フェルミオンの天蓋 Ⅱ-2〈Angel Paradox〉

周雷文吾

第0話 プロローグ

Ⅱ-2〈Angel Paradox〉



00

 私が自分自身の天使の力の本質を知ったのは、もうかなり幼い頃のことだ。

 物心ついた頃には、すでにかなりのことを知らされていたと思う。

 ……そう。

 天使として覚醒する前から、その力を私が持っているという事実と、そしてそれが天使という特殊な存在の中でもさらに特殊なものだということを……私はすでに知っていた。

 私はそれを、ずっと隠してきた。

 錫姉さまも沃太郎兄さまも……そう、珪介兄さまでさえ、そのことは知らない。多次元時空保全委員会ですら、私の力の調査結果にほとんど価値を見いだせてはいないはずだ。だから、私の本当の力は……誰も知らない。

 家族である三人にも黙っているのは、それを話すことが怖かったのもあるし……なにより当の“私自身”から「誰にも話さないようにしなさい」と助言を受けたからだ。

 私は、誰よりも私自身からの助言を頼りにしてきた。家族であり、信頼している姉さまと兄さまたちにも……その事実をひた隠して。

 なにもかもを誰からも隠して、私は私の望みを叶えるために行動してきた。

 これも……その一貫になるのだろう。

 自分自身の助言を裏切る、というこの行為も。

 今まで誰にも話してこなかった私の力の秘密を、私は彼――葉巻和彦に話そうとしている。

 それが正しいのかどうかは分からない。私自身の言葉に従えば、それは間違っているのだろう。けれどそれが、彼の――葉巻和彦の心を救う、唯一の手段だと私には思えて仕方がない。

 他に……手段があれば教えてほしい。

 一体どうすればいいのかを。

 どうしたら、和彦さんの心を救うことができるのかを。

 私の天使の力で、もう決まってしまったことをくつがえす。そんなことができるかどうかは分からない……いや、きっとそれは無理なのだ。私はこれまで、それをまざまざと思い知らされ続けてきた。だけれど、それが間違いなく百パーセントなのだと言い切れるほど、私は実証してきたわけではない。

 これまでの私の経験であれば百パーセント失敗することが、明日、他人がやれば成功するかもしれない。

 そんな経験もまた、私は幾度となくしてきた。

 確実なものなんてなにもない。

 そこに……ほとんどなかったとしても、一パーセント以下でも微かな可能性があるというのなら、賭ける価値はあるはずだと思う。

 私にできなくても、和彦さんになら……できるかもしれないから。

 ……それが和彦さんのためになるのなら。

 それで和彦さんを救えるかもしれないというのなら。

 その可能性が少しでも残っているのなら、私がそれを選ばない理由などどこにあるのだろう?

 けれど、結果として……私は和彦さんを地獄に落とすことになるかもしれない。

 いや、きっとそうなってしまうだろうとさえ、私は思っている。私には一度も叶えられなかったことが、和彦さんになら一度で成し遂げられる……なんて、そんな都合のいいことが起きるとは思えない。

 それでも、私は彼を止められないだろう。和彦さんを思い止まらせることなどできないだろう。

 和彦さんは……私の最愛の人だから。

 たとえ、彼が私のことを見てくれなくたって……見てくれないと理解していたって、それでも私の和彦さんへの愛は変わらない。変えられない。

 彼の望みを叶えてあげたいと思う。そのためなら、和彦さんのためになら私はいくらでも頑張ることができる。それこそが私の進むべき道だと、他の誰でもない私自身が教えてくれた。だからたぶん……私が私自身を裏切ろうとしていることも、きっと分かって――いや、知っていたはずなのだ。

 あの“私”は……知っていてあえて「誰にも話さないようにしなさい」と言っていたはずだ。

 これから私が直面するであろう出来事も、それがどんなに過酷で、残酷なものであろうとも、私はその道を歩む。

 そんな自分のことが分かっているから、“私”は今の私にこれからどうなるかを言わないのだろう。

 確かに今の私もそうするし、事実そうしてきた。そしてこれからも……そうするのだろう。

 ――そうだ。そろそろ私は、過去の幼い私に助言をしなければならない。

 今の私のように、失敗してしまわないように。

 それが、たとえ変えることのできない運命めいたものだったのだとしても……過去の私が、今の私よりもうまくやれることを祈って。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る