんできた。これからの毎日に光を当ててほしい。そうこぼした古川に、【あやかし】たちが同意する。『日菜乃』という名前には、温かな日々を過ごせるようにとの願いを込めて。


 小さな【妖狐】改め日菜乃が「その名前可愛い! ありがとう、かなちゃんっ」と手を上げながら喜ぶ姿に対し、藤が「天使から天使が生まれおった……!」と悶絶し、広尾が「姉さん、引くわー」と若干引いていたのはここだけの話である。




    ★




 診療所をあとにしたときにはすでに日付が変わっており、いつもよりも短い睡眠時間であったが、それでも頭はすっきりとしていた。臨時顧問を終え、マドレーヌを詰め込んだバスケットを片手に理事長室へと駆けつけた古川がドアを開けた瞬間に、【妖狐】たちが飛びついてくる。はち切れんばかりにしっぽを振りながら。「稚児! 稚児!」「かなちゃん、かなちゃん」と。


「お留守番お疲れ様。ちゃんと座ってから食べるように」


 頭を撫でられた【妖狐】たちは満面の笑みを浮かべ、手渡されたバスケットを運ぶ日咲に日菜乃が続き、雅盛がお茶の用意をし始める。


 ちゃかちゃか動く【妖狐】を眺める白波は手を招き、「お疲れ様」と古川の手に二つ折りにされた紙を乗せた。勝手知ったる振り込みの領収証である。


「依頼料は振り込んでおいたから、あとで確認して」

「ありがとうございます。これで窓ガラスの心配はなくなりましたね」

「要一のお蔭だよ」


 微笑む白波の顔は苦笑に変わり、「さて、早く食べないとなくなりそうだ」と回転椅子から立ち上がった。


 話をする間もラッピングを開ける音がやたら響いていたなと、領収証を財布にしまいながら確認するように横目で眺めた古川は、頬を膨らませる【妖狐】たちに噴き出してしまう。


「リスか!」

「うまいうまい」

「おいしいおいしい」


 むぐむぐ口を動かす【妖狐】たちは自分たちのマドレーヌを死守しようと必死だった。そんななかでも白波は、バスケットに残るマドレーヌを何個か華麗に奪取し、紅茶のお供にする。見る者によっては、バーゲン会場の争いに見えなくもないだろう。古川が作った物に関しては、【あやかし】の食い意地も爆上がりするようだ。


「数は十分あるからなー」


 古川の注意に大きく頷く【あやかし】たち。そんな【あやかし】たちを愛しく思うのは、拝み屋であるからこそか――。


 緩む頬を押さえる古川を眺める【あやかし】たちもまた、頬を緩ませていたのだった。




    ★




 学園をあとにした古川たちは、改めて烏の診療所に顔を出し、昨日の受診料――広尾には『時間も遅いので、受診料は後日で大丈夫ですよ』と言われたわけだ――を払って役所に向かう。


 役所にある〈あやかし課〉は変則的に二十四時間三六五日利用可能である。一般人と【あやかし】が半々に勤めており、【あやかし】に関係する書類を管理し、【あやかし】に対する苦情などの受け入れ先が〈あやかし課〉であった。設立された当初はやはりうまく連携がとれていなかったようだが、いまはみる影もない。


 そこで日菜乃の書類を作成するのだ。拝み屋が使役する【あやかし】に関してだけは、作る作らないはどちらでもいいようだが、古川は一応作っている。例えば古川が倒れたとき、使役している【あやかし】の数が解るだろう。


 手順は解っているのでちゃっちゃと作り終え、複製を持ち帰る。


「今日はちらし寿司にしような」

「寿司かー! 久しぶりだな」

「祝い寿司か。金糸玉子は多めがいい」

「了解。日菜乃は?」

「海老いっぱい!」

「日咲は?」

「いくらがほしい。プチプチしてやるからな!」


 茜に染まるスーパーまでの道すがら、【妖狐】たちはぴょんぴょん跳ねてそれぞれ喜びを表していた。可愛らしいその姿に、道行く人々は笑みを浮かべている。


 「早く」「早く」と腕を引かれる古川は、「はいはい」と苦笑しつつも、【あやかし】たちの小さな手は離さないのだった。




 

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