第7話 夢

 普通、警備兵は住人に対して険悪な態度を取ることが多く、たとえ非番でもどこか独特の鋭さを感じた。レムネスもこの日非番でラフな服装をしていたが、近寄りがたい警備兵とは思えないほど物腰が柔らかかった。ハンチング帽の下の人懐こいくりくりとした丸い目も、純真な少年の面影を残していた。

「ルシオンが本当にスパイだったのかどうかは分からない。単なる噂。大陸から送り込まれた犬なのだと疑っている人もいるけれど、ルシオンは僕の幼馴染だ。小さい時から彼を知っている。幼名も、学生名だって知っている。たとえ大陸からのスパイだったとしても、そんなことはどうでもいい。もう一度、生きて会いたいだけなんだ。死んだなんて思いたくない。――君は何か知らないかい? ルシオンがどこへ行ったのか。どんな小さなことでも構わない。何か知っているなら教えてくれないかな」

 残念ながら、僕も何も知らなかった。こちらから話し掛けなければほとんど何も喋らない人だったし、秘密を持っていたとしても、一学生に過ぎない僕に打ち明けたりはしないだろう。

 ルシオンが何者かなんて、考えたこともなかった。

 精悍な顔立ち。不思議な光を湛えた切れ長の翠眼。冷めた口調。腰元でかちゃりと鳴る銃の音。

 そういったものが全部、僕らの目の前から消えてしまった。どこにあるのか分からなくなってしまった。

 僕は正直に答えた。

 ――僕は、ルシオンのこと、何も知らないんです、ごめんなさい。

 そう言うと、レムネスは微笑んで首を横に振った。

「いいんだよ。教えてくれてありがとう。もう少し知人を当たってみるよ。急に声を掛けてごめんね」

 そう言って去ろうとしたレムネスの背に、僕は訊ねた。

 ――あの、レムネスさん、あなたも地上へ行ったことがありますか。月を見たことはありますか。

 レムネスは笑った。

「確か、ルシオンにも同じことを訊ねていたよね。僕も任務で地上へ出たことはあるけれど、月を見たことはないよ。外は視界が効かないからね」

 ――ルシオンが教えてくれました。大陸へ行けば、月を見ることができるって。僕はいつか、本物の月を見てみたいんです。その夢を、叶えたいんです。

 僕がそう言うと、「そうか……」と、レムネスは俯いた。

「大陸へ行けば、確かに月は見られるよね」

 レムネスの影が、夕暮れの町に細く伸びていた。

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